【王位戦エントリー編】俺たちも頑張らないと―― ※アダム→第三者視点
【※注意】本エピソードには、交通事故の描写が含まれています。
苦手な方は閲覧にご注意ください。
なお、物語中盤より、アダム視点から第三者視点に切り替わります。
放課後。
チャイムが鳴り、双子に話しかけようと立ち上がったところで、前の席にいるアンズから「行かないで!」と待ったがかかる。
「どうした?」
「あのね、アダム。実は……」
アンズの頬っぺたが、いつもより桃色に染まっていた。
(ん? 風邪でも引いたのか?)
「もしかして、熱がある?」
「違うの、その……」
アンズが一生懸命何かを話そうとしていた。
だが、急激に具合が悪くなったのか、彼女は突然、頭を抱えてうずくまった。
「大丈夫、じゃないな……。保健室に行こう」
「えっ」
苦しそうな表情のまま、立とうとしないアンズ。
(あれ。案外、重症だったりする?)
どうやって移動させるべきか悩んでいると、俺の右隣に座っていたケイが立ち上がり、俺をビシッと指差した。
「アダム。アンタはしっかり、アンズのことを考えなさい! アンズ、無理せずね。じゃあ!」
ケイは最低限の言葉だけを言い残し、台風のように教室を後にした。
(アンズのことを考える……。えっと、俺に何ができる? 何か今の状況を打破する名案はないか)
チラリと窓の外に目を向ける。
明日からは待望の三連休だというのに、今にも雷鳴が轟きそうな、どんよりとした薄墨色の空が広がっていた。
「もしかして、天気頭痛か?」
「うん、ごめんなさい。お薬、実家に置いたままで……」
「だよな……」
「あれ?! アンズちゃん、大丈夫か!」
「アンズちゃん、無理しない方がいいぞ!」
アンズが涙目になりそうな瞳を閉じようとしたところで、双子がやってきた。
「シロ、クロ。ちょっと待ってくれないか。今日は打ち合わせしようと思ってたん――」
「ダメだよ、アダム。今はアンズちゃんの面倒を見ないと!」
「そうさ。俺たちは身上書のサインをもらいに、バッティングセンターに寄ってから実家に帰る予定だから、今日は平気だよ!」
ケイだけでなく、双子までアンズを最優先しろと言ってくれた。
(しまった、俺としたことが……。王位戦のことで、頭がいっぱいになっていた)
「ありがとう。じゃあ、来週に打ち合わせをしよう」
「もちろん!」
「じゃあね、アダム、アンズちゃん!」
双子は屈託のない笑顔で、教室を出て行った。
俺自身、彼らの明るく前向きな姿勢には、いつも刺激を受けている。
実力不足とはいえ、王族である双子と共に王位戦に出られる――これだけでも、贅沢だ。
だからこそ、今日の俺はアンズと向き合う必要がある。
「アンズ、しっかり捕まっとけよ」
「えぇっ?」
筋トレの成果は、こういう時にこそ発揮される。
俺は戸惑うアンズを、ひょいと米俵のように担ぎ上げた。
「ちょっと、恥ずかしいよ! みんなが見てるって!」
「恥ずかしくない。脳への振動を最小限に抑えつつ、重心を安定させるには、この方法が一番効率的なんだ」
「何それ、研究者みたいなこと言ってる!」
アンズは顔を真っ赤にして恥ずかしがりながらも、どこか嬉しそうに俺の背中に身を委ねていた。
俺はそんな彼女を担いだまま、恒例の実験部に連れて行った。
「よし。着いたから、漢方薬を飲もうか」
「げっ!」
アンズは『またあの薬かぁ』と頭を押さえながら、小型犬のように警戒している。
そこで、俺は彼女に安心して飲んでもらえるよう、背景を説明することにした。
「この漢方薬、つい最近まで、ストックが切れてしまっていたんだ。だけど、ダンさんに筋トレを教わるついでに、必要な生薬も譲ってもらえた。だから、こうして、今日の分を用意できたんだ」
「そうだったの? お昼休みに、声を掛けられたのって……」
「あぁ。王位戦に向けて、アドバイスをもらったんだ。無論、ダンさんには感謝してもしきれないよ」
「わ、わかった! それなら……」
話が一区切りついたところで、俺はココアを作ろうとした。
だが、アンズは「頑張る!」と意を決して、目の前の漢方薬を一気に飲み干した。
「んぐっ、にがぁい!」
「良薬、口に苦し、だ。楽になるはず」
その言葉通り、しばらくすると、アンズの表情から険しさが消えていった。
「あれ?! 嘘みたい。頭のズキズキが消えた……」
「だろう? 俺の調合と、ダンさんたちのおかげだ」
「ありがとう、アダム! って、やばいかも! すごい雨!」
慌てて窓の外を覗き込むアンズ。
いつの間にか、雨が激しく降り出し、ゴロゴロと雷鳴が轟き始めていた。
案の定、ピシャーン! と光り、アンズが「きゃっ!」と悲鳴を上げて、身を縮こまらせる。
「雷、苦手なのか?」
「うん! 大きな音、怖い……」
「なるほど。なら、ここより遮音性の高い場所に移動しよう」
「え? どこに?」
「カラオケ屋さんだ。防音設備が完璧だし、個室だ。雷の音も聞こえないし、アンズは歌が好きだろう?」
俺の提案に、アンズはきょとんとした後、ふふっと笑い出した。
「頭痛が治ったばかりでカラオケなんて、普通は思いつかないよ。でも、アダムらしくていいかも。行こう!」
こうして、俺たちは二人だけの空間――カラオケボックスへ逃げ込むことにした。
そこで、俺は歌わずに、一時間ほど、アンズの透き通った歌声を聴き続けていた。
* * *
一方、その頃。
激しい雨がアスファルトを叩きつける中、シロとクロは一本の傘に入り、身を寄せ合って歩いていた。
「すごい雨だな、シロ」
「うん。でも、バッティングセンターは屋内だったから、いっぱい練習できたね、クロ」
二人は、王位戦に向けて、期待を膨らませていた。
アダムという頼もしい相棒を得て、ようやく自分たちの実力を証明できるチャンスが巡ってきたのだから。
「身上書、家族みんな驚くかな?」
「喜んでくれるさ! 『あの落ちこぼれの双子が!』ってね!」
「あはは! 楽しみだね。アダムのおかげだ」
「うん。俺たちも頑張らないと――」
未来への希望を語り合いながら、大通りの横断歩道に差し掛かった双子。
キキキキッ――!
雨音を切り裂くような、甲高い摩擦音が響く。
視界の端から、雨に濡れた黒い車体が、スリップしながら猛スピードで突っ込んでくる。
「えっ」
「シロ、危な――!」
ドンッ!
鈍い衝撃音と共に、二人の視界が反転する。
傘が宙を舞い、泥水に叩きつけられた。
「あ……がっ……」
「ぐ……」
意識が朦朧とする中で、誰かの叫び声と、地面に広がる赤暗色が、雨に打たれてどこまでも滲んでいくのが見えた。




