【王位戦エントリー編】困った時はお互い様さ
サラが借りていた図鑑に、必要な生薬に関する植物情報がしっかり載っていた。
やはり、イブの言う通りだ。
気になっていたその植物は、この国では北部にしか分布していないらしい。
「アダムさん、ラッキーかも! 写真があるよ」
サラが写真のページを俺とダンさんに見せてくれた。
「本当だ。この写真を撮った場所がどこなのか、書いてあるといいんだけどなぁ〜」
思わず、願望が口をついて出た。
しかし、その思いとは裏腹に、撮影場所の記載はない。
「あっ。残念ながら、場所は書いてないみたい。ダン先輩、この写真ってどこか――」
「あー! あそこに違いないッ!」
サラが残念がっている最中、ダンさんが大声を上げた。
そして、その勢いのまま、スマートフォンを取り出し、誰かと連絡を取り始めた。
「もしもし、お元気ですか。急で申し訳ないのですが、確認したいことがありまして……。はい。散歩道の浅い沼地に植物が生えていないか、確認してほしくて。実は、必要な生薬がありまして」
相手が誰なのかわからないが、ダンさんの表情は真剣そのものだった。だが、相手先から何か知らせがあったようで、面食らった顔になった。
「えっ、沼を見るまでもない? 本当に?! 手元にあるのですか?」
ダンさんの声が弾む。
(これはもしかして……!)
「明日に届くのですね。母上、ありがとうございます。くれぐれも健康第一で!」
どうやら、ダンさんはお母様――バク閣下の奥様と電話をしていたようだ。
電話を終えると、ダンさんは俺とサラの方を向き、白い歯を見せてニッコリと笑った。
「アダムくん、朗報だ。実は、母上が漢方薬を服用していてね。なんと、その薬には君が求めている生薬――沢瀉が含まれているそうだ。調合される前の、乾燥した状態で在庫があるから、譲ってもらえることになったよ」
「えっ、生薬そのものが?!」
「あぁ。明日にはザダ校に届く。宛先は、保健医のオウレン先生の名前をお借りしたよ」
「わかりました」
予想外だ。薬用植物を探しに行く手間が省けるどころか、沢瀉そのものが手に入るなんて。
(よっしゃあ。これなら、すぐ薬にできる!)
「やったね! アダムさん!」
サラもダンさんと同じように、嬉しそうに、目を細めて笑っていた。
けれど、安堵した途端、急に眠気が襲ってきたようで、サラは欠伸を噛み殺していた。
「サラ、眠たいのだろう。もう遅い、ゆっくり休みなさい」
気づいたダンさんが、すぐさま、声を掛けた。
「ダン先輩、いいんですか?」
「もちろん、カレーありがとう」
「どういたしまして。じゃあ……お言葉に甘えて。今日は本当にありがとうございました! お母様にもよろしくお伝えください。それでは、さようなら! アダムさんもお疲れ様〜!」
サラは笑顔で手を振り、調理室を後にした。
(俺も久しぶりの運動だったし、そろそろ帰ろうかな)
俺は飲んだお茶のコップを洗い、帰り支度を整えていたところ、調理室に残っていたダンさんが、独り言のように話し始めた。
「実はね、アダムくん。わたしは……サラに打診したんだよ。王位戦に参加してはどうだろうか、と」
「そうだったんですか?」
「あぁ。双子も強いが、彼らは剣術検定2級止まりだ。サラやわたしに勝ったことが一度もない」
「えっ……」
絶句してしまった。
ダンさんほどではないにせよ、双子も筋肉質な体型をしている。俺自身、彼らは相当強いと思い込んでいた。
「サラは1級取得者の上に、成績も首席だと双子から聞いた。かなり戦力になると思ったけれど、彼――いや、本人は自信がないの一点張りでな。わたしも無理強いはさせたくないし、サラの意思を尊重したいと思ったんだ」
ダンさんは優しい先輩だ。
それにしても、今、サラのことを『彼』と言っていた。
(ニコと違って、ダンさんは知らないんだ……。サラの本当の性別を)
まぁ、そのことには一切触れず、俺もサラに直談判していたことを伝えた。
「実は……俺もサラに出てみないかと声は掛けてみたんです。でも、同じように断られてしまいました」
「そうだったのか。いやぁ、無事にメンバーが揃って、本当に良かった。わたしは決勝でアダムくんたちと対戦することになるが、準決勝まではサラと一緒にサポートするよ。頑張ってくれ」
良かった。ダンさんが味方でいてくれて。
そう思いたかったけれど、決勝で対戦する相手なのか……。
ダンさんは身長が2メートルを超えているし、体力も異常なくらいある――要するに、規格外の強さだ。
戦う前から諦めたくなる気持ちもあるが、俺は俺のやり方で挑むしかない。
当たり障りのない返事で締めることにした。
「本当に助かりました。すみません、部外者の俺が勝手に剣術部の活動に参加してしまって」
「いいんだよ。困った時はお互い様さ。明日は筋疲労が出るだろうし、オウレン先生のところで生薬を回収しておいで。明後日、またトレーニングをしよう!」
明日以降のことまで考えてくれていたなんて――人格者すぎる。
そもそも、ダンさんだけでなく、バク閣下とお母様も素晴らしいお人柄だ。
(あっ。そういえば、ダンさんのお母様って、なんの薬を飲んでいるのだろう。気になるな)
「さっき、沢瀉があると言っていましたが、ダンさんのお母様は何の薬を服用しているんですか? 差し支えなければ……」
「いいよ。母上は婦人薬を飲んでいるんだ、妊婦さんだからな」
「そうだったんですね……って、本当に?!」
驚きを隠せず、さっきのダンさんのように俺も大声を出してしまった。
「あぁ! わたしは楽しみにしているんだ。ずっと一人っ子だったけれど、ついに妹ができる!」
「いやぁ……それはおめでたいですね! 俺も嬉しいです」
「ありがとう!」
「ダンさんはお兄さん気質なところがありますし、妹さんも、優しいお兄さんに会えるのを楽しみにしていますよ」
俺だけでなく、ダンさんたちにも明るい未来が待っている。
「明日以降も王位戦に向けて頑張ろう」と言葉を交わし、俺はダンさんと別れた。




