【王位戦エントリー編】夏を境に〜王族が口を閉ざす理由〜
翌朝――俺は遅刻の危機に瀕し、全力で教室へと駆け込んだ。
(寝坊した! 昨日の筋トレ、調子に乗ってやり過ぎたからな……)
間に合わないかもしれないと焦ったが、剣術部で重ねた鍛錬の賜物だろうか。
進化を遂げた俺の脚力は裏切ることなく、始業チャイムの鳴り始めと同時に、教室に滑り込んだ。
俺が自席に座ると入れ替わるように、担任が口を開いた。
「おはよう、諸君。さて、今日は金曜日だ。明日から三連休になります。王位戦参加者はそろそろ資料を用意し、提出するように。家族の承認もしっかりもらってきてください」
淡々と事務連絡を進める担任だったが、最後に俺の顔を見て、不気味にニヤニヤと笑っていた。
(うわぁ、感じ悪いな……)
俺は無表情を貫き、視線を合わせないまま、周囲の様子を窺う。
「うわぁ、感じ悪っ……」
右隣のケイも俺と全く同じことを思っていたようで、小声で毒づく。
前の席のアンズも「はぁ……」と溜め息をついていた。
(ケイとアンズはかなり態度に出やすいな。あとは、左隣だ)
俺はサラの席に視線を移したが、空席だった。
(あれ、サラがいない。休むなんて珍しいな)
そういえば、昨日の昼休みにシアンさんの名前を出してから、彼女は明らかに体調が悪そうだった。
(まさか、本当は知り合いだったりするのだろうか?)
シアンさんは第5王子、サラは貴族の令嬢。
シアンさんが行方不明の第一王女を想い続けているとはいえ、家族がいつまでもその想いを許してくれるとは限らない。
身分的に、二人の間で縁談が出ていても不思議ではない。
(サラ本人だけでなく、ニボルさんたちからもそんな話は聞いたことがないからなぁ。まぁ、これ以上、深入りするのは野暮か)
釈然としない気持ちを抱えたまま、午前中の授業を終えた。
昼休み。
チャイムが鳴り、アンズが声を掛けようとしていたところに、ひときわ大柄な人物が、教室の入り口に現れた。
「すまない! アダムくんはいないだろうか?」
一般科の制服を着た――第2王子、ダンさんが俺を名指しで呼んだ。
アンズは面食らった顔をしたが、すぐに「あ、あとで大丈夫! 行っておいでよ!」と俺の背中を押してくれた。
(ごめん、アンズ。必ず埋め合わせをするから)
俺は彼女の気遣いに甘えさせてもらい、ダンさんに案内されるがまま、剣術部の部室までついていく。
部室に入ると、ダンさんが申し訳なさそうに話を切り出した。
「アダムくん、昼休み中にすまない。昨日は生徒会活動で鍛錬に参加できなかったから、状況を聞こうと思ってね」
確かに、昨日の放課後、剣術部の部室にダンさんは現れなかった。
だが、壁のホワイトボードには、昨日俺たちがこなした「ダンさん特製筋トレメニュー」のメモ用紙がびっしりと貼られたまま、残されていた。
『一般科生徒会の活動のため、本日は不在。メニュー表を残しておいた! 各自、励むように』
『ドローイン、5分間。筋肉は力であり、連動だ。今日は壊さず、目覚めさせよう』
(いやぁ。ダンさんって、熱血だし、本当にマメなんだよなぁ……)
「ダンさんのメモがあったので、大変助かりました。双子と一緒にしっかりこなしました」
「そうか……サラは、どうだった?」
「サラは体調が優れないみたいで、今日は休んでいます」
俺が正直に告げると、ダンさんは痛ましそうに表情を曇らせた。
「わかった。本当は昨日、みんなと一緒に鍛錬したかったのだが……」
「生徒会活動がお忙しかったんですよね」
(あれ?)
今の会話で、俺自身、気になったことがある。
特別科で第2王子のダンさんが、どんな理由で、一般科の方でも活動しないといけないのか。
「どうしてダンさんは、一般科と特別科の両方で活動されているのですか?」
口を衝いて出てしまったが、ダンさんは嫌な顔ひとつせず、すぐに答えてくれた。
「王族子女会議で命じられたんだ。一般科と特別科、両方で管理してほしいとね」
「なるほど。王族と言えば、先日、学校で同じ研究取扱者のシアンさんに会いました」
「そうだったのか! アダムくんから見て、どうだったかい?」
「正直に言えば、以前と雰囲気が違っていました。電子タバコを吸われていましたし」
「そうか……」
ダンさんは一呼吸置いて、ある事実を教えてくれた。
「実は、サラはね、わたしを介して、シアン殿に何度か会ったことがあるんだ」
「えっ、そうだったんですか?!」
驚きを隠せず語尾が上がった俺に、ダンさんは声を潜めて、話を続ける。
「その、うまくは言えないのだが、わたしも君と同じ懸念を抱いている。シアン殿は、今年の夏を境に、雰囲気が変わってしまったと思った。まるで、以前のシアン殿とは別人のように……」
俯いて、口を閉ざすダンさん。
話したくても話せない、王族ゆえの、あるいはサラを守るための事情がある様子だった。
「ダンさん、大丈夫ですよ。無理に話す必要はないです。なんとなく察しましたから。サラの体調が戻ったら、ゆっくり相談に乗ろうと思います」
「ありがとう。恩に切るよ」
「こちらこそ。三連休の間、鍛錬はどうしましょうか?」
淀んだ空気を変えたくて、俺の方から質問してみる。
「本当は、鍛錬ができれば良かったのだけれど、今日の夜、実家に戻るんだ」
「大丈夫ですよ。ご家族にもよろしくお伝えください」
「ごめん。代わりに、連休中にできる筋トレメニュー表を作ったんだ。もし良かったら」
ダンさんはどこか申し訳なさそうに、首をぽりぽり掻いた後、昨日よりも気合が入ったメニュー表を渡してくれた。
「ダンさん。本当にありがとうございます。このご恩は忘れません。連休中も追い込んで見せます。それに、いいアイデアが浮かびました。今日の放課後、双子とどういう作戦で王位戦に勝ち進めていくのか、打ち合わせをしようかなと思っています」
「それはいいアイデアだね。期待しているよ。じゃあ、お疲れさん!」
「はい!」
こうして、俺はダンさんと別れて、放課後に双子と王位戦の打ち合わせをしようと計画を立てていた。
だが、昼休みを終えて窓の外を見上げると、鱗雲が渦巻くように広がっていた。
それは、嵐の前の静けさのような、どこか不吉な予感を孕んでいた。




