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<番外編>君と食べた、再出発の唐揚げ

【※注意】

番外編です。

第110話『【三族山編】無事に生きて帰る、それだけで奇跡 ※アンズ視点』以降の出来事を書いております。

「アダム! ここのお店だよっ! 唐揚げが食べたい! 並ぼう!」


 アンズは例のお店を見つけた途端、大急ぎで列に並ぶ。

 俺は、古びた木の看板を掲げたそのお店に見覚えがあった。

 

(あっ。ここは……この前の食中毒調査で、オオバコさんと来た店だ。まぁ、いいか。メガネも、白衣もないし、俺だと分からないだろう)


 アンズの後ろに並び、呼ばれるまでじっと待っていると、店からお客さんが出てきた。


「ごちそうさまでした。うーん、美味しかったのぅ〜!」


 どこかで聞いたことのある声……。


(あれ、もしかして?)


 俺が振り向く前に、アンズがすでに声をかけていた。


「あっ、ランプ市長さん! こんにちは!」

「おぉ〜! アンズお嬢さん、こんにちは! ここで会えるとは、嬉しいのぅ! 三族山の調査に行ってくれて、助かったぞ」

「どういたしまして。それより……もしかして、唐揚げを食べたんですか〜?」

「そうじゃ。美味しいから、ぜひ食べてみるといい。おや、隣にいる君は……?」

 

 どうやら、ランプ市長は、俺の存在に気付いたようだ。俺の顔をじーっと見つめている。


「えぇ、驚かせてしまいましたね。研究取扱者のアダム・クローナルです」


 いつものノリで名乗ると、ランプ市長は目に涙を浮かべ、深々と頭を下げた。

 

「そうか……二人のおかげで、三族山の宗教団体が壊滅した上に、フォレスト家の長男さんも勇気づけられたと言っておった。本当にありがとう。後日、ワシから二人へ、謝礼金を贈ろうと思う」

「大丈夫です! いらないですっ!」

「大丈夫ですよ。いらないです」


 俺たちは、声を揃えて断っていた。

 

(すごい、ここまでシンクロするとは……。もしかして、一緒にいる時間が長いから、似てきた?)


 アンズも同じことを思っていたようで、「また被っちゃった……恥ずかしい!」と頬を赤らめていた。


「ほぉ……二人して、本当に素晴らしい……。せめて、今日のお昼ご飯代を受け取りなさい」


 ランプ市長は財布を取り出し、紙幣を封筒に入れて、俺に手渡した。


「えぇーっ!?」


 アンズはまた驚いていた。一方の俺は、受け取ることにした。


「じゃあ、お言葉に甘えて。お昼ご飯で、いただきますね」


 前の世界で大学生だった頃、教授が「研究室のお金で出すから」とよく奢ってくれていた。

 こういう時は、ありがたく頂戴する。それが、俺のポリシーだ。


 ちょうど封筒を受け取ったタイミングで、「そこのお二人様、席のご用意ができました」と店員さんに呼ばれた。


「ランプ市長、ありがとうございます。今から、唐揚げ食べてきます」

「ありがとうございます! いただきまーす!」

 

 アンズと二人でランプ市長にお礼を言い、店の中へ入った。


 ガラッ――。


 扉を開けると、前に調査で来たときとは雰囲気がガラリと変わっていて、木の温もりと清潔感が調和した、落ち着いた空間になっていた。

 

(座席数が増えている……しかも、厨房も綺麗にされている。あの後、唐揚げを看板メニューにしながらも、衛生管理を徹底してくれたんだな)


 席に座ると、女性の店員さん――いや、店主の奥さんがお冷を持ってきてくれた。


「いらっしゃいま……あら、お久しぶりです!」

「お久しぶりです。俺の幼馴染が、唐揚げを楽しみにしていて……」

「はいっ! 新聞で見て、食べたかったんです! 唐揚げ定食でお願いします!」


 アンズが即答すると、奥さんは優しいまなざしで微笑んだ。

 

「じゃあ、俺も唐揚げ定食にします」

「わかりました。お客さんで来てくれるなんて……嬉しいわ。メガネをかけていなかったから、最初は気づかなかった。あれから、無事に営業できていますよ。主人も喜ぶわ」

「それは良かった。楽しみにしてます」

 

 俺はアンズと同じ唐揚げ定食を頼み、料理が来るのを楽しみに待っていたが、アンズが前のめりになって尋ねてきた。


「ねぇ、アダム! なんで、ここに来たことがあるの?」


(おっと、理由を聞かれた。うーん、他のお客さんに聞かれるのはまずいな……)


 俺はアンズの耳元で囁く。


「あぁ、調査で来たんだ」

「そうなんだ……」


 アンズも小声で答えてくれた。

 

「安心して。お店の人が、唐揚げは得意料理って言ってたんだ」

「りょーかいっ! 楽しみ〜!」

「そうだな」


 すでに、アンズは早く食べたいようで、うきうきしている。

 俺自身、調査で何度か来たことはあるけど、ここで食べるのは初めてだ。

 

 二人でゆっくり待っていたところ、お目当ての唐揚げ定食が運ばれてきた。


「うわぁっ……! 大きな唐揚げが5個も……しかも、サラダ付き! 白米も無料でおかわりできるんだって!」


 アンズは新聞で仕入れた情報を嬉しそうに話してくれた。

 俺も揚げたての唐揚げを眺めつつ、付け合わせの食材に目をやる。


「へぇ。レモンにタルタルソースもついてるのか。いいな……食べようか」

「オッケー! いただきます!」


 俺たちは夢中になって唐揚げ定食をぺろりと平らげた。

 アンズなんて、「おかわりお願いします!」と白米まで頼んでいた。


(嬉しそうに食べている……良かった)


「はぁ……ごちそうさまでした!」

「美味しかったな」

「うん!」


 アンズが笑顔で手を合わせていたところで、店の主人が俺たちのところへやってきた。


「久しぶり……元気かい?」

「お久しぶりです。元気ですよ」

「それは何より」

「そういえば、お昼の営業も始めたんですか?」

「よく気付いたなぁ〜! 夜だけだと、売り上げがね……」

「そうだったんですか」


 店主は困った顔をしながら、空いていた席に腰を下ろした。


「正直な話な、あんたら研究取扱者が調査に来たときは、もう店を畳む覚悟もしてたんだ。でもよ、嫁さんの唐揚げだけは、大評判でな。金もないし、新しいメニューを考える余裕もない。でも、この唐揚げの味だけは、うちの最後の頼みの綱だって思ったんだよ。そこで、あんたの上司であるオオバコさんに相談したんだ」

「えっ、オオバコさんに相談を?」

「そう。そしたら、オオバコさんと同じ天使族の女の子が、うちに来て唐揚げを食べてくれてな。『あなたのお店の唐揚げには、付加価値があります。何か新しいことに挑戦するより、今持っている手段から何ができることはないか――そんなふうに考えてみませんか。さて、計算していきますね』――なんて、面白いことを言ってきたんだよ」

「それって……」


 俺は驚きつつも、すぐに思い出した。


(オオバコさんが、あの“蛇酒”を飲んで酔っ払ってた時、話題にしてた天使族の女の子。名前は、確か……リツキ)


「その子、あんたにどこか雰囲気が似てるな。今は税金のことで、色々助けてもらってるよ」

「そうですか。それにしても、そのアドバイスを元に、奥さんの唐揚げを看板にして、昼営業まで始めるとは……すごい行動力ですね」

「ハハッ、失うもんはもうなかったからよ。ダメで元々、やれるだけやってみようって、女房と二人で腹を括ったんだ。そんで衛生面も見直して、真面目にやってたら――いつの間にか新聞にも取り上げられてな。今じゃ、口コミでどんどん人が来てくれるようになって」


 店主は、厨房で後片付けをしている奥さんを、照れくさそうに、でも誇らしげに見つめていた。


「自分たちの持っているもので勝負する……素晴らしい考え方ですね」

「あんたにそう言ってもらえると、自信がつくよ。それでな、この勢いに乗って、冬に向けて新しいことを考えてるんだ」

「新しいこと、ですか?」


 俺が聞き返すと、店主はニヤリと笑った。


「あぁ。実はな、若い頃にふぐの調理師免許を取っていてな。ずっと眠らせてたんだが……この唐揚げで自信がついた! 今年か来年の冬には、この唐揚げとふぐ料理で、お客さんをもてなしたいんだよ〜」


 その話を聞いた瞬間、アンズの顔がパッと輝いた。


「ふぐ! すごーい! ふぐのお鍋、大好きなんです! 絶対、また食べに来ます!」

「おぉ、本当かい! 嬉しいこと言ってくれるねぇ! 腕によりをかけて、最高のてっちり(ふぐ鍋)を用意しておくよ!」


 店主とアンズは、まるで親戚のように笑いながら、楽しそうに約束を交わしていた。


 自分の持つもの(長所)を活かし、次々と未来を創造していく。

 その力強い姿に、俺も感銘を受けていた――が、突然、店主がくるりと俺の方へ向き直った。


「それでな、ふぐを扱う上で気をつけることを、ちょっと確認しておきたくてさ。質問してもいいか?」


(あぁ、任せてくれ。経営学や簿記のことはわからないけど、食品衛生なら、俺の十八番分野だ――)


 こうして、俺はふぐに関する知識を披露することにした。

このたびは番外編『君と食べた、再出発の唐揚げ』をお読みいただき、ありがとうございました。


今回、経営学における「エフェクチュエーション(effectuation)」という理論を取り入れてみました。


以下、5つの原則を実際に当てはめてみました。

「手中の鳥の原則」:新しい設備や資金ではなく、“今ある資源(奥さんの唐揚げ)”を活かして挑戦した。

「許容可能な損失の原則」:売上が低迷する中でも、「昼営業の導入」という小さなリスクから始めた判断。

「レモネードの原則」:食品衛生調査という“苦い出来事”を、改善の機会へと転換。

「クレイジーキルトの原則」:アダム・オオバコさんやリツキなど、あらゆるステークホルダーとの関係性を構築し、前進する姿勢。

「飛行機の中のパイロットの原則」:目標を厳密に決めず、自分の行動で未来を切り開く行動力。


物語中に登場したご夫婦(【バイトSOS編】の居酒屋さん)が、衛生面で厳しい状況(カンピロバクターによる食中毒)に直面しながらも、持っている強み(唐揚げの味)を活かして再出発した姿は、まさにエフェクチュエーションの実践そのものでした。


さて、次回は「ふぐを扱う際の衛生管理」について、食品衛生の知識を交えながら、和やかにお届けできればと思っています。


次回まで、番外編です。引き続きよろしくお願いいたします。

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