【王位戦エントリー編】アダムなら、問題ない!
「ふわぁ……」
放課後。俺は思いっきり大きなあくびをした。
昨日の鍛錬のせいで体がキツく、一日中だるくて仕方なかった。
本当は移動するのも億劫だけど、オウレン先生がいる保健室に向かっていた。
(愛しの沢瀉、届いてるかなぁ〜)
期待を抱きながら、保健室に入ったのだが――。
「どうして、バク閣下からの差し入れを受け取った? 何かオーガー家と接点でも?」
「生徒さんに渡してくださいとお願いがあったからです」
「そうか。正直、私は気に食わない。君が他の男からプレゼントを受け取るのは」
「何を言ってるの? 今回は生徒に関する業務なので、受け取った。それだけです!」
キハダ理事長とオウレン先生が口喧嘩をしていた。
ちなみに、この二人が喧嘩しているところは、初めて見た。
(あれ、ちょっと待てよ……)
会話の内容を聞く限り、喧嘩の元凶が俺な気もしてきた。
生憎、二人は喧嘩真っ最中で、俺の存在に気づいていない。
「いや、私はオウレンが心配だからだよ」
「それは嬉しいけれど、今は学校よ。呼び捨てで言わないで……」
「はぁ。私は君のことを大切にしたいと思ってるんだよ。先生としてもね。まぁ、いい。薬膳料理に必要な果実を買ってくるから、じゃあ……!」
キハダ理事長がいきなり保健室の扉へ駆け出し、ちょうど入り口に立っていた俺と勢いよく衝突した。
通常なら避けられたのだろうけれど、筋肉痛ということもあり、避けきれなかった。
「イタタ……」
「すまん! って、あれ。アダム! どうしてここに?!」
「えっと、オウレン先生から差し入れを受け取りに」
「もしかして、バク閣下の贈り物って……」
キハダ理事長は目を見開いた後、なぜか保健室の扉にガチャリと鍵をかけると、再びオウレン先生のところへ早足で戻って行った。
「オウレン! すまなかった! 許してくれ! アダムなら、問題ない!」
間髪入れずに、キハダ理事長はオウレン先生を正面から抱きしめた。
(うぉ〜。情熱的……)
俺が横目で二人の様子を窺っていると、オウレン先生が俺の視線に勘づいてしまった。
「キハダさん、離してっ……! あなたの行動、アダムくん以外に見られたら、誤解されます! 気持ちを顔に出さない分、行動に出し過ぎよ……」
オウレン先生は照れ隠しをするように、顔を両手で覆っている。
(なんか二人が仲直りしてる中、お邪魔しちゃった感じがする……)
あまり長居するのも野暮だと思い、早々にお目当ての生薬を受け取ることにした。
「オウレン先生、お取り込み中申し訳ないのですが、オーガー家からの配達物を受け取ってもいいですか?」
「も、もちろん!」
オウレン先生は慌ててキハダ理事長から離れると、差し入れの箱を直接俺に渡してくれた。
「む……。アダム。それ、何が入っている?」
キハダ理事長は水を差されて不満そうだが、中身を知りたがっている様子だ。
(せっかくだし、ここで開けて確認してもいいな)
「えっと、生薬ですよ。これがあれば、漢方薬が完成するんでね。おぉっ……こんなにたくさん!」
説明しながら開けると、そこに入っていたのは、見た目がジャガイモのようにゴツゴツした塊――沢瀉だった。
(よっしゃあ! ダンさん一家のおかげで、揃った。あとは調合するだけ……)
用事を済ませたことだし、今日中に薬を完成させたい。
「では、お目当てのものも手に入りましたし! お先に失礼いたしやす〜!」
挨拶を終え、すぐに実験部の部室へ向かおうとしたのだが、「待ってくれ!」とキハダ理事長に引き止められた。
「んー? なんですか、キハダ理事長」
「アダム。君なら、持ってるかもしれないと思って」
「はて、何のことでしょう?」
「ナツメという果実が欲しいんだ。オウレンの好物でな」
「あぁ……」
本当なら、俺の家にあるナツメの木から採れるのだが、今は寮生活で帰れない。
しかし、ナツメは果実であると同時に、生薬でもある。
俺の中で、確信めいた答えが出た。
「キハダ理事長、在庫があるか探してきます」
「おっ、いいのか?」
「はい、ちょっと確認してきますので、お二人で仲良く待っていてください!」
お姉さんたちを揶揄ってから、俺は廊下を歩き、階段を下りて、ある場所にたどり着いた。
学ランの胸ポケットに入れておいた鍵を取り出し、扉を開ける。
「さて、あるかな。お目当ての生薬が」
俺がやって来たのは、先日シアンさんが教えてくれた場所――園芸部の薬草棚がある部室だ。
(うーん。どこにあるか、ひとつずつ探すのは大変だな)
だが、目で追っていくしかないのかと諦めかけたタイミングで……ふと机の上が目に入った。
「なんだこれ?」
そこに置いてあったのは、木製のバインダーと一冊の本。
まず、バインダーに挟まっている用紙を見ると、どの薬草棚に何の生薬が入っているのか、手書きの表でまとめられていた。
その用紙を見て、俺は思わずガッツポーズをした。
(誰の筆跡かわからないけれど、几帳面な人物がまとめてくれたのだろう。ありがとう)
早速、表を頼りに、キハダ理事長が求めていたナツメを探す。
「よし、棚の場所がわかった。後は――」
バインダーを片手に該当する棚を探し当て、引き出しを開けた。
「ラッキー。やっぱり入ってた、いただきます」
この前の沢瀉と違い、今回のナツメはしっかりと在庫があった。
ナツメを確保して、すぐに保健室へ戻ろうと思っていたのだが。
机の上に置かれていた一冊の本。そのタイトルに目が釘付けになった。
そのタイトルは『不老不死と結婚観について』。
もちろん、研究者の俺が見逃せるような内容ではない。
キハダ理事長とオウレン先生が待っているから、早く戻らないと。
そう頭では分かっていても、俺の手はすでにページを捲り始めていた。
【※用語補足】
・沢瀉:湿地に生える薬用植物の塊茎(地下茎)を乾燥させた生薬。利水作用などがあり、漢方薬に用いられる。
・棗:果実として食用にされる一方、漢方では滋養・補血目的で用いられる生薬。甘味があり、薬膳料理にも使われる。




