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ファンタジア・サイエンス・イノベーション〜第10王子:異世界下剋上の道を選ぶ〜  作者: 国士無双
第二部 【本論】第10王子、異世界下剋上の道を選ぶ

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【王位戦エントリー編】事故なんかじゃない、事件だ

【※注意】本エピソードでは、交通事故およびパニック発作(過呼吸)の描写が含まれています。読者の皆様の体調やお気持ちに合わせて、ご無理のない範囲でお読みください。

 カラオケ屋で会計を済ませたところで、入り口から男性の叫び声が聞こえた。


「すみません! 救命グッズない? 交通事故で学生が倒れてるっ! 誰か一緒に来て!」


 飛び込んできたのは、通りすがりの中年サラリーマン。

 豪雨の中、傘もささずにずぶ濡れの彼は、肩を大きく上下させて、息を切らしていた。

 

 その様子から、尋常でない事態が起きていると、一目で分かった。


 だが、店員さんは「ど、どうしよう……今の時間、俺しかいない。ま、まずい!」と突然の出来事にパニック状態だ。


「大変! 店員さんが焦ってる。どうしよう?!」


 アンズが困惑の表情を浮かべていた。


 人というのは、突発的な非常事態に直面すると、思ったように行動できないものだ。

 

 だからこそ、ここは冷静な人物が動くべきだ。


「店員さん。その応急処置キット、俺に貸してください!」

「えっ?!」

「まだ、間に合うかもしれない! 処置をしたいので、お願いします!」


 俺の言葉に背中を押されたのか、店員さんは「頼みます!」とカウンター裏から救急セットを差し出した。


「俺も助けに行きます!」

「ありがとう! すぐに行こうね!」


 すぐさま、カラオケ屋を後にしようとしたところで、アンズが俺たちを呼び止めた。

 

「アダム、待って! 私も行く!」


 その気持ちは有難いものの、アンズは現場の光景を想像して怯んでいるのか、小刻みに震えていた。


(あぁ、連れて行かない方がいいな……)


「アンズ、怖いんだろう。無理しちゃダメだ。先に、実家に帰って。あまり夜遅いと危ないから」

「どうして……?」


 アンズは目に涙を溜めながらも、「助けに行きたい」と必死に食い下がろうとしていたが……。


「少年の言うとおりだよ、お嬢ちゃん。現場は見るに堪えない有様だから、早く帰った方がいい」


 俺だけでなく、おじさんも強い口調で俺の意見に賛同していた。


「わかった。じゃあ、気をつけてね……アダム」

「あぁ、じゃあ!」


 アンズは絞り出すように言って、俺たちの背中を不安げに見送った。

 一方、俺はおじさんと共に、事故現場へ急いで向かった。


 しかし、現場に到着した時には、倒れていたはずの学生の姿はすでに見えなかった。

 

 絶え間なく降りしきる雨の中、アスファルトの上に力なく転がっていたのは、一本の傘。

 そして、俺が今履いているものと同じ、学校指定のスニーカーが、どす黒い血に濡れたまま、片方だけ落ちていた。


(嘘だろ……同じ学校の生徒が事故に遭ってしまったのか?)


 背筋に冷たいものが走り、頭の中が真っ白になった俺に対し、おじさんがトントンと肩を叩いて、遠くを指差した。


「あそこの救急隊に付き添われている子、君の知り合いじゃないか?」

「えっ……」


 救急隊のそばで、呆然と立ち尽くしていたのは――サラだった。

 

 下唇を噛み締め、声を殺して泣いている。


 いつもは素直に感情を表に出す彼女が、今は誰かを激しく憎むような、鬼気迫る表情で涙を流していた。


 その横顔を見ただけで、心拍が一気に跳ね上がり、息が詰まった。


 声を掛けなければならないのに、足がすくんでしまい、一歩も前に進めない。

 

 結局、俺は立ち尽くしたまま、サラが救急隊と共に遠ざかっていくのを、見届けることしかできなかった。

 

 それでも、隣にいたおじさんが励ましの言葉をかけてくれた。


「大丈夫さ、無事に運ばれただけでも一安心だよ。一緒に来てくれてありがとう。この救急セットは返しとくから、気をつけて帰ってね」

「はい……」


 こうして、おじさんと別れて、俺一人になった。


 帰ればいいのだろうけれど、足が震えて動かない。

 

 さっき、サラが泣いていたってことは、怪我をした生徒は、彼女が知っている人物に違いない。


(一体、誰なんだろうか?)


 いや、誰なのかなんて、考えたくない――。

 

 その思考を遮るように、一台のバイクが俺の近くに滑り込んできた。

 

 そのライダーはヘルメットを外し、俺に声を掛けてきた。


「どうして、ここに?」

「ニコ?! それは俺のセリフだが……」

「追いかけたけど、間に合わなかった。だから、戻ってきたんだ」

「えっ?」


 珍しい。いつもは無表情のニコが、怒りをむき出しにしていた。

 

「轢いた犯人が逃げた。アダム、ここで起きたのは、事故なんかじゃない。事件だ」


 そう言い残すと、ニコは再びヘルメットを装着し、アクセルを鋭く回して、どこかへ向かおうとしていた。


「次はどこに行くんだ?!」


 問いかけたけれど、返答がない。

 ニコは猛烈なスピードで、あっという間に消え去ってしまった。


(あぁ、本気で怒ってるんだ……)


 ニコから詳細を聞けず、このまま事件現場にいることにも耐えられなくなり、俺は逃げるように寮の自室へ戻った。


 その後、三連休に入り、俺は狂ったように筋トレに打ち込んだ。


 あの現場で見たスニーカーに、サラの表情。

 

 答えに辿り着くのが怖かった。

 その答えが「誰」なのか、予想がついてしまいそうで。

 

 だから、思考を殺すために身体を極限まで追い込み、王位戦の作戦立案に没頭した。


 そして、連休明け。

 教室のドアを開けると、そこは騒がしくも、どこか重苦しい空気が立ち込めていた。


「おはよう……」


 俺は自席に座り、右隣のケイに挨拶をした。

 すると、ケイはいつもの自信に満ちた表情ではなく、哀れみの目で俺のことを見ていた。

 

「おはよう。あんた……王位戦、どうするつもり?」

「あぁ、その相談を朝から双子にしたくて」

「それは……無理よ」


 ケイの声が微かに震えていた。


「どういう意味だ?」


 思わず聞き返したが、ケイは「はぁ、アタシの口から言うことになるとは……」とため息をついてから、残酷な真相を告げた。

 

「双子が、先週の金曜日、交通事故に遭ったの。二人とも、意識不明の重体よ」

「嘘だろ……」


 肺からすべての空気が抜け出していくような感覚。

 

 空気を吸おうとしても、浅い喘鳴が漏れるだけで、一向に酸素が体に入ってこない。


「……っ、は、……あ……っ……」

 

 手足と唇の震えが止まらず、視界が白く明滅し始めた。


 その動悸に合わせるかのように、机に置いたままの一冊の本が、俺の崩れ落ちる身体と共に、音を立てて床に落ちた。

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