【贈り物編】夏祭り、未知の反応
幾何学模様の藍浴衣に袖を通し、ニボルさん家の庭に行く。
(おぉ……ニボルさん、本当に凝り性だな)
『たこ焼き&たこせん』と大きく書かれた屋台が設置されている。
そのそばには、夕暮れの提灯の灯りに照らされたお嬢さん――サラが立っていた。
白い小花の髪飾りに、青い花柄の浴衣。普段の男装姿からは想像もつかないほど、とても可憐だった。
「ア、アダムさん……似合ってるかな?」
頬を赤らめて微笑むサラ。不覚にも、その笑顔に胸が高鳴る。
(なんだ、この胸キュン感覚は? 研究や実験では説明できない。男装している時とは別人……)
浴衣姿のサラは、無邪気でありながらも、上品だ。
あまりの美しさに、視線を逸らすことができない。
「アダムさん、どうしたの?」
サラが心配そうな顔をして、俺の表情を確認しようとしたところで――。
「アダムくん、お待たせッ!」
「アダムくん、お疲れ様〜」
ニボルさんとオウレン先生がやって来た。
たこ焼き器を手に持ったニボルさんは、白いコックコートに黒のパンツ。頭には、なぜかハチマキまで巻いていて――チグハグなのに、不思議と似合っている。板に付いた屋台の大将のようだ。
隣のオウレン先生は、りんご飴を両手に持ち、ロング丈のワンピース姿。いつものヘアピンではなく、サラとお揃いの白い小花の髪飾りを付けている。
(やっぱり、この一家はどこかズレている……でも、面白い)
フッと笑った俺を見て、ニボルさんは「アダムくん、早く食べたいんだね〜!」と勘違いし、そそくさとたこ焼き器の電源を入れて調理を始めた。
その間に、俺はオウレン先生とサラの三人で、りんご飴を味わうことにした。赤く輝いていて、食欲をそそられる。一口かじると、カリッとした甘い衣とりんご本来の酸味が口いっぱいに広がり、絶妙なハーモニーを奏でる。
「おいしいな。サラ、これ……ニボルさんが作ったのか?」
「おいしいよね! オーちゃんが作ったんだよ!」
意外だ。ニボルさんやサラはよく料理をするが、オウレン先生も……?
「オウレン先生の料理、初めて食べました。おいしいです」
顔を向けると、オウレン先生はバツが悪そうな顔をして、視線を逸らした。
(あれ……。俺、何か失礼なこと言った?)
しばらく沈黙が続いたが、先生の方から口を開いた。
「アダムくん。そのりんご飴は教わりながら、一緒に作ってみたの……」
「へぇ……」
そうだ。競馬観戦に行く前、ニボルさんが「二人は別件でお出かけ」と言っていた。
(オウレン先生とサラ、料理教室に行ってたのか?)
ここはあえて、サラに聞いてみよう。
「サラ。俺とニボルさんが競馬場に行ってる間、どこに行ってたんだ?」
「キーちゃん家だよ!」
予想外な答えに、思わず固まる。
「……キーちゃんって、誰だ?」
「あぁっ!」
言ってはいけないことを口にしてしまったのか、サラは慌ててりんご飴で口を隠し、視線を宙に泳がせた。
「えっと! あのね……」
オロオロしているサラを見て、オウレン先生が「キハダさんのことよ」と助け舟を出す。
(おいおい。キハダ理事長のことを、恋人のオウレン先生が“キハダさん”と呼ぶのは分かるけど、サラが“キーちゃん”と呼んでいる?!)
「二人とも、俺が知らない間に、キハダ理事長と良い関係を築いてたんですね……」
あのクセが強いキハダ理事長と仲良くなれるとは。驚きのあまり、気の利いた言葉が思いつかなかった。
(何だか、俺だけ取り残されてるみたいだ。まぁ、二人が楽しそうにしてるなら、それでいいか……)
疎外感を覚えつつも、りんご飴を食べ終える頃には、たこ焼きが出来上がっていた。
「できたよー! アツアツだから気をつけてね〜」と、ニボルさんがたこ焼きをイカ煎餅で挟み、紙に包んで渡してくれた。
「いただきます」
火傷に気をつけながら、中のたこ焼きを少し押しつぶし、ソースが染みた煎餅ごと慎重に口に運んだ。
「うわっ……懐かしい味だ。イカ煎餅のパリッとした食感に、トロトロのたこ焼き……最高ですね」
「本当だー! おいしいね!」と、サラは顔をほころばせる。オウレン先生もサラの笑顔に癒されつつ、「お酒が欲しくなるわね」と、ぽつりと呟く。
すると、すかさずニボルさんが「日本酒が合うよ!」と嬉しそうに瓶を取り出した。
盃に酒を注ぎ、ニボルさんとオウレン先生が乾杯する。
「せっかくの日本酒だし、何か面白い話ないかなー?」とニボルさんが俺の方を見てくる。
目が合った瞬間、俺は研究者モードになり、うんちくを語り始めた――。
「じゃあ、話しますよ。日本酒って、発酵の仕組みが独特なんです。並行複発酵といって、でんぷんを糖に変える工程とアルコール発酵が同時に進みます。世界的に見ても珍しい製法で……」
「難しいことはよくわからないけど、つまり美味しいってことだよね?」とサラが笑う。
「うん、美味しいから問題なし!」とニボルさんは豪快に笑って、一気に酒を呑む。オウレン先生も静かに杯を重ねる。
(みんな、俺の話を聞いてないな……)
「あの、聞き流してもいいですが……ニボルさん。飲み過ぎて、また吐かないでくださいね?」
「わかってるよ〜……むにゃ……」
「あーあ、もう出来上がってるよ」
転がった瓶は、すでに空っぽ。二人で飲み干してしまったようだ。
「レンゲ……君にも飲ませてあげたかったよ〜!」
「ニボルさん……大丈夫ですか?」
酔った勢いで泣き出すニボルさん。その横で、顔を真っ赤にしたオウレン先生が、俺をニボルさんと勘違いして、耳元で囁く。
「ねぇ、兄さん……。私、キハダさんと結婚前提でお付き合いしてるの。女同士でも、幸せになりたい……」
(嘘だろ?! オウレン先生まで!)
二人は「オウレン、明日も祭りしよう!」「えぇ!」と笑い合ったかと思うと、そのままレジャーシートに倒れ込んで、眠ってしまった。
(いつもはしっかりしているのに、酔うと別人――化学反応のようだ)
呆然と立ち尽くす俺の隣で、サラもまた、目を丸くして固まっていた。