【贈り物編】競馬場で暴かれる秘密〜転生者の瞳に映った花嫁〜
翌日、父さんは無事に退院したようで、母さんから電話がかかってきた。
「アダム、お父さん退院したよ。これからジムに行くわ」
「退院おめでとう。母さん、ジムに通ってたのか?」
「違うわ。お父さんと一緒に入会するの。夫婦割がきくからね。お父さんは10月の式典に向けて頑張るって。あなたも王位戦、頑張ってね?」
「運動は健康管理にいいからな……わかった」
「じゃあね」
「はーい……」
父さんの退院は嬉しいはずなのに、母さんのアドバイスに俺はげんなりした。
(うわぁ……王位戦、なんも対策してない)
なのに、今の俺はニボルさんの家でサラと一緒に、チョコレートクッキーを食べていた。もちろん、恒例の大葉子茶もセットで。
「アダムさん。お父様の退院、よかったね!」
「どうも」
「来週から学校だねー!」
「そうだな。王位戦に向けて、体力作りしないといけないか……ふぁぁ〜」
ひとつ欠伸をしてお茶を飲み干すと、サラが目を輝かせて提案した。
「その体力作りなんだけど、来週、剣術部で一緒に運動してみる?」
「いいのか?!」
「うん。双子に王位戦の参加をお願いしよう! あと、マッチョな先輩がいるから、筋トレも教えてくれるよ! うわー、学校楽しみー!」
眩しすぎる笑顔に、俺はジト目を向ける。俺自身、筋トレに全く興味がないものの、その双子には必ず依頼しなければならない。
(それにしても、サラは本当に学校が大好きなんだな。俺は王位戦のために入ったようなものだからなぁ〜)
顎に手を当てて考え込んでいると、サラは「あっ、そうだ!」と話題を切り替えた。
「退院したこと、おじさんに伝えてくるね!」
クッキーを食べ終えたサラは、書斎にいるニボルさんを呼びに行った。すると、ニボルさんは嬉しそうに現れ、突拍子もないことを言い出した。
「アダムくん〜! おめでとう! せっかくだからさ……今から競馬場に行こう!」
「はいっ?!」
「君のお父さんの退院祝いとさ、僕の勤労も兼ねて。あっ、重賞もあるから!」
手に持っていたのは競馬雑誌。どうやら、書斎にこもっていたのは今日のレースを観に行きたかったかららしい。
「アダムくん。君は未成年だから馬券は買えないけど、観戦なら問題ないよ。息抜きに、ね?」
さっきのサラと同じように、目を輝かせるニボルさん。心の底から行きたさそうにしている。確かに、これまで何度も助けてもらった恩もある。
だから、答えは――。
「ニボルさん、行きます。それに競馬のルールはある程度知ってますよ。前の世界で競馬好きの同僚がいたんでね」
「あっ、そうだったんだ! でも馬券は僕だけね。じゃあ、行こっか〜」
ニボルさんは玄関の棚から車の鍵を取った。俺も後について車に乗り込んだ。
「あれ、サラとオウレン先生は?」
「二人は別件でお出かけみたいだよ」
「そうですか……」
「うん! じゃあ、行こうー!」
エンジンがかかると、車はスムーズに走り出した。
「アダムくんさ、さっき言ってた同僚の人は、中央競馬が好きだったのかな?」
「あぁ〜」
前世で仲良くしていた同僚を思い出す。彼女は俺と同じ研究者で、クッキー好きの血統マニアだった。
「両方楽しんでましたね。ちなみに……この世界にも地方競馬ってあるんですか?」
「こっちはね、言い方が違っていて、特別競馬と一般競馬なんだよ。今日行くのは一般――つまり、地方みたいなものだね」
「へぇ。もしかして、今日行くのって、好きな馬でもいるんですか?」
ギクッと肩を震わせたニボルさん。
(あっ、ビンゴ?)
「う、うん! バレてるね、その通り! 気になる仔がいてね、白毛の女の子でカワイイんだよ〜」
「白毛? 珍しいですね。芦毛と白毛は走らないって、同僚が言ってたような……」
「いやいや! 最近は奇跡のような展開も起きてるんだから、夢を持とうよ! アダムくん!」
まだ競馬場に着いてもいないのに、ニボルさんのテンションは最高潮だ。
(ニボルさんって、俺の父さんと仲良いけど……もしかして)
「ニボルさん、ギャンブル依存症なんですか?」
「え?!」
ちょうど信号が赤に変わり、ニボルさんは慌てて急ブレーキを踏んだ。
車体が大きく揺れ、俺の体はシートベルトに押し付けられた。
「うおおお」
「ごめんっ!」
ニボルさんが慌てて謝りながら、俺の発言を否定する。
「アダムくん、僕はギャンブル依存症じゃないよ? 趣味で程よく楽しんでるだけさ」
「そうでしたか、大変失礼しました」
「でも……その発想、的外れではないんだ。前の世界で、僕の親父が……ギャンブル依存症だったんだ」
落ち込んだ表情のニボルさん。
俺の軽率な言葉で、踏み込むべきではない過去を呼び起こしてしまった。
「すみません、ニボルさん。俺、黙ります」
「いや、黙らなくていい。むしろね、君のお父さんがアルコール依存症と闘う姿を見た時、感動したんだ。あそこまで覚悟を決めた男は強いよ。僕の親父は……自殺しちゃったから」
「自殺……」
その一言に胸が締め付けられる。軽口を叩いた自分を、心底悔やんだ。
「あっ、暗い話になってごめん。しばらくかかるから、休んでていいよ」
「では……。言葉に甘えて、おやすみなさい」
深入りしたことを後悔して眠れないと思っていたが、さっきクッキーを食べたせいか、いつの間にか目を閉じていた。
数時間後――。
「アダムくん、着いたよ」
ニボルさんに起こされ、車を降りて競馬場へ。
入るとすぐに、ニボルさんはそわそわしながら「ちょっとお手洗い! それとご飯買ってくるから、あそこのベンチで待ってね!」と指差した。
「ニボルさん、そのファイル、荷物になるでしょう。俺が持ってますよ」
「助かる! その中には競馬雑誌と大切なものが入ってるんだ。絶対に無くさないでね?」
「わかりました」
ニボルさんは男子トイレへ駆け込んでいった。
俺はベンチに腰を下ろす。預かったファイルを膝の上に置いた。
(競馬雑誌と、大切なもの……。ニボルさんの“大切なもの”って、一体何なんだ?)
気になり始めると、もう駄目だった。俺はファイルを、穴が開くのではないかと思ってしまうほど凝視していた。
(覗いちゃいけない、わかってる。だけど、“見るな”とは言われてないし……)
理性と好奇心がせめぎ合う。だが結局、誘惑に負けた俺はファイルの隙間から中身を覗いてしまった。そこには、さっきの雑誌と一枚の写真が収められていた。
(やばい! また写真か……。嫌な予感しかしない。でも、フラグは回収するものだろう――)
俺は前世でも校則を破るタイプの人間だった。だから、答えは1つ。迷いなく、その写真を取り出す。
「あっ……」
そこに写っていたのは――ウェディングドレス姿のサラ。
いつもは冷静に実験や考察をこなす俺だが、その宝石のような輝きと可憐さを前にして、言葉を失っていた。