【贈り物編】女神様がくれた、奇跡の贈り物
庭では、提灯の灯りが揺れ、夏の夜風が優しく吹き抜けていた。
酔い潰れた大人たちを横目に、俺とサラは倉庫に入り、話をしながら、手持ち花火を探す。
「サラは、ルミナショウマを見たことある?」
「あるよ! 白馬で、とってもかわいいよね」
「うん。今日は、そのルミナショウマの優勝祝いだったらしい……」
「あらら。二人とも寝ちゃったね……」
ニボルさんが祈っていた姿が脳裏によぎる。あの時、ファイルに挟まれていたウェディングドレス姿のサラの写真も。
そう言えば、サラは10歳の頃、俺に婚約者がいるか、尋ねてきたことがあった。
(もしかして、あの写真を撮っていたということは、婚約者がいるのだろうか?)
「サラって、婚約者がいるのか?」
「えっ! いないけど……どうしたの?」
「うーん、なんとなく。あっ、見つけた」
深くは聞かないことにして、俺は花火袋を開け、二本の手持ち花火を取り出した。
再び、夜の庭へ。
ライターで、サラの手持ち花火にも火を灯すと、パチパチと紫色の光が弾けた。
今年の夏休み、二度目の花火だ。この夏休みで、俺は両親と仲直りできた。
前回はアンズ、今夜はサラと一緒に見ている。
こんな幸せなことがあっていいのだろうか。不思議と胸が熱くなる。
「うわぁ……綺麗……!」
「そうだな」
「紫色だね。これって何か理由があるの?」
「いい質問だ。これは“炎色反応”っていうんだ」
「あっ、思い出した! アンズちゃんが歌ってた曲だ!」
「うん」
「またひとつ、勉強になった!」
無邪気に笑うサラ。
剣術検定に合格した頃は、少年にしか見えなかった。けれど、今は違う。
夏休みを経て、女性らしくなった。絵本の世界から抜け出したお姫様のように。
サラは紫の花火に見惚れ、俺はその横顔から目が離せなかった。
やがて火花が消え、夜の静けさが戻る。
「すごかった。ぼく……手持ちの花火を持つの、初めてだったから……ちょっとドキドキした」
サラはうさぎの絵が描かれたハンカチで、額の汗を拭った。
(りんご飴に、たこせん。そりゃあ、喉も渇くよな)
こういう時、祭りといえば――“王道の飲み物”がある。
「サラ、ジュース飲みたくないか?」
「えっ、なんで……わかったの?」
「汗かいてるから。それに、俺は君のことをよく知ってる。女神様――二人分のラムネジュースを!」
目の前に現れたのは、懐かしいガラス瓶。瓶の中で、ビー玉がころんと転がる。
妹と夏祭りへ行ったあの日を思い出す。あの子がまだ、病気になる前だった。
(ありがとう、女神様)
心の中で呟く。
一方、隣のサラは――。
「女神様、ありがとうございます!」
満面の笑みで、夜空に向かって、感謝を告げる。
その声が、夏の風に溶けていく。
「あっ、アダムさんも、ありがとう!」
笑顔でゴクゴクとラムネを飲む。
その姿が、大好きだった妹と重なり、俺は、ある事実を告げた。
「サラ……。実は驚いたことがあって。俺が、異世界転生する前に契約した女神様は――亡き王妃様だったんだ。彼女と約束したんだよ。叶えられなかった夢を、代わりに叶えるって」
その一言に、サラの青い瞳が大きく見開かれた。
瞬きの間に、透明な涙が頬を伝って落ちていく。
「……どうして泣くんだ?」
問いかけると、サラは必死に袖で涙を拭う。
「良かった……。生きてたんだね、別の世界で……。そうだったんだね……」
しばらくして、サラは泣き止み、いつもの笑顔を取り戻した。
「ごめん、泣いちゃって。でも、嬉しかったんだ。その……女神様が与えてくれた、奇跡みたいな巡り合わせに感謝したくて。アダムさんに出会ってから、みんな、人生を楽しんでるよ。おじさんは、アダムさんが“研究取扱者”の資格を取った姿に感動して、漫画家になったし」
「俺がきっかけだったのか?」
「うん。それにオーちゃんは、キーちゃんという素敵な恋人に出会えた。その出会いも、アダムさんが導いてくれたって、オーちゃんが言ってたよ?」
「あぁ……。まぁ、俺もみんなのおかげで、楽しいよ……」
サラの真っ直ぐな言葉に、俺もつい、らしくない言葉を返してしまう。
だけど、その理由は分かっている。
サラがいつも、本心を隠さず話してくれるからだ。
その上、サラの次の言葉は、俺の心を震わせた。
「アダムさんと出会えたことが、最高の贈り物だよ。ありがとう――ぼくたちと出会ってくれて」
その表情は本当に美しかった。
少女らしい優しさの奥に、貴族令嬢らしい気品と、どこか人間離れした神聖さも感じさせられた。
(あっ。今のサラは、若い頃の王妃様によく似てる)
ふと、ニボルさんが話してくれた“あの身の上話”が頭をよぎる。
(そういえば、サラのお母さんは事故で亡くなったって言ってた……いや、まさか!)
けれど、サラは王族ではなく、貴族の娘。第一王女である筈がない。
(落ち着け、俺。考えすぎだよな?)
胸の奥にひっかかる違和感を覚えながらも、サラの笑顔を前にして、それ以上は踏み込めなかった。
「俺のほうこそ。みんなのおかげで、家族が仲直りできた」
「うん、本当に良かった……。今日も楽しかったよ! またさ、ぼくとアダムさんが大人になったら、みんなでお酒をのんでみたいね」
「いいな、それ」
「その頃には、アダムさんは研究所を設立して、好きな人と結婚してるかも! 結婚式を挙げるときは、ぼくを呼んでね?」
「サラも……」
「……う、うん」
俺たちは知らなかった。
レジャーシートで眠っていたはずのニボルさんとオウレン先生が、いつの間にか、ラムネの泡のように、涙を流していたのを――。
(最高の夏休みだった。また来年も、この場所で、みんなで笑い合いたい)
そう願った“あの日の俺たち”が、どれほど幸せだったことか。
あの夏、サラの笑顔は“奇跡”という言葉の本当の意味を、俺に教えてくれたのかもしれない。
【贈り物編】は、本話をもって完結です。
ここまでご愛読いただき、ありがとうございました。
次回、番外編では――イブの物語へ。
女神と交わした“約束”が、未来の世界を揺るがす。
お楽しみに。