【王位戦エントリー編】最近のあなたは、どうも【ハルシネーション】が目立つ ※アンズ視点
【※注意】主人公ではなく、アンズちゃん視点です。
「ない! ここにもない! どーしよー!」
アダムの王位戦メンバーが決まった翌朝。
女子寮の部屋で、私は頭を抱えていた。
「アンズ、何か困ってるの?」
同室のケイちゃんが、呆れた顔で声を掛けてくれた。
私はしっかり者の親友に、泣きつくことにした。
「お気に入りのリップが見つからないの! どこに置いたっけ?」
「あぁ〜、あのアプリコット色のグロスでしょ?」
「えっ! なんで分かったの!?」
ケイちゃんは「えっへん」と得意げに胸を張ると、どこかで見たことがある探偵のポーズを決めて推理を始めた。
「昨日、部室でアダムがニコに連行された時、動揺したアンズは『ちょっとお手洗い!』って言って、トイレに駆け込んだでしょ?」
「うん!」
「で、戻ってきた時、アンズの唇がツヤツヤしてたから、グロスを塗ったのね、とアタシは思ってたわけ」
「つまり……?」
「部室近くの女子トイレ。洗面台に置きっぱなし。間違いないわッ!」
ケイちゃんの推理は――きっと100%。いや、1000%当たってる!
「本当だ! 鏡の前で塗り直して、そのままにしてたのかも! ケイちゃん、天才!」
「でしょ!」
私が手放しで褒め称えると、ケイちゃんはなぜか机の引き出しからサングラスを取り出した。
何をするんだろう? と思っていたら、サングラスを颯爽とかけて、私にハイタッチを求める。
「イェーイ!」
「い、イェーイ!」
ワンテンポ遅れて、私もハイタッチを返す。
「さぁ、早く行きなさい! 誰かに忘れ物として届けられる前に!」
ケイちゃんに背中を押されて、私は一目散に実験部近くの女子トイレへ走って行った。
* * *
「あっ、あったぁ!」
洗面台の端の収納ボックスに、桃の形をしたポーチがちょこんと置いてあった。
(私ったら、ポーチごと置きっぱなしにしてたんだ……!)
ポーチを手に取り、チャックを開ける。
中には、お気に入りのグロスもしっかり収まっていた。
(良かった……! ラッキー! 無事にあったし、今日も一日頑張れる!)
小さくガッツポーズをして、ポーチをギュッと握りしめる。
ホッとして、そのままトイレを出ようとしたけれど、廊下から耳障りな声が聞こえてきて、私は反射的に足を止めた。
「もしもし。えぇ、今は学校に……。例の件ですか?」
(この声……ホルム先生だ……)
壁一枚隔てた廊下で、先生が誰かと通話している。
私は音を出さないよう、息を殺して耳を澄ました。
「あぁ〜、あの件ですね。残念ながら、首尾良く処理できたのは双子だけでした。本当は第10王子も一緒に巻き込まれる予定だったんですけどね〜」
(うそっ! 第10王子って……アダムのことじゃない!)
頭の中が真っ白になる。
(教頭先生が犯人として捕まったはずなのに。どうして、ホルム先生がこの話をしているの……?)
冷や汗が止まらなくなり、手先が凍りついたように冷たくなる。
「ですが、問題ありませんよ。紹介状を通して、治療方針が撹乱されるよう手を回しておきましたから。人間に吸血鬼の血を混ぜるなんて、前代未聞。興味深い症例ですが、正式な治療法はありません。まぁ、可能だとすれば、回復魔法に特化した天使族の王女を連れてくることですかね。くくっ、なかなか面白い実験だと思いませんか?」
最低……。
怒りが込み上げてきて、生理的嫌悪感に襲われる。
私は、昨日の先生の言葉を思い返す。
『いやぁ、残念だったな。双子が交通事故に遭ってしまって……』
あんな言い方、生徒のことを思いやる教師が言うセリフじゃない。
しかも、アダムまで殺そうとしていたなんて――。
許せない!
今すぐここを飛び出して、魔法でホルム先生を仕留めたい。
今すぐにでも!
なのに、足がすくんでしまった。
このおぞましい通話を、最後まで聞くべきだと思ったから……。
その予感は、最悪の形で当たってしまう。
「そういえば、第10王子の机の上に置いてあった本を回収しましてね。貴方が渡したのですか? えっと、タイトルは――『不老不死と結婚観について』」
(どうして、その本を……!)
心臓がバクバクする。
私を深く悩ませた、あの不吉なタイトル。
でも、今は混乱している場合じゃない。
まさか、アダムに本を渡した人物が、ホルム先生とも、この電話の相手とも繋がっているというの……?
(ええい! ここまで来たら、絶対に有益な情報を掴んでみせるっ!)
震える体を押さえて、私が好奇心に従うと決めたところで、ホルム先生はパラパラとページをめくり、嘲笑うように音読し始めた。
「『不老不死であっても、独りでは生きられない』と書いてありますね。これは紛れもなく、事実です。だけど、この作者は肉体ありきで語り過ぎている。正直、結婚相手なんて、人工的に造られたモノでも構わない。むしろ、その方が従順で、扱いやすい。だからこそ、俺は人間やエルフ族といった弱者から優先的に排除すべきだと考えておりますが?」
(排除……人間やエルフを、排除……?)
背筋が凍る。
(どうしよう。とんでもないことを聞いてしまった!)
朝の光に満ちた暖かな空間で、私は再び震えていた。
「……へぇ。あなたの考えは、以前と随分変わりましたね。先発はもっと、研究者らしいことを言っていたのに。今のあなたは目先のことしか考えていない。気をつけてくださいね。最近のあなたは、どうも【ハルシネーション】が目立つ」
「ちょっと! そこ、邪魔なんだけど!」
突然、廊下に響いた別人の怒声。
その声を合図に、ホルム先生は「チッ!」とわざとらしく舌打ちをして、すぐに気配を消した。
静寂に包まれたところで、コンコン、とトイレの扉を丁寧にノックする音が響く。
「アンズ、見つかった? あら、どうしたの、その顔……」
入ってきたケイちゃんの顔を見た途端、緊張の糸が切れた私は縋り付くようにして、彼女に抱きついた。




