【三族山編】無事に生きて帰る、それだけで奇跡 ※アンズ視点
【※注意】主人公ではなく、アンズちゃん視点です。
私は、アダムと二人で電車に乗っていた。行きと違って、今回はなんとテーブル付きの個室席。
どうやら、この電車の開発者であるオオバコさんが、わざわざ席を予約してくれたらしい。
(オオバコさんって、アダムと同じ“研究取扱者”なんだよね……すごすぎる! シンイさんもだけど、自立してる大人って、かっこいい……)
私も、いつか二人のような、素敵な大人になりたい――そう思いながら、アダムのほうに目を向ける。
アダムは、普段からあまり表情を出さないタイプ。
だけど、今日は違った。お母さんから身上書のサインを貰えて、ほっとした笑顔を見せていた。
(アダムって、笑うと穏やかな雰囲気になるよね。よかったね、本当に。あっ、そうだ! さっき、トイレに寄ったタイミングで、デザート買ってたんだった!)
「アダム! 実はね、ご褒美のデザートを買ってきたの。一緒に食べよ?」
「おっ、いいのか?」
「うん! 桃のゼリーだよ」
私は、アダムの分のゼリーとスプーンを手渡す。
「いただきます! ……おいしい〜! これ、桃の果実が入ってるよー! 最高だね!」
嬉しくなって、自然と笑いかける私。
一方のアダムは、私の言葉を聞いた途端、急に考え込んでしまった。
(あれ? 桃が苦手だった? それとも……)
「もしかして、桃アレルギー?!」
「違う! 俺は蜂がアレルギーだ。それだけ」
アダムはすぐに否定してくれた。
(そっか……蜂かぁ。大事なことだし、ちゃんと覚えておこう!)
「アンズ、美味しいよ。その……さっき“果実”って、言ってただろう? 桃以外に、知ってる果実について教えてほしい」
「えっ?!」
突然の質問に、私は驚愕して、声を上げてしまった。
「えっと……レモンとか! あっ、なんだか唐揚げが食べたくなってきた!」
――返事がない。
(無言だわ?! 私ったら、デザートを食べたばっかりなのに、次は揚げ物の話をしちゃうなんて……正直に言いすぎた!)
この気まずい沈黙に耐えかねて、私は目線を上に逸らす。
(あれ……?)
紐棚に新聞紙が置かれていた。私たちの前に座っていた誰かの忘れ物だろうか。
「あっ! こんなところに、新聞! 忘れ物かな? ちょっと、読んでみよっと」
私はさりげなく、新聞を広げてみた。
目に飛び込んできたのは、大きな見出し。三族山で発生した火災について、その被害範囲が図で示されている。当然ながら、あの教会も、焼け落ちたと書かれていた。他にも……。
「あぁ、やっぱり倉庫も燃えたよなー。しまった……白い粉の行方が、わからないとは――」
「ぁ……!」
いつの間にか、アダムが隣で新聞を覗き込んでいた。
(近っ……! 距離が近くて、恥ずかしいよ!)
しかも、今日も、アダムはメガネをしていない。
だから、キリッとした利口そうな黒い瞳が、やけに大きく見える。
(そういえば……。魔法を唱える時、今まではメガネをぐいっと押してたよね。あれが、もう見られないんだ……)
一抹の寂しさを感じながらも、私は考え直してみる。
(メガネ以外で、アダムに似合いそうな新しい魔法グッズって何かあるかな? 今度、お父さんに相談してみよう)
「ん? どうした、アンズ」
「ううん、なんでもない! 建物は色々燃えちゃったけど、アダムとみんなが無事で、本当に良かったなって」
「うん。今回も、俺はアンズにたくさん助けてもらったな。歌だけじゃない。アンズの人脈や魔法にも救われた。アンズが今、ここにいてくれて、嬉しいよ」
「えっ……」
(そ、それはこっちのセリフだよ! っていうか、変な感じ! アダムらしくない! いつも冷静で淡々としてるのに、今日はすごく褒めてくれる……!)
正直、今回アダムの調査に同行して、三族山で薬物依存に苦しむ人たちを見たとき、身を切られる思いがした。
それでも、アダムの実験と私の歌で、みんなが笑顔になってくれた。あのパフォーマンスの時だけでなく、今こうしてアダムと二人で過ごしているだけでも、私は幸せ者だなって感じている。
(なのに、アダムの隣に、もっと長くいたい……)
そんなナイーブな気持ちを切り替えようとして、ふと新聞に視線を向けたところ、広告欄が目に入った。
「絶品! 唐揚げ名店特集」――そのキャッチフレーズに、目が釘付けになる。
(わっ、このお店、美味しそう……! 今回、すっごく頑張ったしさ。もう一度、ご褒美してもいいよね?)
ちょっと強引かもしれないけど、いいんだ。また、私のほうから誘ってみよう。
「アダム! 私、このお店に寄りたい!」
「いいけど……実家に戻らなくてもいいのか?」
「大丈夫! 今日中には帰るって言ってあるから……ねぇ、お願い! ここで食べたいの。私、ちゃんと約束守ったでしょ……?」
アダムの顔を覗こうとしたけど、その前に――。
「わかったよ、一緒に行こう。俺のために、曲を作って、歌ってくれたからな。約束、ちゃんと果たしてくれてありがとう」
「うんっ!」
私たちは、同じ駅で降りて、目当ての唐揚げ屋さんに向かった。
唐揚げは、衣がカリッカリで、中はジューシー。口いっぱいに広がる旨み――これが“ご褒美”だと感動しながら、夢中で完食していた。
でも、それ以上にびっくりしたことが……なんと、アダムはもう何度か来たことがあったらしい。調査で。
もちろん、お店の人とも顔なじみで、続けざまに質問されても、落ち着いて的確に答えていた。
(さすがアダム。本当にしっかりしてるよね!)
その後、アダムは一足先に電車で帰っていった。
私はというと、アダムがこっそり手配してくれていたタクシーに乗っていたら……あっという間に、家の前に到着。タクシー代も、すでにアダムが前払いしてくれていたみたい。
(なんてスマートなの! あっ、アダムって、第10王子だもんね。カッコいいかも……)
つい惚気ながら玄関を開けると、お母さんがすぐに、私のところに来てくれた。
「アンズ。おかえりなさい」
「お母さん、ただいま! 私、無事に帰ってきたよ!」
「良かったわ。元気で……」
お母さんは目に涙を浮かべていた。その顔を見たら、私も泣いてしまいそう。
でも、お父さんにも、笑顔で「ただいま」って言いたい。だから、ここはぐっとこらえて、別な話題を振ることにした。
「お母さん、お父さんはどこにいるの?」
「リビングよ。行きましょう」
お母さんと並んでリビングへ向かう途中、どこからか聞き覚えのあるメロディが――。
『乙女の心は 赤色 万能な君は リチウム』
(あれ? 聞き覚えじゃないかも! これ、私の歌じゃん!?)
勢いよくドアを開けると、ソファにどっしりと座って、両手にバナナを握りしめたまま、動画のテンポに合わせてリズムを取るお父さんの姿が――!
「アンズー! 同心協力ゥー!」
真顔だけど、大声で合いの手を入れていた。
「お父さん、最近、アンズが歌っている動画をずっと見てるのよ」
お父さんのチャーミングな一面を知り尽くしているお母さんが、状況を教えてくれた。
「そうなんだ……って、待って! なんで映像があるの?」
「シンイさんって人から、郵送でビデオが届いたのよ」
(あっ……。バイト先のみんなが撮ってくれたんだ。今度のバイトで、ちゃんとお礼を言おう!)
心の中で感謝しつつ、まだ私の存在に気づいていないお父さんの背中を見つめていたら、ある疑問が湧いた。
「ねぇ、どうしてバナナを?」
「お父さんはペンライトを持ってないから、代わりにバナナを振っているのよ。アンズの瞳の色が黄色でしょう? 家にあったフルーツで代用してるの」
お母さんは、わざと大きめな声で、私の名前を呼んでくれた。
その声に、お父さんがハッと反応して、こちらを振り向く。
「アンズ! おかえり! 嬉しいよ、無事に帰ってきてくれて……」
すぐに、私のところまで駆け寄ってきてくれた。
「お父さん、ただいまー! 戻ってきたよー!」
「あぁ、よかった……さすが我が娘! 素晴らしい歌だったよ、感動した! 今度はアダムくんも連れておいで。ペンライトの作り方を教わりたいし、いろいろ語り明かしたいんだ。それに――パパの本を、ちゃんと歌詞に使ってくれてありがとう」
予想外だった。
さっきのアダムと同じように、お父さんまでたくさん褒めてくれるなんて。
しかも、「連れておいで」って……。
(あ……アダムの顔が、すぐに浮かんじゃう。さっきまで一緒にいたからかな? うーん……お父さんとお母さんの顔を見たら、安心して、なんだか眠くなってきちゃった……)
ぼんやりしていたら、お父さんとお母さんが優しく声をかけてくれた。
「アンズ、疲れたでしょう? ゆっくり休んでね」
「そうだ。よく頑張った、アンズ。今日は寝て、明日、お土産話を聞かせてくれ」
「うん!」
夏休みはまだまだ続くけど、大好きな人たちと過ごしたこの想い出は、永遠に忘れられない。
私は、歌い続けるよ。
研究者のあなたの隣で、これからもずっと――。
夜空で咲いた花火のように、あなたと一緒に、輝きたいから。
<余談:アンズのお父さん視点>
アンズが、無事に帰ってきてくれた――。
娘の顔を見たとき、私は本当に安堵した。
私は、感情を表に出すことが得意ではない。けれど、今回ばかりは、あの動画を見て、思わず拍手してしまった。アンズの歌には、人の心を動かす力がある。理屈では説明できないが、あれは確かに“本物”だ。
そして、アンズを無事に家まで送り届けてくれたアダムくんには、心から感謝している。あの年齢で、あれほどの責任感と判断力を持っているとは――敬意を表さずにはいられない。
私はこれまで、仕事にのめり込むあまり、家族と向き合う時間を疎かにしてきた。だが今回、アンズが“帰ってきてくれた”ことで、自分が本当に「守りたいもの」が何なのかを、ようやく再確認できた気がしている。
王族であろうと、なかろうと、私は私だ。
我が娘よ。ありがとう。これからも、どうか楽しく、歌い続けてほしい。
父として、アンズのことを心から応援している。
将来のことも、恋愛も――。
<作者からのコメント>
これにて、【三族山編】は完結となります。
ここまでのご愛読、誠にありがとうございました。
次回からは、番外編をお届けする予定です。
暑い日が続きますので、どうかご自愛くださいませ。