【三族山編】知行合一〜託された未来と託す決意〜
衝撃の遺体発見後。
ニカさんがすでに死亡している少女たちの状態を、冷静に確認していた。
俺とオオバコさんは、少し離れた場所からその様子を見守っていた。少女たちは全員、10歳前後に見える。色白の肌で、共通して“首から上”がない。そして、へそのあたりに、謎の数字が書かれていた。
「334、463、643、1844、2600……。はぁ……。このバラバラな番号、一体、何がしたいんだろうね……」
ニカさんがため息混じりに呟く。
「確かに……意味不明です。どうしてこんなことを……」
俺も率直な感想を口にする。一方、隣にいるオオバコさんは、怒りをあらわにして、言葉を吐き捨てる。
「くそっ! アイツの仕業に決まってる! ニカ! どうする?」
「まだ断定はできないよ――」
ニカさんはすぐさま手でストップのジェスチャーをして、オオバコさんを制したが……内心穏やかではないようだ。口にしていたペロペロキャンディを、無意識のうちに「ガリッ」と噛み砕いていた。
「オオバコちゃん。全ての遺体について、遺伝子解析が必要だね。明日から来る助手の女の子と一緒に調べてみるよ」
ニカさんの言う通りだ。遺体から、黒幕の手がかりを掴めるかもしれない。
それに、教祖に訊くべきことを何ひとつ聞き出せずに終わるなんて、耐えられない。
「待ってください、ニカさん! 俺も手伝います!」
ぜひ協力したいと思い、即座に手を挙げる。
だが、ニカさんは首を横に振った。
「アダムくん、気持ちはわかるよ。ありがとう。でも……ここから先は僕たちに任せて。君は学生で、学業が本業だし、今は夏休み中でしょう? ちゃんと休むことも大事だよ。それにね、この解析は一ヶ月くらいかかるんだ。安心して。進捗はきちんと共有するから」
「いや、俺は諦めきれないんです! 俺があの時、槍先の攻撃を防げていれば、教祖を逃さずに済んだから……」
あれは、完全に俺のミスだ。
だからこそ、自分の手で、この事件の全容を解明しなければならない。
けじめをつけるのは俺なんだ。
ふと、オオバコさんの方へ目を向ける。彼女なら、俺の味方になってくれると思っていたが……。
「アダム、ニカの言う通りだよ。ここからは、私たち大人が対処すべきこと。だって、君は若い! 希望に満ちた未来が待っている」
「未来? オオバコさんもまだ若いのに、なんでそんなことを?」
「親心ってやつかな。君が10歳の頃からの付き合いだしね……」
オオバコさんは、俺と初めて出会った日――研究取扱者の発表試験日を、思い返しているのだろう。
郷愁にふけた、優しい顔つきをしている。
(そうだ。合格発表のあとに、オオバコさんの前で、夢を語ったっけ……)
「真実に触れてしまえば、今後、命を狙われる可能性だってある。アダム、前にも話したから、覚えてるよね?」
「はい……しっかり覚えてますよ」
俺は理解している。
オオバコさんに“異世界転生者”であることをバレた、あの日――あの時に聞かされた話は、今も脳裏に焼きついている。忘れられるわけがない。
そして、オオバコさんが言ってる“アイツ”とは、きっと俺と同じ王族で、研究者でもあるあの人物に違いない。
(そうは言っても、今のところ、証拠がない。俺もニカさんと同じ意見だ。断定はできない)
「私はね、君の夢を心から応援してる。研究所を作って、結婚して、幸せになる……壮大で素敵な夢。その夢を叶えるために、君はザダ校に通い、王位戦へのエントリーにも挑んでいるんでしょう? 無限の可能性を秘めている君を、これ以上、危険に巻き込むわけにはいかない。いいね?」
オオバコさんは、真っ直ぐな瞳で俺を見つめていた。
俺がこれ以上、首を突っ込むことを許さない、と。
(まだ関わっていたかったからこそ、悔しい。でも、ここはお二人に託すしかない)
「はぁ……わかりました。今回は、言うことを聞きます。その代わり、手伝えることがあれば、何でも言ってください。俺も二人と同じ“研究者”なんで」
ため息交じりに、こみ上げた悔しさが口をついて出る。
まだ信用されていない気がして、意識はしていないが、顔にも出てしまっていたと思う――悔しさが。
俺の様子を見て、ニカさんとオオバコさんは顔を見合わせていたが、最初に口を開いたのは、ニカさんだった。
「アダムくん、負けず嫌いなところがあるんだね。いやー、魅力的な一面を知れた。あ、そうだ。さっき車で具合が悪くなった時、心配してくれてありがとう。君のこと、僕はちゃんと信頼してるからね?」
どうやら、ニカさんには、俺の心の中をすっかり見透かされていたようだ。
「アダム。私も君を信頼してるよ? 任せて。この子たちの遺体――特徴が掴めた!」
オオバコさんが、思いのほか、きっぱりと言い切った。
(ん……?)
「オオバコさん、死体を見るのは、苦手なんじゃなかったんですか? さっき、顔を背けてたから……」
あまり無理をさせるのもどうかと思い、慎重に問いかける。
「正直、苦手だよ。それでもね、研究者の性でやつでさ。知り尽くしたいんだよ、私は」
オオバコさんは遺体に視線を戻す。
「さてと、解説しよっか。この肌の色からして、見た目は“天使族”っぽい。しかし、天使族は、この国にたったの10人しかいない。研究取扱者と並ぶほど、極めて稀少な存在。そのうち、7人は島で確認されていて、今も生存中。つまり、ここで5人も死んでいるなんて、計算が合わないってわけ」
そうか。10人中、7人は島にいる。なのに、ここには5体の遺体。
(あぁ……矛盾しているな。じゃあ、この少女たちは――いったい、何者なんだ?)
俺が黙り込んで考えていると、オオバコさんは頭を抱えながら、話を続けた。
「ハァ……。この子たち、“作られた”のかもしれないね――クローン実験で」
「クローン……実験……?」
その言葉に、背筋が凍る。
「なんてことを……! 天使族の尊厳を踏みにじるだけじゃなく、命そのものを冒涜している。絶対に許されるはずがない!」
希少な天使族。その“希少性”を、人工的に“解決”しようとするなんて――あまりにも身勝手で、醜い発想だ。
その上、黒幕は、この教祖を殺しただけじゃない。クローン実験にまで手を染めている。もはや研究者の風上にも置けない、倫理の破壊者だ。
(絶対に……許さない。口には出さないが、必ず、俺の手で裁いてやる!)
激情に駆られた俺は、いつの間にか、両手を握りしめていた。強く握りすぎて、爪が食い込んで痛む。
ハッと我に返って横を見ると、ニカさんは黙ったまま肩を震わせ、目に涙を浮かべていた。
そんな、やるせない気持ちの俺たちを見て、オオバコさんがゆっくりと語り出す。
「アダム、ニカ……。天使族のことを想ってくれて、本当にありがとう。私はこれから島に戻って、詳しく調べてみるよ。このクローンたちが、天使族の“誰の血”を引いているのか……確かめずにはいられないんだ」
オオバコさんは俺たちにお礼を言いつつも、表情を曇らせる。
「しっかしさ……私の負傷魔法で、教祖たちは一時的に失明してたはずなのに。どうやって穀物倉庫を燃やせたのか、不思議でならない。うーん……やっぱり、あの倉庫も調べてみるしかないかもね」
オオバコさんの問いかけに、ニカさんがすぐ答える。
「そうだね。火災で証拠は失われたけど、倉庫の痕跡から黒幕の手がかりが見つかるかもしれない。王立科学院に連絡して、まずは遺体の回収を依頼してみるよ」
「ニカ、お願い」
「了解だよ。じゃあ、ここにずっといるのも気が滅入るから、僕の家に戻ろうか?」
「はい、わかりました」
俺たちは、再び車に乗り込む。運転席に座ったニカさんが、王立科学院に電話をかけ、遺体回収の手配を済ませた。そのあと、いつもの穏やかな口調で俺に提案してくれた。
「アダムくん。今日はもう無理しないで、僕の家でゆっくり休もう。明日、フォレスト家まで送るよ。アンズちゃんたちにも、無事だったって伝えてあげて」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
こうして俺は、事件の調査をニカさんとオオバコさんに託し、翌日、アンズたちがいるフォレスト家へ向かうことにした。
【余談】
作中で登場した謎の数字たち。一見無作為に見えますが、実は密かに「野球」にまつわる数字を散りばめています。
・334:日本シリーズの伝説スコア
・463、643:ダブルプレーの守備位置
・1844:ピッチャーズプレートから本塁までの距離
・2600:プロ野球で起きた記録的大差の試合スコア
そろそろ三族山編も終わりに近づいてきました。
次回もお楽しみに。