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【贈り物編】レンゲショウマと発毛剤が示す未来

【※注意】本作にて、家庭内の問題や依存症に関する描写が含まれています。

 2時間後――父さんが目を覚ました。病室のベッドで横になり、握りしめた花をじっと見つめながら呟く。

 

「10月に、王妃様の命日の催しがある。それまでに……」

「ええ、安心して。今年も王都で大きな式典が開かれるわ。何か計画があるの?」


 母さんがすぐに話しかける。


「人前でスピーチをする予定だ」

「そうなのね。緊張するでしょう?」

「あぁ……。だから、薄くなった髪をどうにかしたい」


 俺は目を見張る。

 父さんと母さんが、こんなふうに、穏やかに話しているのを初めて見た気がする。しかも父さんが、自分の薄毛を気にしているなんて、想像もしていなかった。


 だが、ふと母さんの言葉が脳裏をよぎる。


『アルコールと間違えて、発毛剤の塗り薬を飲んじゃったの』


 視線を机に移すと、その発毛剤が置かれていた。俺は手に取り、父さんに確かめる。


「もしかして、これを使ってるのか?」

「そうだ! 今の姿で、王妃様に顔向けできるか!」


 父さんは必死に思いを吐き出した。


(そもそも、大量の酒は、身体を蝕む。毛髪にだって悪影響だ。その上、発毛剤の成分は血管を広げて血流を促す。酒と一緒に飲んでしまったら、血圧が一気に下がって――命に関わる危険性もある)


 実際、今回の検査結果で、その危うさを物語っていた。父さんの血圧は、すでに限界を超えていたのだ。


 それでも、父さんは変わろうとしている。王妃様の命日に、胸を張って立ちたいと願っている。

 

(この発毛剤は希望だ。アル中の父さんを救えるのは、研究者である俺だ)


 だからこそ、俺は答えを出した。

 

「父さん。その薬をこれからも使いたいのなら――酒の量を減らして、血圧を管理することが条件だ」

「ええ、アダムの言う通りよ。お医者様も、あなたが発毛剤を誤って飲んだことで――」


 母さんが言いかけたところで、父さんが怒鳴った。


「うるさいッ! また俺を責めるつもりか! 二人には関係ないだろッ!」


 母さんがピクリと震える。

 

 こういう時、怒りで感情を爆発させてはいけない。冷静に、俺は父さんの心に響く言葉を伝えるだけだ。


「関係があるかどうかを決めるのは、父さんじゃなくて、俺たちだ。だけど……酒に溺れて何もしないで、式典も諦める。そんな姿を、王妃様が望むと思うか?」

「ぁあっ……」


 父さんの手が震え、レンゲショウマの花びらをぎゅっと握り潰す。

 次の瞬間、父さんは堪えきれずに涙を零した。


「……そうだ。俺は王妃様を救えず、第一王女様も行方不明にしてしまった。家族すら守れず、酒に逃げた。俺は人間失格だ。夫としても、父親としても……」


 声を詰まらせ、絞り出すように言った。


「だが……このままではいけないことも、わかってる。誰か……助けてくれ」


 父さんの懺悔が、静まり返った病室に染み渡る。


 母さんに、暴力を振るった過去は決して許されない。

 

 でも、依存症を断ち切る機会は、この瞬間にかかっている。

 

「わかった。最低限サポートはする。ただし――母さんに二度と手を上げるな。その約束ができなければ、俺は手伝わない。まずは、母さんに謝って」


 我ながら、キツい言い方をしている自覚はある。だけど、母さんをこれからも守るためだ。

 

 父さんは唇を噛みしめ、深々と頭を下げた。


「すまなかった……」


 母さんは目を見開いたが、即座に毅然とした表情で応じた。


「ごめんなさい。私も逃げていた。宗教に縋って、家を空けてしまった。それでも、もう過去は過去。とにかく、今からは式典に向けて一緒に乗り越えていきましょう」


 父さんは無言で頷く。

 互いの視線がようやく交わったのを確認し、俺は口を開いた。


「じゃあ、まずは減塩食から始めよう。病院の給食担当に相談してみる」


 母さんを伴って部屋を出ようとした時、父さんが慌てて声を上げる。


「待て! 病院食なんてまずくて食えたもんじゃない!」

「はぁ……?」


 呆れと苛立ちで、思わず父さんを睨みつけてしまった。

 しかし、父さんはなおも食い下がる。


「うまい料理人を呼んでこい! 減塩でも旨い料理を作れる腕利きのシェフを!」


 どうやら本気らしい。


「……考えとく」


 そう答えて、母さんと病室を後にした。


「アダム、ありがとね。さて、シェフはどうしようかしら?」

「うーん……。とりあえず、明日以降、探してみるよ」

「わかった、私も探してみる。じゃあ、私は病院近くのホテルに泊まるわ」

「じゃあ……」

 

 俺は母さんと相談しつつ、病院の入り口で別れた。

 この後すぐに帰ろうかとタクシーを呼ぼうとしたところで、電話が鳴った。


「もしもし?」

『アダムくん、僕だよ! 買い物を済ませたところなんだ。今から迎えに行こうか?』

 

 ニボルさんの声だった。

 その声を聞いて、俺は名案がひらめく。


(そうだ……ニボルさんなら。料理が得意で、信頼もできる!)


「お願いします!」


 大声で返事をした俺は、待合室で胸を高鳴らせながら、ニボルさんの到着を待った。右手に父さんの発毛剤を持って。

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