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ファンタジア・サイエンス・イノベーション〜第10王子:異世界下剋上の道を選ぶ〜  作者: 国士無双
第二部 【本論】第10王子、異世界下剋上の道を選ぶ

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【王位戦エントリー編】……アダム。ちょっと来い

 あの後、保健室でサラが派手に割った窓ガラスは、キハダ理事長が魔法で手際良く元通りにしてくれた。

 そして理事長は「オウレンを一人にさせるわけにはいかない! 私が隣で支えるから」と頼もしい宣言をして、オウレン先生を聞き取り調査の会場まで連れて行った。


 そんなわけで、俺たちは保健室を後にし、実験部の部室に集まっていた。

 今いるのは、アンズ、ケイ、それから王位戦の参加者となったサラだ。

 

 全員、担任とのやり取りで神経をすり減らしたせいか、室内では重苦しい沈黙が続いていた。


 その沈黙を最初に破ったのは、ケイだった。


「アダム、さっきはごめんなさい! アタシ、言いすぎたわ!」


 唐突な、けれど彼女らしいまっすぐな謝罪だ。


「大丈夫。俺の方こそ、らしくない動揺をしてしまった……」


 本当は、「まさか双子が重篤な状態とは」と言いそうになった。

 けれど、惨状を目の当たりにしたサラの前で、双子の話を出すのは控えた方がいいと判断し、俺は言葉を飲み込んだ。


「ん? どうしたのかしら、アダム。続きは?」


 言い淀んだ俺を、ケイが不安そうに覗き込む。


「いや、なんでもない……自分の弱さが嫌になっただけだ」


 苦笑いで誤魔化したものの、内心穏やかではなく、自己嫌悪に陥っていた。

 

 実を言うと、前世で一度、過換気症候群かかんきしょうこうぐん――いわゆる過呼吸を起こしたことがある。

 

 研究とは無関係な、苦手な雑務に追われていた頃の話だ。

 不慣れな業務で袋小路に追い込まれていたところ、追い打ちをかけるように上司に叱責された。

 

 気持ちの整理がつかないまま、指先の感覚が遠のき、視界が狭まり、肺が空気を拒絶しているかのような錯覚。

 

 あの時の、どうしようもない絶望と屈辱。

 

 嫌な記憶が、一気にフラッシュバックする。


(あぁ、考えるだけでも、胸が苦しい――)


「大丈夫! アダム、何も恥ずかしくないよ!」

「そうだよ! アダムさんが怪我をせず、無事でいてくれたから、ぼくは本当に安心したんだ!」


 アンズとサラが、弾かれたように口を開いた。

 ケイも「そうね。無事で本当に良かったわ。だから、この話はおしまいね!」と明るく告げて、不穏な空気を断ち切ってくれた。


 次に、アンズが話題を切り替えるように話し始めた。


「サラ、身上書はどうやって用意したの?」

「あっ……その件なんだけど、おじさんがサインしてくれたんだ。一応、コピーしたものも持っているよ」


 カバンをゴソゴソと探っていたサラが、「あっ、あった!」と一枚の用紙を取り出した。

 確かに、そこにはニボルさん直筆のサインがしっかり記されていた。

 

「サラ、ニボルさんには伝えたのか? 王位戦に出ることを」

「うん。昨日、おじさんに『参加する!』って、ちゃんと伝えたよ!」

「その……反対されなかったのか?」

「そうだね。最初はびっくりしてたよ。でも、おじさんが趣味の競馬で面白い例えをしてくれて。『馬群の中でたった一頭の牝馬(ひんば)が最後の直線で並み居る強豪の牡馬(ぼば)を退けて、重賞を制したんだよ。大丈夫。最強のサラちゃんなら、この王位戦だって勝てるよ』って、笑顔で送り出してくれたんだ」


 まさかの競馬ネタで背中を押されていたとは、思いもしなかった。

 ニボルさんの摩訶不思議な、けれど温かくて柔軟な発想に、俺は堪えきれず、肩を震わせて笑ってしまった。


 笑っていたのは、俺だけではなかった。

 ケイとアンズも吹き出していた。


 沈んでいた部室の雰囲気が、蕾から花が咲いたように温かさを取り戻していく。

 

 俺たちが笑っているのを見て、サラは照れ隠しに頭を掻いた。

 それから、凛とした顔つきをして、本題を切り出した。


「そういうわけで、ぼくと作戦を立てよう? 筋トレを頑張ることも素晴らしいけれど、アダムさんは肉弾戦より、頭脳戦に特化したほうがいいと思って……」

「アタシも賛成。アダムは頭脳で戦うべきよ!」


 ケイが隣で力強く相槌を打つ。

 まあ、二人の考えは腑に落ちる。


 現に、今の俺はすでに体力の限界で、気力も低下気味だった。

 

(こういう時は、あの薬に頼るのが一番だな〜)

 

 棚から調合済みの漢方薬を取り出し、コップに入れようとしたところで、サラに声を掛けられた。


「アダムさん。それって、お薬?」

「あぁ」

「あのさ、疲れに効果があったりする?」

「よく効くぞ。飲むか?」

「うん、ぼくも飲もうかな。なんだか、どっと疲れちゃって……」

「了解だ。今、用意するよ」


 どうやら俺だけでなく、サラも相当疲れているらしい。

 二人分の薬を用意し、お湯に溶かしてからサラの分を手渡した。

 

 生薬特有のほのかな香りが、湯気とともに部室に広がる。


「ありがとう! 甘くておいしいね」

「だろう? 甘草(カンゾウ)が入っているから、飲みやすいんだ。ふぅ……」

「はぁ……」


 じんわりとした温かさが、五臓六腑に染み渡る。

 

 俺とサラが黙ってコップを見つめ、一息ついていると――。


「私が飲んだお薬と、香りが全然違う!」


 自分のはあんなに苦かったのに……と言わんばかりに、コップの底まで覗き込もうとしているアンズの姿が目に入った。


「あぁ、アンズのとは別のやつだ」

「そうなの?! でも、二人とも王位戦が始まる前からそんなに疲れちゃって……本当に大丈夫?」


 眉尻を下げているアンズを見て、ケイが「あら!」と思い出したように声を上げた。


「アンズの言う通りだわ。それに王位戦って、一般科チームでも王族が最低二人は必要なんでしょ? 残ってる選択肢、アタシかニコしかいないじゃない?!」


 耳が痛い指摘だ。

 エントリー可能なメンバーは、この時点で絶望的に限られていた。

 だからこそ、俺は一縷の望みにすがって、第4王女のケイを誘うことにした。


「おっしゃる通りだ。ニコには、一度断られている。……ケイは、戦うのは得意か?」

「無理! だってアタシ、魔法の才能が悲しいくらいにないのよ! 使えても、一日三回が限度っ!」

「だよな……」


 拒絶されるのは想定内だった。


(こうなると、第6王子のニコに、もう一度頭を下げるしか……)


 その思惑が頭に浮かんだ、その時。


 ガラッ――!


 乱暴に扉を開く音が、部室に響いた。


「……アダム。ちょっと来い」


 この声――俺が今、まさに相談したいと思っていた人物だ!


 俺は期待を膨らませて振り返った。

 だが、そこで立っていたのは――一匹狼の異名に相応しく、絵に描いたような不機嫌顔をしたニコだった。

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