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【贈り物編】伝統美の花がつなぐ、父と息子の約束

【※注意】本作には登場人物の死や事故の描写が含まれています。

苦手な方はご注意ください。

「お父さんは、あの日のことを、一度たりとも忘れたことはないわ……」


 母さんは窓辺に立ち、川面を見つめていた。

 けれど、その瞳は、川を渡った先――遥か彼方の青海原を眺めているようだった。


「15年前――王妃様は、溺れていた見知らぬ子どもを助けようとして、海へ飛び込んだの。不運にも高波が押し寄せ、渦中に巻き込まれて……。他の大人は誰ひとり飛び込まなかった。いえ、誰も飛び込む勇気などなかった」


 母さんの声が震える。


「それでも、公務員として海岸をパトロールしていたお父さんは、迷わなかった。必死に王妃様を探しながら、荒れた海へ飛び込んだわ」


 母さんの言葉に合わせて、父親の見ていた景色が脳裏に浮かぶ。

 冷たい潮の匂い、荒れ狂う水面、そして、子どもを助けようとする王妃様の慈悲深い姿――。


「けれど……間に合わなかった。抱き上げた時には、もう冷たくなっていたの。天使族の羽が広がっていて、つまり、すでに息を引き取っていたのよ。助けようとしていた子どもも、どこにもいなかった」

「母さん、オオバコさんも言ってた。王妃様は遺体が見つかったって」

「ええ。重いドレスでは泳ぐことすら難しかったはずよ」

「……王妃様の娘、第一王女は?」

「赤ん坊だった第一王女様も、その日に姿を消した。探せど、探せど、影も形もなかった。お父さんは――誰も救えなかったと、自分を責め続けたわ」


 母さんは唇を噛みしめながら、話を続ける。


「皮肉なことに、王妃様を“海から救い上げた”という事実だけで、お父さんは一夜にして王位に選ばれた。人間が王族になるのは史上初めて。その後、クローナル家として、王族に加わったけど、本人は『何も救えなかった!』とずっと叫び続けていた。なのに、周囲は英雄と讃えた」


 父親に重くのしかかったのは、望まぬ“王族”という名誉。

 母さんの説明で、ようやく腑に落ちた。

 

 どうして、俺たち家族が王族だったのか。

 そして、父親がアルコール依存症に陥った理由も……。

 

「あの日からよ。お父さんが酒を手放さなくなったのは。飲めば記憶が薄れる。でも……目を覚ませば、波の音と王妃様の顔が蘇る。そうやって、飲む量が増えていったの」


 当時を思い返すように、母さんは息を吐いた。


「アダム……お父さんの依存は弱さじゃない。あの出来事の痛みが、薔薇の棘のように、心に刺さっているの――永遠に」

「母さん。その日付、覚えてる?」

「もちろん。10月25日。私は妊娠中で、あなたはお腹の中にいた」


 俺が生まれたのは、翌年の2月14日。

 異世界転生したあの日――王妃(女神)様は『()()女神のレンゲです』と名乗った。


 その呼び名に、矛盾がない。

 王妃様はこの世界で命を落とし、女神として生まれ変わったのだから。

 それに、数ヶ月しか経っていなかったのだ、新人と呼ばれて当然だ。時期も辻褄が合う。


「母さん、第一王女は……生まれて何ヶ月だった?」

「一ヶ月も経っていなかったわ」

「そっか、不憫すぎるな……」

 

 胸をえぐられる思いがした。しかも、その命は今も行方知れずのままだ。


 しばしの沈黙の後、ふと幼い頃の出来事を思い出した。


「そういえば、昔、第一王女を探すために懸賞金がかけられていたことがあったよな。そのせいで、アンズが誘拐されかけた」

「そうね……あなたとアンズちゃん、第一王女様と同じ年頃の子は、人さらいに狙われやすかったのかもしれない。でも、国民からの情報はデマばかりで、その制度はすぐに廃止されたわ」


(もし第一王女が生きていたとして……。お金で国民に娘を探させる国王の元に、戻りたいと思うだろうか)


「なんだかな〜。王宮って堅苦しそうだし……あっ」


 脳裏に突然、あの時の光景が蘇る。険しい表情をしたオオバコさん――。


『天使族を代表して、レンゲ様の仇、今こそ討たせてもらう』


(あの言い方……事故じゃない? まさか……!)


「母さん、本当に事故なのか? 誰かが計画して、王妃様を――」

「アダム!」


 母さんがきっぱりと首を横に振った。


「その好奇心旺盛な性格は、研究者としては大切な資質よ。だからこそ、王妃様の死因を追ってはならない。何故なら、お父さんは犯人探しよりも、第一王女様の生存を願っているの」

「……」

「あの人は後悔しているの。王女様の泣き声が聞こえていたのに、王妃様を優先してしまったことを」


 母さんの澄んだ瞳が、俺を射抜く。


「だから、今も公務員として働きながら、第一王女様を探し続けているの」

 

 なんて不器用な父親だ。一人で全て背負い込んでいたとは……。

 本当は気に食わない。だからと言って、放っておけるわけがない。

 

「わかった、母さん。今の話を聞いて、やりたいことが増えた」

「なに?」

「父さんを支える。そんで、俺も第一王女を探す」


(見つけたら、女神様に伝えよう――あなたの娘さんは、生きています、と)


 俺自身、覚悟を決めたところで、病室の扉が開いた。父さんの治療が終わったようだ。

 看護師さんに案内され、母さんを守るように先頭を歩き、病室へ入る。


 熟睡している父さんの手には、一輪の花が握られていた。


「何があっても、この花だけは離さなかったんですよ」


 看護師さんの言葉に息を呑む。


 レンゲショウマ――女神様の名を思わせる花。花言葉は「伝統美」。

 

 その花は、確かに王妃様の誇りと想いを託されているようだった。


 過去から未来へ――その想いを繋ぐために。


 この時、俺は夢を叶えるだけでなく、必ず第一王女を見つけ出すと、女神様へ誓った。

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