【王位戦エントリー編】ご令嬢の秘密をバラされたくなければ
目を開けると、鼻につく消毒薬の匂いと共に、どこかで見覚えのあるジプトーン柄の天井が視界に入った。
(あっ……。俺、いきなり呼吸が苦しくなって……)
まだ身体に痺れが残っている感じがしたが、俺は急いでベッドから起き上がった。
「あっ、目が覚めた? 大丈夫だからね!」
アンズが思いっきり、正面から俺を抱きしめてきた。
「アンズ……ここはどこだ……?」
「保健室だよ、本当に良かった……!」
どうやら、俺は保健室に運ばれたらしい。
アンズが涙目になりながらも「無理しないでいいからね」と励ましてくれたところで、ベッド脇のカーテンが音を立てて開いた。
「アダムくん、今日はゆっくり休んでね?」
オウレン先生が現れて、温かい飲み物が入ったマグカップを差し出してくれた。
そのマグカップを受け取った瞬間、教室で倒れた直前の記憶が鮮明に蘇る。
先週の金曜日、まさか双子が事故に遭ってしまったなんて。
王位戦に向けて、ようやくメンバーが揃い、ここからスタートだと思っていたのに。
「なんでだよ……どうして、こんなことに……」
手先が震え、マグカップの中身がこぼれそうになる。
アンズが慌てて俺の手からカップを預かり、オウレン先生も俺の目の前に座り込んだ。
「アダムくん、自分を追い詰めないで。王位戦のエントリー期限まで、まだ期間があるでしょう?」
「だけど、メンバーが……」
「アダム、今日は何も考えたらダメっ!」
二人が必死に、俺の身を案じてくれていた。
そんな中、保健室の扉をドンドンッ! と激しくノックする音が響く。
「あら……キハダ理事長かしら? ちょっと待ってね」
オウレン先生が振り返って扉を開けたが――直後、悲鳴を上げた。
「キャァアアア! どうして貴方がここに?!」
先生は脱兎の如く、アンズの背後に隠れた。扉の向こうにいるのは、明らかにキハダ理事長ではない。
男嫌いのオウレン先生がここまで怯える相手……最悪の予感に背筋が寒くなる。
「おやぁ、すみません。驚かせちゃって……」
ズカズカと、他人の家に土足で上がるような勢いでやって来たのは――担任であり、第11王子でもある悪魔族のホルム・ゴブリーン。
「ホルム先生、どうしてここに?」
アンズも、担任のあまりに不躾な態度に嫌悪感を示し、いつもより険しい表情で問いかけた。
「担任だからね、生徒の体調が心配で保健室に来るのは当たり前のことだろう?」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですから。HRや他のお仕事があるのでは? オウレン先生に診てもらうので、ホルム先生はお引き取りください」
当たり障りなく会話を終わらせ、担任を保健室から追い出そうと俺も加勢する。だが、奴は簡単に引き下がるような男ではなかった。
「いやぁ、残念だったな。双子が交通事故に遭ってしまって……」
「残念って、何その言い方! 普通は『大変だったね』とかじゃないですか?!」
アンズがムキになって反論する。
担任はアンズがいきなり怒りを爆発させるとは思っていなかったようで、意外そうに目を丸くした。
「おっと、言い過ぎたかな? でも理由があるんだ。俺は双子より、アダム・クローナル。君の方が可哀想だと思って。今回、あるアイデアを共有したくて来たんだよ」
「はぁ……?」
なんとも癇に障る。
あたかも役満ツモを確信したかのような、勝ち誇った言い草に、俺も向かっ腹を立てる。
だが、そんな悠長な比喩すら言っていられないような話を、奴はオウレン先生にまで振ってきた。
「オウレン先生、貴女にも聞いてもらいたいお話です。大切な王位戦エントリーも兼ねたお話ですから」
「えっ?」
オウレン先生も、案の定呼ばれるとは思っていなかったようで、アンズの後ろで眉をひそめた。
「この話は内密にお願いしたいのですが……。双子は交通事故で重体な上に、輸血の医療事故にも遭ってしまったと、つい先ほど病院から連絡がありました」
「輸血の医療事故?」
「はい。双子は人間なのに、医療従事者が間違えて、吸血鬼族の血液を投与してしまったそうです。輸血ミスによる拒絶反応で、入院期間は数ヶ月に及ぶとのこと。当然、王位戦への出場は絶望的でしょう」
(ありえない。ひき逃げの次は、そんな初歩的な医療事故……? いくらなんでも不自然過ぎる。まさか、こいつが手を回したのか?)
ニコの「事故ではなく事件だ」という言葉が、呪いのように頭の中で反芻される。
担任が、わざわざ保健室まで出向いて、双子の絶望的な状況を伝えに来た理由――考えたくもない。
「つまり、何が言いたいんですか?」
俺は身体の震えを抑えつつ、担任に問いかける。
「王位戦エントリーの提出期限まであと一週間だろう? 困っている生徒に最善の選択肢を用意してあげるのが、教師の義務というものだよ」
「他に推薦できる生徒がいるとでも?」
「Exactly……」
担任は整った顔をニチャアと歪ませ、アンズの背後で怯えるオウレン先生を隅々まで見た後、懐から一通の書類を差し出した。
「身上書です。オウレン先生、貴女が面倒を見ているご子息にお渡しいただけないでしょうか?」
「な……何を言ってるの?」
無論、オウレン先生は受け取ろうとしない。
「ホルム先生! サラは参加しないって、言ってたから出ませんよ!」
オウレン先生の前にずっといたアンズが手をバツにして、代わりに否定する。
それでも、担任はひかない。
「そうかぁ。参加しないって、本人はそう言ってたのかぁ……。でも、知ってましたか、オウレン先生。王位戦はね、一般科で一人でも出場したい生徒がいた場合は、その生徒の担任講師が推薦で他の出場生徒を選べるんですよ」
「もしかして……」
「俺は推薦で、サラを出します。学年一位で、剣術検定1級保持者と優秀な生徒です。誰も反対しないでしょう」
知らなかった制度を淡々と語る担任は、どうやら、サラを王位戦にエントリーさせたいらしい。
(俺にとっても、悪くない。むしろ、助かる話だ)
だが、サラ本人の意思を尊重したい。
俺だけでなく、オウレン先生だって同じ思いだ。
苦手な男性を前にしていても、オウレン先生は家族思いだった。
急いで、担任に否定の意思を示す。
「そんなことしないでください! サラさんは、私にとって、大切な家族なんです! 待っていただけませんか?」
「待てません。あと、一週間しかないのですから」
「いいえ! 絶対に出さないわ!」
オウレン先生は担任が持っていた身上書を受け取ったと同時に、破り捨てた。
パラパラと、紙切れが床にバラける。
「何があっても、私は破り続けるわっ!」
「はぁ……。感情に支配されていますね。これだから、女は……」
担任は悪びれる様子もなく、魔法でバラバラになった身上書を元の状態に戻していた。
「何度も言わせないでください。もし、貴女のご子息……いいえ、ご令嬢の秘密を学校中にバラされたくなければ、この書類を提出してください」
「な、何のこと……?! サラちゃんに、何をする気なの?」
オウレン先生は完全に冷静さを失っていた。
なのに、担任は畳み掛けるように、ある条件を叩きつけた。
「もし、彼女が王位戦に出ないというのなら――」
担任は、わざとらしく、間を置いた。
「彼女の本当の身分と出自を、正式な告発書として学校に提出します。『知らなかった』で済まされるのは、今のうちだけですよ。公になれば、彼女は即刻退学。保護者である貴女も、虚偽報告の調査対象になるでしょうね」
(こいつ、サラの正体を、把握してやがったのか……)
あまりにも卑劣な提案に、はらわたが煮えくり返る思いだった。




