【王位戦エントリー編】ホルム先生が……アダムの本、持ってたの──瞳孔散大の彼女── ※アンズ→アダム視点
【※注意】アンズ視点からのアダム(主人公)視点回です。
思わず抱きついた私に、ケイちゃんは何も言わず、優しく背中をさすってくれた。
しばらくして、私の震えがようやく収まったところで、ケイちゃんは意を決して口を開いた。
「アンズ! アタシは決めたわ! 今日のお昼、キハダ理事長に直談判してくる!」
「えっ?! 急にどうしたの?」
「この事件の真相を追うのよ。これ以上、アダムや双子みたいに被害者が出るのを防ぐためにね」
「ケイちゃん……」
私は驚いた。
ケイちゃんは一体どこから、あの不気味な話を聞いていたのだろう。
私の疑問を察したのか、ケイちゃんは「アタシを誰だと思ってるの?」と言わんばかりに不敵に笑って、答えを教えてくれた。
「どこから聞いてたのか知りたい? 全部よ。全部聞いちゃったわ」
「そっか……」
「アダムのことまで狙ってたって聞いた時は、正直、身震いした。同時に、アイツの顔面を一発殴りたいとも思ったわ」
「私もだよ」
「でしょ? 今のアンズも、怒った顔をしてるわよ」
言われてみれば、私だけでなく、ケイちゃんも両手を強く握りしめて、眉をひそめていた。
「……そうね。アイツの話をアダムに伝えるかどうかは、アンズに任せるわ」
「えぇっ?!」
「アタシからは言えない。昨日、伝え方を間違えてアダムを傷つけたから……」
いつもは竹を割ったような性格のケイちゃんが、今は消え入りそうな声で俯いている。
アダムが倒れたあの時、ケイちゃんは誰よりも動揺していて、ずっと自分自身を責め続けていたのを、私は知っている。
それに、さっき恐怖で動けなくなっていた私を助けるために、彼女はホルム先生の通話中にあえて割って入り、私を連れ出しに来てくれた。
ケイちゃんは、大好きな親友だから、ずっと笑顔でいてほしい。
(決めた! 私が向き合うしかない!)
「ケイちゃん、私に任せて! アダムに話すかは、午前中の授業を受けながら、ちゃんと考えてみる!」
「わかったわ。ありがとう」
私たちはがっちり握手を交わしてから、女子トイレを出て、1-A組の教室に向かった。
本当は、アダムを傷つけたくないから、黙っていようと思っていた。
けれど、頭脳明晰な研究者「アダム・クローナル」の前では、私の嘘なんてすぐに見破られてしまうことを、この時の私はまだ知る由もなかった。
* * *
「ない……ここにもない。どうしてだ?」
俺は朝から、得も言われぬ焦燥感に駆られていた。
机の上に置いていたはずの本――『不老不死と結婚観について』が見当たらない。
「アダムさん、どうしたの? 何か探しているの?」
左隣の席から、サラが心配そうに俺の机を覗き込む。
「あぁ、本をなくした。サラ、このあたりに置いてあったのを見てないか?」
「あっ……あの、結婚の……?」
サラは立ち上がろうとして、「きゃあ!」と悲鳴をあげた。
背後の気配に、俺は嫌な予感を覚える。
「……誰と、結婚するんだ?」
振り返ると、案の定、ニコがいた。
我が物顔でサラの肩に手を置き、俺を鋭い眼光で睨みつけている。
「ニコくん! 違うよ、その本は……えっと、その……!」
俺に気遣ってくれているのか、サラは目を泳がせる。
(嘘がつけないタイプだもんなぁ〜。目がカタツムリのようにぐるぐる回っている……)
「結婚できるのは、大人になってからだ。今は王位戦に集中するんだろ」
ニコは諭すように話すと、なぜか俺の方をチラ見した。
王位戦の話題が出た。
あからさまに乗り気だ。昨日の屋上での説得が、相当効いたのかもしれない。
「そうだな。今日の放課後、部室で作戦を立てるか」
「いいね! あ! でも待って! ニコくん、身上書はどうしたの?」
「貰ってきた」
ニコは身上書を一枚、俺に差し出した。
受け取って目を通すと、保護者欄にはフルネームのサインがきっちり入っていた。
「おぉ……。昨日の今日で、もう貰ってきたのか。すごい行動力だな。親御さんは納得してくれたのか?」
「学校のゲーム大会に出るって言ったら、あっさりサインを貰えた」
「それ、完全に別のイベントだと思われてるんじゃないか?!」
俺のツッコミに、サラはプルプルと肩を震わせ、やがて「あっはっは! ニコくんっぽいかも!」とお腹を抱えて笑い出した。
(良かった……。サラも、ニコも、昨日よりずっと顔色がいい)
ホッとしたところで、ガラッ! と勢いよく教室の扉が開いた。
「おはよー!」
「おはよ……っ」
ケイとアンズだ。
ケイはいつも通り悠々と自席に向かっていたが、アンズの様子がおかしい。
(交感神経が優位なのか、いつもより瞳孔が散大しているな。緊張しているのか?)
「アンズ、おはよう」
「お、おはよっ! アダム!」
声まで上擦っている。何か決定的なトラブルに直面した時の反応だ。
そんなアンズのことが気がかりではあったが、まずは本を探すのが先決だと自分に言い聞かせ、俺は休み時間のたびに捜索を続けた。
しかし、昼休みになっても、手がかりはゼロ。
(うーん。最後に読んだのは先週の金曜日だ。そういや、体調を崩したアンズを部室へ運んだ時に、あの本も一緒に持って行ったんだっけ?)
俺は、どこか遠い目をしているアンズに声をかけた。
「アンズ」
「うーん……」
「アンズ……」
「うぁっ!」
指先で肩をトントンと叩くと、アンズは身を震わせて飛び上がった。
ガタンッ! と椅子が激しく鳴る。
「大丈夫か? 驚かせた……」
「あ、あっ……アダム、ごめん! ちょっと考え事してただけ。大丈夫だよ!」
「そうか。あのさ、ここに置いてあった本が見つからないんだ。最後、どこにあったか心当たりはないか?」
「あぁっ……!」
アンズは素っ頓狂な声を上げた。
――確実に何かを隠している。
表情と態度に、答えが全て書かれていた。
「アンズ、落ち着いて。本のことで、何か知っているんだな?」
「えっと、その……! 私は……!」
頑なに目を合わせようとしない。
このままでは埒が明かないが、ここで聞くわけにもいかない。
俺は机の引き出しから、かつてアンズのライブで使った黄色いケミカルライトを取り出し、彼女の目の前でわざと大袈裟に振って見せた。
「ちょ、ちょっと待って! アダム、恥ずかしいからやめてぇ――!」
顔を真っ赤にしたアンズは、俺の手から無理やりケミカルライトを奪い取ると、俺の腕を掴んで教室を飛び出した。
全力疾走で辿り着いたのは、昼休みで無人の実験部――部室だった。
「はぁ、はぁ……アダム! 教室であんなの振ったら目立っちゃうよぉ!」
「すまん。でも、ようやくこっちを向いてくれたな。で、何があったんだ?」
俺が話しかけると、アンズは堰を切ったようにポロポロと大粒の涙をこぼした。
そして、震え声でその真情を吐露してくれた。
「あのね……ホルム先生が……アダムの本、持ってたの」
そこからの告白は、俺の想像を遥かに超える、衝撃の連続だった。




