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<番外編>女神に願いを〜ひとりぼっちの研究者〜 ※イブ視点

【※注意!】主人公アダムではなく、イブ視点回です。

【※参考に】イブの初登場回は第126話『【贈り物編】競馬場で出会った謎のお嬢さん〜転生者の前に現れた“3”の瞳〜』です。127話『研究者たちが見た白毛馬の走り』の後、イブに起きた出来事を書いております。

 夜。今は、私一人。

 窓を閉め、カバンから競馬新聞を取り出して、ファイルに挟んだ。

 

 残念ながら、今日、私が推していた(メス)馬は3着だった。


(2歳馬だし、まだまだ、これから)

 

 兄上の所有馬が2着、そして競馬場で出会った黒髪のお兄様が応援していたルミナショウマは1着。

 悔しいはずなのに、お兄様と話していた時間は、とっても楽しかった。

 実際に、前の世界で、仲の良かった“彼女”のことを思い出した。

 

(なんだか、過去に戻りたい……)


 気分転換にノートパソコンの電源を入れ、あるサイトを開いた。

 転生前の世界で起きた出来事を、1つずつクリックして振り返っていく。


 さて――異世界に転生したのに、どうして、前の世界の情報が見られるのか?


 それは、私が女神様と契約したからだ。


「異世界転生してもいいけど、ネット環境だけは整えておいて。前の世界の情勢を追えるようにしたいから」


 私のワガママな願いにも関わらず、女神様は透き通った青い瞳をキラキラさせて、こう言ってくれた。


「もちろんよ、任せて」


 そのおかげで、今でも、前の世界の情報を覗くことができる。


 暗い部屋の中で、ブルーライトだけが、私の頬を照らす。


(ミノル)。あなたが亡くなってから、いろんな出来事があったんだよ)


 (ミノル)は、私と同じ研究者で、同僚だった。

 男ばかりの環境で、同じ女性として支え合った仲。

 (ミノル)自身、頭が切れるから、教授になれるほどの実力を持っていたのに……過労で命を落とした。


 最後にクッキーを渡した、あの日。

 (ミノル)のことを、もっと、ちゃんと見ておくべきだった。「無理しちゃダメだよ」と声をかけていれば……。


 でも、私は知っている。

 どんなに悔やんでも、もう命は戻らない。


 下を向きそうになるけれど、画面に映る懐かしい言葉を見つける度に、私はそっと声に出す。


「生成AIの進化が早くてさ。文章からイラストが描けるようになったり、動画まで作れるようになったんだよね〜。作った動画、(ミノル)に見せたかった」

「この年のノーベル賞、すごかったんだよ。制御性T細胞の発見で、新たな治療法の道を開いた。MOFも環境問題に応用できたの。あぁ、探求したくなってきたわ」


 (ミノル)の金言を思い出す。


『研究は、予測できないことに挑戦しないといけないから、辛いことも多い。だけど、探求した先には、楽しい未来が待っている。その喜びを知りたい』


 (ミノル)らしい、素敵な言葉。

 

 偶然にも、この世界でも私は実験や研究に携わり、前と同じ活動を続けている。

 あの兄上に「一人で、やっといて」と言われたからだ。

 

 皮肉なことに、その言葉のおかげで、自由を与えられた。

 その活動時間は、兄上と顔を合わさずに済む。だからこそ、素直に嬉しいと思ってしまった。

 

 なのに、兄上の指示に従うだけの毎日は、息が詰まる。兄上の研究内容も、気に食わない。


(私利私欲という名の腫瘍、といったところかしら)


「はぁ……。誰か、この異世界に、ノーベル賞みたいな素晴らしい賞を作ってくれないかしら?」


 我ながら、おかしな発言。


「うふふ……」


 笑いをこらえて、扉の向こうに誰もいないか、念のため確認する。

 独り言を言っている上に、笑い声まで出してしまえば、門番に心配されて、声を掛けられてしまうだろう。


(あっ。これ以上起きていたら、「そろそろ睡眠時間ですよ」って注意されるかも)


 寝る前に、窓際の花瓶に挿した黄色い花――セントジョーンズワートを見つめる。

 私の心を明るくしてくれる、大切な存在。


「あなたは、すごい子だから……他のお薬の作用を強めたり、弱めたりしてしまうのよね。そういうロジカルな一面も含めて、大好き……。こういう話も、(ミノル)としたかった」


 白髪で白衣姿の彼女が、はっきりと記憶に浮かび上がる。

 目の前の美しい花が、涙で歪んでいく。


「ダメ、暗い気持ちになったら。女神様、ありがとね」


 涙をティッシュで拭い、横になろうとしたけれど、パソコンのブルーライトが光ったままだった。

 電源を落としていなかった。


「私ったら、うっかりしてたわ。まぁ、あとは寝るだけだし……」


 エンターキーを押して、画面を開く。

 先ほどの検索サイトはすでに消えていた。

 

 その代わり、なぜか、この世界のサイトで、ある市の観光情報が映っていた。


「何これ……キノコ取り名人のキノコツアー? 面白そう。行ってみたいわ。私でも参加できるのかしら?」


 調べていくうちに、『どの種族でも参加できる』と書かれてあった。


「へぇ。平等なのは、とても良いこと。誰のおかげで……あら……」


 驚いたことに、最年少で研究取扱者になった人間の第10王子――アダム・クローナルが、『毒キノコと食用キノコの違い』を研究していた。そのおかげで、人間でも安心して、ツアーを楽しめるようになり、市税も潤ったと記載されていた。


 残念ながら、その第10王子の顔写真は検索しても、全く出てこなかった。


 私と同じ王族で、研究者。

 なんだか、特別な縁を感じた。


「決めたわ、私の夢!」


 まずは、研究取扱者の資格を取る。

 次に、この家を出て、キノコツアーに参加する。

 そして、研究者として、立派な賞を取る。


 1つずつ咀嚼するように、目標を口にしてから、パソコンの電源を落とした。

 灯りが完全に消えたのを確認して、ベッドに横たわる。


(最後にひとつだけ。追加したい夢があるわ。お兄様と第10王子に会って、研究の話をする……)

セントジョーンズワートの花言葉は、秘密・迷信。

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