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【贈り物編】精神依存から身体依存への進行

【※注意】この物語はフィクションです。

当該エピソードに登場する用語について、補足します。


精神依存は、「やめたいのに、頭の中がずっとそのことでいっぱいになる」状態です。アルコールや薬物を使うと気分が落ち着く、楽しくなる――その記憶が強く残り、また使いたいという気持ちが何度も繰り返されます。


身体依存は、体そのものが必要としてしまう状態です。長く使い続けることで体が慣れてしまい、急にやめると震えや吐き気、強い不安などの「離脱症状」が出ます。


最初は精神依存だけであっても、続けているうちに身体依存へと進行し、やめることがさらに難しくなります。


今回のエピソードでは、アルコール依存症における症状と、その背景にある出来事を描いています。

 ニボルさんに病院まで送ってもらった俺は、待合室に急いで向かう。


「あっ、見つけた……」


 母さんはソファに腰掛け、タブレット端末にイヤホンを差し込んで動画を見ていた。なのに、その表情は今にも泣き出しそうだ。


(思ったより、父親の容態は深刻なのかもしれない……)


「母さ……ん!?」


 息を切らせながら、母さんの隣に腰を下ろした拍子に、タブレットの画面が目に飛び込む。

 そこに映っていたのは、この前の三族山でアンズが歌ったシーン。


「あっ、アダム……?!」


 俺に気付いた母さんは、ビクッと肩を震わせる。


「母さん、ごめん。お隣のニボルさんに送ってもらったんだ」

「そうだったの。来てくれてありがとう……私ね、アンズちゃん推しになったの」

「アンズ推し……?」

「えぇ。待ち時間の間、推し活で元気をもらおうと思って。アンズちゃんの曲、歌詞がいいのよ。『光ることができる君も 光ることができなくても 支え合っていけばいいの あなたが今ここにいるから』――はぁ、沼るわ〜」


 母さんは、すっかり自分の世界に入り込んでいた。まさか、幼馴染が母さんの生きる活力になるとは……。


 そう言いつつ、俺もつい毎日、口ずさんでしまう。


(俺としては、炎色反応のくだりが推しポイントなんだが……)


「あっ! お父さんは今、治療中よ。命の危機には瀕してないって」


 母さんは冷静に、父親の現状を教えてくれた。


「そっか。アルコールの飲み過ぎで脱水症状になったとか?」

「違うの。アルコールと間違えて、発毛剤の塗り薬を飲んじゃったの」

「はぁ?!」

 

 塗り薬を誤って飲むなんて、そんな馬鹿な――。


「母さん。世の中にはいろんな依存症があるけど、俺は父親がアルコール依存症だって知ってる。俺が十歳の頃には、もう精神依存が出てた。ひたすら酒を欲しがって、飲むことしか考えてなかった」

「しっかり覚えているのね。あの時は、本当にごめんなさい。あなたを家から追い出して……」

「謝らないで。それより、今は父親の話を。この前会った時は幻覚を見てたし、今回の誤飲は身体依存のせいかもしれない。精神依存に加えて、身体依存まで出てるから、完全に悪化してる。このままじゃ――死ぬかもしれない」

「そう……よね……」


 母さんは視線を落とし、言葉を失った。


(いかん、言い過ぎた……)

 

「でも、治療法は確立されているから、回復はできる」

「あら……本当に?」

「うん。至ってシンプル。断酒だよ。お酒をやめるしかない。ただ、父さんの場合は手の震えもあったから、離脱症状が出るかもしれない。その不快感に耐えられず、また酒を飲む可能性が高い。だから本人の意思だけじゃなく、家族のサポートも必要なんだ」

「確かに、依存症って苦しいからね。覚せい剤や危険薬物も……」


 母さんは、三族山での出来事を思い出したようだった。忘れたくても忘れられない――そんな表情。


「ちょっと気持ち悪くなってきたから、トイレに行ってくるわ……」

「大丈夫?」

「えぇ。すぐ戻るから。戻ったら、ちゃんと話すわね」


 トイレへ向かう母さんの背中を見送ってから、俺は漠然と考え始めた。


(そうだ。母さんが入っていた宗教は解散したけど、その元信者の中には、覚せい剤の精神依存に苦しんでいる人もいるはずだ)

 

 覚せい剤にはアルコールのような身体依存はない。それでも命を奪う危険性はある。

 母さんは幸いにも、薬物に手を出さなかった。


 だが、父親がすぐに、断酒治療に取り組むとは思えない。

 

(どうやってやめさせるか……いや、その前に、なぜ父親は、あそこまで酒にのめり込んだんだ?)


 脳の奥底でずっと引っかかっていた違和感が浮かび上がる。

 

「公務員で、管理職のポストに就いているだけの人間なのに……どうして“王族”なんだ?」


 つい口に出してしまったその疑問に、答えが返ってきた。

 

「アダム、戻ってきたわ。その疑問――今日、話すわ」

「あっ、おかえり」


 母さんの頬からは、さっきまでの不安な影が消えていた。

 

「あなた、本当に頭が良すぎるわ。でも、研究者であるあなたに、私は何度も救われた。だから、これからも多くの人々の未来を変えてほしい。私はあなたに変えてもらった。次は……お父さんを変えて」

「母さん……」

「お父さんがなぜあんなに飲むようになったのか――15年前の悲劇が、すべての始まりよ」

「15年前? 俺が生まれた年……?」

「そう。あなたが生まれる少し前に、この国で王妃様が亡くなったの」

「……!」


 触れてはいけない事実が迫ってくる。

 息が詰まりそうだ。

 

 女神様――俺をこの世界に導き、いつも魔法で助けてくれる存在。その死の理由なんて、聞きたくなかった。


 目をぎゅっと閉じた俺の頬に、母さんの温かい手が触れる。


「アダム。前を向いて。あなたは第10王子――王位戦に挑んで、一桁台を目指すんでしょう? 研究所を作るために。だったら、最後まで聞いて」


 その瞳は、女神様と同じだった。母として、深く、すべてを抱きしめるような、優しいまなざし。


(そうだ。悲しい過去であろうと、女神様はもうこの世界には戻れないんだ。なら、俺が変える番だ)


 覚悟を決め、母さんの話に耳を傾けた。

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