【王位戦エントリー編】結婚って、しないといけないものなのかな?
「アンズ、違うんだ。これは、将来の少子高齢化の研究で!」
慌てて言い訳をした直後、俺は自分の失言を即座に後悔した。
(しまった……少子高齢化は、前の世界の概念だ。俺としたことが、うっかり口が滑った!)
だが、幸いにもアンズは「アダムって、本当に勉強熱心なんだね!」とどこか引きつった笑顔で俺の顔を覗き込み、すぐさま栞を指差した。
「それよりさ! そのウサギの栞、かわいいね。サラが喜びそう!」
「今日、サラに渡そうと思っていたんだ」
「最高のアイデアだね! じゃあ、教室に行こ?」
「あぁ……」
アンズが空元気に振る舞っているのが気になったものの、そのまま一緒に移動し、午前中の授業を受け終えた。
昼休み。
俺は左隣のサラに声を掛け、一緒に食事をすることにした。
栞を渡すなら、早い方がいいと思ったからだ。
右隣のケイも「アタシも一緒にしようかしら?」と身を乗り出したが、アンズが「ケイちゃん、学食に行こうよー!」と強引に誘って、そそくさと連れ去ってしまった。
俺の昼食はサラダチキンにゆで卵、そしてバナナ。
例の筋肉至上主義者――ダンさんに叩き込まれた、徹底した高タンパクメニューだ。
「すごい。ダン先輩と同じ筋トレご飯だね」
サラはそう言って、ウサギのイラストが描かれた弁当箱を開けた。
「いや、サラのメニューも俺と大差ない気がする……」
「あっ! 言われてみれば、えへへ……」
サラは楽しそうに笑いながら、玉子入りの照り焼きチキンサンドイッチをもぐもぐと食べ進めた。
(本当に、ウサギみたいに食べるな。よし、食べ終わったら栞の話をしよう)
二人で他愛のない会話をしながら、食事を終えた。
そこで、俺は本を取り出し、挟んでいた栞をサラの前に差し出した。
「実はこれ、サラが好きそうだと思って持ってきたんだ」
「えっ! ウサギさんの栞? かわいいね!」
サラは目を輝かせ、吸い込まれるように栞を見つめた。
だが、何か気掛かりがあったようで、首を傾げる。
「アダムさん。この栞、珍しいね。初めて見るデザインかも」
「そうか?」
「うん。だって、この黒いウサギさん、耳とお腹に白いダイヤの模様が描かれてるよ?」
彼女の言う通りだ。そのウサギは、単なるイラストというより、どこか魂が込められているような実在感があった。特に耳とお腹のダイヤマークは、刻印のように白く浮かび上がっていた。
「本当だ。凝ってるなぁ……」
「目を閉じて寝ているみたいで、かわいい。この栞、どこで見つけたの?」
「園芸部の部室で見つけたんだ。シアンさんに教わった場所で」
「えっ……シアンさん……?」
サラがぴたりと止まった。
いや、彼女の全身から生気が抜けて、彫像のように凍りついた、といったほうが正しい。
(サラはシアンさんと面識はなかったはずだ。いや、それにしても、この反応は異常だぞ?)
「あぁ。俺と同じ研究取扱者で、この学校の卒業生なんだ」
「そっか……」
サラは栞から視線を離せないまま、消え入るような声を出した。その瞳は微かに潤み、細かく震えていた。
「どうした? 気に入らなかったか?」
「だ、大丈夫だよ! 見せてくれてありがとう」
サラは弱々しい笑みを浮かべる。
そのまま、震える指先で栞を俺に押し戻すと、逃げるように視線を逸らし、机の上に置かれた本を指差した。
「それより、その本の内容、ぼくも気になっているんだ……」
予想外だった。
サラは栞よりも、俺が読んでいた本――『不老不死と結婚観について』に関心を示していた。
その上、彼女は俺に意表を突く問いを投げかけた。
「ねぇ、アダムさん。結婚って、しないといけないものなのかな?」
「あぁー、まだそこまで読み進めてなくて……」
なんと答えれば良いのか、返答に詰まってしまった。
前世の俺は、結婚という選択肢に触れることなく、命を落としてしまった。
だからこそ、サラの問いの真意がどこにあるのか、必死に思考を巡らせる。
サラは貴族のお嬢様だ。政略結婚の話がいつ出てもおかしくない立場だろう。今の彼女は男装して「男子生徒」として過ごしているが、それは本来の運命から目を逸らしていられる、わずかな猶予なのかもしれない。
(そういえば、どうして彼女はあんなウェディングドレス姿の写真を撮ったんだ?)
婚約者はいないけれど、いずれは誰かと結婚しなければならない運命が、彼女を縛っているのだろうか。
「どうしたの、アダムさん?」
目の前で手を振られ、我に返った。
「あ、ごめん。なかなか良い答えが出なくて」
「ぼくもごめん、変なことを聞いちゃって。あのさ、アダムさんが読み終わったら、ぼくもその本を読んでみたいかも」
「もちろん構わないけど、終わってからでいいのか?」
「うん。ちゃんと、自分で考えてみる」
「わかった。あの……」
この後、「もしよければ、先に【第5章|結婚しないという選択】の部分を読んでみないか?」と言いたかったが、昼休み終了のチャイムが鳴ってしまった。
放課後。
もう一度サラと話そうとしたが、俺たちの前に双子が現れた。
「お疲れ様ー!」
「アダム、サラちゃん! 剣術部の筋トレ鍛錬、一緒に行く?」
「あぁ、行くよ。サラは?」
隣に座っていたサラを促したが、彼女の顔色は昼間よりさらに悪くなっていた。
「ごめんね……今日は休もうかな。ちょっと気分が優れなくて……」
双子もその異変に気づいたようだ。
「サラちゃん、無理しないでね」
「お大事に! 部長には俺たちが伝えておくよ!」
「ありがとう。じゃあ、みんな、頑張って」
サラは逃げるように教室を去っていった。
残された俺は、双子と共に部室へ向かう。
手にした本には、あの「眠るウサギ」の栞が挟まったままだった。
(この栞に、何か意味があるのか……?)
【※ご挨拶】
あけましておめでとうございます。
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次回は【アンズちゃん視点】のエピソードを予定しています。
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