<番外編>次は、ふぐを一緒に
【※注意】
番外編です。
第113話『<番外編>君と食べた、再出発の唐揚げ』の続きになります。
ランチタイムの喧騒が嘘だったかのように静まり返り、店内に残っているのは俺とアンズだけになった。
その頃合いを見て、店主が俺に、ふぐの取り扱いに関する相談を持ち掛けてきた。
「ふぐの調理師免許はあるんだが、もう数十年以上前に取ったきりでな。ふぐって、やっぱり毒が怖いだろ? 特に卵巣とか肝臓とか……」
「そうですね。ふぐの毒――テトロドトキシンは、青酸カリの約1,000倍の毒性があります。種類にもよりますが、部位によって毒の有無が変わるんです。例えば、トラフグの筋肉や皮、精巣(いわゆる白子)は無毒ですが、内臓や卵巣は猛毒です」
「うん、それ聞いたことある。身体が麻痺するやつだよな」
「はい。あの……取り扱うのは丸ふぐ(未処理のふぐ)ですよね?」
「そうだ、自分で捌くつもりだよ」
「丸ふぐを飲食店で提供する際、市ごとの『ふぐ調理師免許』が必要です。すでに取得されているのなら……その資格証、今ありますか?」
「ちょっと待ってな……!」
店主はレジ下から書類ケースを取り出して、俺たちのテーブルに広げた。
「あったよ!」
書類の束から1枚の厚紙を見つけた店主がニンマリ笑う。
確かに、資格証は、市の印鑑と発行日がきちんと記されていた。
間違いなく、正規のものだ。
「おっ、市の発行印がちゃんとありますね。そうなると、次はふぐ処理施設としての許可が必要になります。ふぐ調理師免許だけでなく、厨房の衛生管理体制が整っていないと、営業許可が出ません」
「なるほどな……」
「まず、他の食材と混ざらないよう、ふぐ専用のまな板や包丁、処理台が必要になります。他にも、処理したふぐを捨てるための廃棄物容器も。これは、鍵付きのものが必要です」
「えっ! なんでー? 生ゴミと一緒じゃダメなの?」
アンズが目を見開いて、勢いよく割り込んできた。
「いい質問だ。ふぐには毒がある。鍵をかけないと、誰かが盗んで悪用するかもしれないだろ?」
(実際、俺は槍毒で死にかけた。二度と、毒で死ぬのはごめんだ。でも……大好きなふぐで死ぬのは、アリ? いやいや、毒だと知って食う馬鹿がいるか!)
つい、自分の世界に入り込んでしまった。
「そっか! ふぐ毒を悪用する場合もあるんだね。教えてくれてありがとう、アダム。あっ……この前のように、アダムが毒で死んじゃったら、嫌だよ……」
アンズも、俺が毒で死にかけたエピソードを思い出したのだろう。今にも泣きそうだ。
俺自身、最初からアンズのことを感受性豊かだなと思っていたけど、まだ子どもなんだよな。
(あっ、異世界転生してるとは言え、俺も未成年か……。いやぁ、アンズの言うこともわかる。『アダム・クローナル、享年15歳。死因、毒』なんて……洒落にならない)
だからこそ、前向きになれる言葉を選んだ。
「アンズ。俺は同じ過ちを繰り返すつもりはないから、安心して。また、ふぐを食べに来たいからさ」
「うんっ! 一緒に行こうね!」
すぐに、アンズは花が綻ぶように笑ってくれた。
(切り替え早っ! だが、それもアンズらしい……)
さて、アンズも落ち着いたところで、俺は改めて、店主に質問を投げかけた。
「俺から確認したいことは……ふぐの有毒部位の処理方法についてですね。どこか委託先に処分してもらう予定ですか?」
「あぁ。知り合いの業者さんに焼却してもらうよ」
「わかりました。しっかり、処分してもらってくださいね?」
「あいよ。いやー、ありがとう。いい情報を聞けたよ」
店主は俺の話を聞きながら、真剣な表情でメモを取っていた。
奥さんも後片付けを終えたようで、湯呑みを手に持ちながら、優しいまなざしで話を聞いてくれていた。
「やっぱり来てくれて良かったわね、あなた。ありがとうございます、アダムくん」
「こちらこそ。ふぐは扱いが難しいけど、正しく準備すれば大丈夫です。お客さんの命を預かっているという意識を、これからも忘れずにいてください」
「はい……私たち、ちゃんと準備します」
奥さんが即答し、店主も大きく頷いてくれた。
今日のふぐに関する解説は、夫妻の意欲を掻き立てるものになったようだ。
一方、アンズは満腹になったこともあって、椅子にもたれながら、幸せそうな寝息をたてていた。
(さっきまで泣きそうだったのに、今は気持ちよさそうに寝ている。サイコロみたいにコロコロ表情が変わるな……)
面白いと思いつつ、アンズが寝てしまうのも無理もない。
食品衛生に関する専門的な話だったし、途中で飽きてしまったのかもしれない。
「アンズ、遅くなってごめん。そろそろ帰ろうか……」
俺が起こそうと声をかけても、ピクリとも動かない。
その様子を見た店主が、不安そうに尋ねてきた。
「帰り道、大丈夫か?」
「大丈夫です。アンズと一緒に、また駅まで歩いて、電車で帰ります」
「だめよ、アダムくん。アンズちゃん、すごく眠たそうでしょう? アダムくんが、ちゃんと守ってあげなきゃ」
奥さんに、やんわりと釘を刺された。
(言われてみれば……三族山の調査で俺に付き合ってくれたし、母さんとの願い事を叶えられたのも、アンズのおかげだもんな……)
「そうですね。じゃあ、アンズはタクシーで送ります。俺はアンズと反対方向なんで……」
「さすが! いい心遣い! ラブラブだな〜!」
「あなた……アンズちゃんが起きちゃうわよ?!」
「すまん……」
(ん? ラブラブ……? アンズの彼氏じゃないんだけどな……)
心の中で密かに反論しながら、店主にお願いしてタクシーを呼んでもらうことにした。
そして、アンズを起こす前に、到着したタクシーの料金を先に支払っておいた。
(これで、無事に帰れるよな。さて、起こそう……)
「アンズ。このあと、タクシーでお家に帰って。じゃあな」
別れの挨拶を告げると、アンズは目をこすりながら、寝ぼけた表情で俺を見上げていた。
でも、状況を理解すると、お日様のようにほほえんだ。
「ありがとう。またね、アダム」
その屈託の無い笑顔に、思わず胸が高鳴った。
(鶏の唐揚げ、美味かった。今度は、ふぐ料理もアンズと一緒に、食べに行けたらいいな。今は夏だけど……冬も一緒に過ごせたら)
こうして俺は、夢見心地のまま、一人で電車に乗り、帰路についた。
いつもご愛読いただきありがとうございます。
次回から新編になります!
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