【王位戦エントリー編】オレは大切な人を守るために動くだけだ
今の俺は屋上にいるが、やけに風が冷たい。
俺とニコ以外、誰もいないせいか。
それとも、ニコの背中から立ち昇る、凍てつくような威圧感のせいか。
だが、そんな感傷に浸る間もなく、ニコが振り返り、俺を鋭い眼光で睨みつけた。
「サラが王位戦の書類を出したっていうのは、本当か?」
(あぁ……やっぱりその件だよな)
「さっき保健室で、本人から決意を聞いた。正直、俺も驚いたけど――」
「なら、なんで反対しなかった!」
俺の言葉を遮ったニコは、苛立ちを抑えられず、畳み掛けるように続ける。
「アダム。彼女の立場を分かってるんだろう? 強い王子たちが揃う王位戦で、もしサラが深手を負い――最悪、命を落としたらどうするつもりだ!」
死ぬなんて大袈裟だ、なんて無責任なことは言えない。
双子が重体に陥った現状を、ニコも知っている。
サラを同じ目に遭わせたくないという切実な想いも、痛いほど分かる。
俺だって、同感だ。
「死なせない。むしろ、サラは『自分の手で守り抜く』と宣言したんだ。少年漫画のヒーローみたいな、真っ直ぐな言葉でな。それに、あの担任に弱みを握られた以上、エントリーを拒めば即座に正体をバラされていた。論理的に考えて、エントリーを受け入れるしかなかったんだ」
「チッ……あのクソ教師、余計な真似を……」
「全くだ。ニコがサラのことを心配しているのは分かっている。でも、彼女の参加を否定してしまったら、彼女の覚悟まで否定することにならないか?」
ニコは図星を突かれたのか、苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。
だが、収まりのつかない怒りをぶつけるように、グイッと俺の胸ぐらを掴む。
「そもそも、魔法もろくに使えないケイまで連れて、どうやってサラを守るつもりだ。サラに何かあったら、オレはお前を絶対に許さない!」
珍しく感情を剥き出しにしている。
だからこそ、俺は真正面から言うしかない。
「ニコ、王位戦に出てくれ!」
「は……?」
俺の提案に、ニコの表情がわずかに揺れた。
ここまで来たら、ニコの力が必要だと、理屈で押し切るしかない。
「いざという時にサラのことを守れるのは、俺でもケイでもない。この学校で誰よりも冷静に状況を見極め、ずっと隣でサラを見守ってきた――君しかいないんだ、ニコ。彼女を危険に晒したくないなら、君自身が盾になるのが一番確実な解決策だと思わないか?」
ぐうの音も出ない様子で、ニコが手を離した。
「はぁ……。癪に障るが、相変わらず、頭の回転が速いな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めていない。誰かに似ていて、気に入らないだけだ」
「なら、もっと面白いことを教えようか。サラのおじさんが彼女を『強い牝馬』に例えていたが、俺は彼女を、騎手のいない『空馬』として走らせるつもりはない。どんなに強い馬でも、勝利には信頼できる騎手と、支える仲間が必要だろ?」
「そうか……」
ニコはフッと笑うと、何も言わずに屋上の扉を乱暴に開け、姿を消した。
その足取りは、先ほどまでとは違い、どこか迷いが吹っ切れたようにも見えたが……。
「はぁ。やっぱ、一筋縄じゃいかないよなー」
説得失敗だ、と肩を落とした俺は、自販機で買った温かい缶コーヒーを手に、トボトボと部室に戻った。
「ただいま……」
半分諦めモードの、萎れたキノコのような足取りで扉を開くと、「アダムさん、お帰りなさい!」とサラが晴れやかな笑顔で迎えてくれた。
(あれ? さっきより、妙に騒がしいな?)
「ちょっとアンタ! もっと丁寧に字を書きなさい! 書類で落とされたら、洒落にならないわよ!」
「うるさい。これで書き終わった」
「まぁ、いいわ! アタシは足手まといになるし、アンタが出る気になったのなら話は別よ! 絶対に、サラのことを守るのよ!」
(な、なんでニコが――?)
信じられない。俺を置いて屋上を去ったはずのニコが、すでに部室の椅子に座り、ペンを置いたところだった。
その右隣ではケイが口うるさく内容を確認し、左隣ではサラが心配そうにニコの顔色をうかがっている。
「ニコくん、本当に大丈夫? 無理してない?」
「あぁ、問題ない」
ニコはサラの頭を撫でると、椅子から立ち上がり、俺の前で仁王立ちした。
「身上書以外は書き終えた。親のサインは今から貰ってくる。勘違いするな。オレは大切な人を守るために動くだけだ」
そう言って、ニコは書き上げた書類を俺に差し出した。
「いいのか?」
最後に念を押して聞いたが、ニコは無言のまま部室を出て行った。
だが、扉を閉める直前、ニコが右手の親指をグッと立てた合図を、俺は見逃さなかった。
(マジか?! これで、戦える……!)
「やったわね、アダム! サラ!」
「うん。ニコくんがいてくれたら、心強いよー!」
ケイとサラが手を取り合って喜んでいる。
メンバー決定という揺るぎない事実に、俺も喜びを噛み締め、安堵からか、椅子の背もたれに体を預けた。
「あれ、アンズは?」
「トイレよ。もうすぐ戻ってくるんじゃない?」
王女様らしい比喩に苦笑いしつつ、俺たちは一息つく。
「よし、メンバーも決まったし、今日はゆっくり休むか」
「賛成! ぼくも今日はリラックスする!」
「そうしなさい! 部室はアタシが片付けておくから、二人は寮に戻って休みなさいッ!」
ケイが世話焼きのお母さんみたいに、俺の背中をバシッと叩いた。
「痛ってぇ……!」
「いい? どんなことが起きても、何があっても、アタシは裏切らない。王位戦には出ないけど、アンタたちの味方だからね! ってわけで、おやすみなさい!」
ケイに催促されて、俺とサラは男子寮へ戻ることにした。
王位戦まで、もう後戻りはできない。
双子の想いも、俺たちが引き継ぐんだ。




