【王位戦エントリー編】君には特別に、とっておきの師匠を紹介しよう
紙袋を提げた彼女は、ズカズカと部室に踏み込むと、あろうことかテーブルの縁にひょいと腰を下ろした。
(珍しい。お行儀が悪いというより……今日の彼女は、いつにも増して豪快だ)
「三人とも、よく頑張ってるな! 早めに伝えておきたいことがあって来た!」
180cmを超える長身に、純白のヒールと白いジャケット、白いパンツスタイルの女性――キハダ理事長だ。
「明日からしばらく、一年生はオンライン授業に切り替える!」
「えっ!」
サラが目を丸くして固まる。理事長は「いきなり驚かせたね」とサラの肩にぽんと手を当てて、快活に話を続けた。
「真の目的は、王族の生徒たちが狙われるリスクを排除するためだ。これ以上の被害は、ザダ校の、いや私のプライドが許さない!」
「ふーん。妥当な判断だ」
ニコはあっさりと納得していた。相変わらず物分かりが早い。
一応、俺は気になった点を確認してみることにした。
「そしたら、明日以降は各々、場所を問わずに授業を受けられる、と?」
「あぁ。出席さえ確認できれば、寮にいても、自宅にいても構わない」
「へぇ。随分と思い切った運用ですね」
「今回のアイデアは、私の父が考案したんだよ」
「キハダ理事長のお父様が……?」
意外だった。独断専行で事を進めがちな彼女が、父親の案をそのまま採用するなんて。
「おっと、アダム。君は気になっているようだね。私の父が何者なのか――お答えしよう!」
キハダ理事長は天を仰ぎ、まるで舞台の主役のような大仰な仕草で、高らかに語り始めた。
「元教育機関の重鎮であった父が、本日付で新しい教頭に就任した! 父と私は元王族だからね。ホルム先生を含め、一年生の講師陣は我々が徹底的に監視する。だから三人は、王位戦に専念しなさい!」
(はっ? 元王族!? 今さらっと、とんでもない事実を言わなかったか、この人……!)
俺が内心で激しくツッコミを入れているというのに、サラはまったく別のところで感動していた。
「キーちゃん……かっこいい!」
男前すぎるキハダ理事長の宣言に、サラは目を潤ませる。
「だが、今の君たちは個性がバラバラだ。大人のお節介かもしれないが、私なりに分析してみた。まぁ、その話は後だ。まずは食事にしよう」
理事長はポケットから取り出した手袋を手慣れた動作で装着すると、紙袋から四人分の蒸籠をテーブルに並べた。
「せいろで蒸したんだ。君たちには、王位戦で勝利を掴み取ってほしい。若さという無限の可能性を、ここで潰すわけにはいかないからな! 刮目して見よ、これが勝利飯だ!」
理事長が蓋を開けた瞬間、ナツメの甘い香りが部室に広がっていく。
「わぁあああ! ナツメがふっくらしてる! キーちゃん、食べていい?!」
「あぁ、火傷に気をつけるんだよ」
さっきまでの不安はどこへやら、サラの目がキラキラと輝いている。
俺も気になって中身を覗くと、生姜で蒸した地鶏、里芋、長ネギ、大豆が丁寧に並んでいた。その上には、クコの実と、この前俺が渡したナツメも添えられていた。
「ナイスチョイスです、キハダ理事長。ナツメは『大棗』とも呼ばれる生薬ですからね。補気安神――気力を補い、精神を安定させる効果も期待できる。今の俺たちには、これ以上ない贈り物です」
「さすが研究者、詳しいな。よし、いただきます!」
キハダ理事長に促されて、俺たちは蒸籠を囲んで、四人で食事を楽しんだ。
完食後、キハダ理事長は鋭い眼差しを俺たちに向けて、王位戦に関する話を切り出した。
「君たちは、尻に火がつかないと本領を発揮できないタイプだ。今は無理に計画を立てるより、個々の長所を極限まで伸ばすべきだ。まずはサラちゃん。一番自信があるのは?」
「ぼくは……剣術かな?」
「うん、もっと胸を張りなさい。それなら、剣術部のダンくんに稽古をつけてもらうのが最善ルートだ。彼は特別科で、他の王子の特徴も把握している。最高の練習相手になるはずだ」
「わかった! ありがとう、キーちゃん!」
サラは猛烈な勢いでノートにメモを取り始めた。
「次にニコ。君は肉弾戦のスペシャリストだ。第1回戦の相手である第7王子ルパタたちと比べても、君の体格は圧倒的だ。後れを取ることはないだろう」
「あぁ。オレはいつもの筋トレをこなすだけだ。……サラ、行こう。ごちそうさま」
ニコは立ち上がると、サラの手を引いた。
「えっ! ニコくん?!」
「おいっ、ニコ!」
サラと一緒に俺もニコの名前を呼んだが、俺が制止する間もなく、ニコはすでに扉の前まで移動していた。
「じゃあな、アダム。次は王位戦の前日に会おう」
「はぁっ?!」
(嘘だろ。前日に会おうって! いくらなんでもギリギリ過ぎる。あいつ、正気か? って、もういないし……)
「はぁ……」
ニコとサラがいなくなり、呆然としていた俺の背中を、理事長がバシン! と豪快に叩いた。
「おいおい。ため息を吐いている暇はないぞ、アダム。君には特別に、とっておきの師匠を紹介しよう」
「師匠……? キハダ理事長の知り合いですか?」
「それは着いてからのお楽しみだ。私の車で連れて行く。そこで修行をしなさい。十五分後には出発するから」
「ファッ?!」
動揺しながらも、俺はキハダ理事長の誘いを断れなかった。
ここで何かを掴まなければ、今の状況を打破できないと思ったからだ。
大急ぎで男子寮に戻り、最低限の荷物をまとめる。
そのまま理事長の車に乗せられて辿り着いた先は、何度か訪れたことのある邸宅だった。
キハダ理事長がチャイムを鳴らすと、扉が開く。
「えっ! キハダ理事長に、アダム……!? どうして!」
そこに立っていたのは、つい数時間前に、学食で一緒にカツ丼を食べたアンズだった。




