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【贈り物編】不器用な俺(僕)らの、二度目の人生 ※アダム→ニボルさん視点

【※注意】アダム視点からのニボルさん視点回です。

「あはは……なんて奇跡。アダムくんはレンゲと契約して、この世界に来たんだね」


 ニボルさんは空笑いしつつ、一粒の涙を瞳に湛えて、ぴくりと肩を震わせた。


「俺も驚きました。まさか、ここまで運命に導かれるなんて」

「本当だね……ごめん。僕は動揺してばかりだね。でも、嬉しいな。レンゲが別の世界で生きていること、そしてアダムくんに出会えたこと。だから、僕は決めたよ。レンゲに感謝して、長生きするって。それに、僕が漫画を描き続ける限り、彼女は“永遠に生き続ける”」

「素敵な考えです。研究も同じです。証拠や成果は、未来へ受け継がれていく……」


(奇遇だな、同じ考えだ。俺もこの世界では長生きしたい)


 人生は一度きり。けれど、俺とニボルさんは二度目の人生を与えられた。

 前世では得られなかった出会いや奇跡を、今こうして味わっている――女神様がくれた最高の贈り物だ。


 この多幸感は……見ることも、知ることもできなかった“禁断の果実”に初めて触れるような感覚。

 だが、その甘美な快楽に溺れてはいけない。

 

 未来を変えるのは、俺たちだ。これまで背負ってきた悲しみを、誰にも味わわせたくない。


「そういえば、僕の前世の死因だけど……産油国で旅していた時、人助けしてね。そこで命を落としたんだ」

「そうだったんですか。なんだか王妃様に似てますね。人を助けずにはいられない、そのお人よしな性格」

「えへへ。そうかもしれないね。あのさ……アダムくんは前世でどうやって死んだの?」

「あっ……」

 

 ニボルさんは興味本位で聞いているのだろう。

 俺の死因は、人助け……いや、違う。病気でもない。自分の未熟さ――体調と体力を管理できなかったからだ。

 

「ニボルさん。俺は……研究室で過労死です。情けない話ですが……」


 目を閉じたら、過酷な前世に引き戻されそうで、開けたまま伝える。


(不甲斐ない。二度目の人生なのに、俺の心はこんなに脆い……)


「あぁ、ごめん。思い出させてしまったね。大丈夫だよ、僕もあっけなく死んだ。生き方は違うけど、不器用さは似てる。そんな不器用な僕たちを、異世界転生の神様は見捨てなかったのだから、過去に囚われないで。今を楽しく生きようよ」

「はい、そうですね」


 ニボルさんと女神様は、 情に厚い人格者だ。

 その控えめで優しい性格だからこそ、ニボルさんは大切な女性を国王に奪われてしまったのかもしれない。女神様も、国王の頼みを断れなかったのだろう。


(そんな身勝手な国王のもとへ、女神様の娘である第一王女が今後連れて行かれたら……?)

 

 考えるだけで胸の内がザワザワする。けれど、行方不明の娘の現状をニボルさんに尋ねても「知らない」と答えるだろう。だから、俺は口を閉ざした。


「アダムくん。重い話ばかりじゃ疲れちゃうよね。あっ! ルミナショウマが勝ったんだ、祝わないと!」


 ニボルさんがシフトレバーを切り替え、車を停める。どうやら、家の前に着いたようだ。


「お疲れ様、競馬場に着いてきてくれてありがとう。ちょっと倉庫から家具を取り出してくる」

「こちらこそありがとうございました。せっかくなので、俺も家具を運ぶの手伝いますよ」

「いいのかいー?! 助かるよ」


 ニボルさんと一緒に、倉庫の中へ入る。

 まず目に映ったのは、衣類と酒瓶――身に覚えがない品々だった。


「あれ、これ……浴衣ですね? うわぁ、久しぶりに見ました」

「そうだね。こっちは日本酒だ。懐かしいなぁ……」


 二人とも、しばし言葉を失った。前世の記憶を呼び起こすような品々を前にして――。


 やがて、倉庫から机と椅子を運び出し、庭に並べ終えた。


「そうだ。夕方に夏祭りでもやろうか。オウレンとサラちゃんが戻ったら、声をかけるね」

「わかりました」

「この浴衣、アダムくんにピッタリだね。せっかくだから譲るよ」

「いいんですか?」

「もちろん。その代わり、僕は料理人の格好に着替える! あと、この日本酒……飲んでもいいかな?」


 日本酒を見つめるニボルさんの瞳は、ただの酒好きのそれではなかった。特別な思い出が詰まっているのかもしれない。


「そのお酒、思い入れのある銘柄なんですか?」

「うん。フルーティで甘みがありながら、癖がない。前世で一番飲んでいた銘柄だよ。僕がこのお酒を好きだと知っているのは、一人だけだ。ルミナショウマの初勝利、アダムくんとの出会い、そして日本酒。最高の贈り物だね。じゃあ、また後で!」

「はい。それでは」


(あれ、ニボルさん。いつもと違う……)

 

 その背中は、勝利への喜びと死別の寂しさが同居しているようだった。長年連れ添った親友に向けるような――“愛情”という言葉だけでは表せない、確固たる信頼の証のように見えた。


 * * *


 家に着く。手元に置いた日本酒の瓶を眺めていると、懐かしさと切なさで、涙がこぼれそうになった。


(ごめん、アダムくん……)


 大切な事実を打ち明けられなかった。

 サラちゃんが、レンゲの娘――第一王女だということを。

 

 もしサラちゃんの正体を知れば、アダムくんは“王族”としての責務に縛られてしまうかもしれない。だから、言えなかった。


 僕はサラちゃんの幸せを守りたい。レンゲと交わした約束の続きを、この二度目の人生で果たすために。


(レンゲ。君は別の世界で楽しんでいるだろうか。僕は君を応援する。だから、これからも僕たちを見守って……)

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