【三族山編】面目一新〜天使族と会話〜
オオバコさんが、木のトレイをテーブルに置いた。トレイの上には、野菜たっぷりで美味しそうなスープ。
「おっ、湯気が立っていますね」
「アダム〜! 出来立てだよ! なんと、料理上手なオウレンの彼……あっ、恋人が作ってくれたんだよ。毒抜きかつ生薬入りだから、ちゃんと食べてね!」
相変わらず、冗談好きだ。
(オウレン先生と2人で気まずかったから、助かったけど……これはこれで困るな。しかも、料理上手って、“キ”から始まる、あの人しかいないよな?)
考え込んでいるうちに、オオバコさんは木製スプーンで、スープをすくっていた。
「アダム、あーん!」
いきなり、俺の下唇の上にスプーンを近づけてきた。慌てて、人差し指でバツ印を作って、きっぱり断る。
「ダメですよ、オオバコさん。今の俺は恋人募集中ですが、その行為は……恋人同士でするものです。それより、俺の質問に答えてください」
「うーん、ガードが堅いなぁ〜。質問って、回復魔法についてでしょう?」
「そうです。あと、視力の回復についても」
その言葉に、オオバコさんは視線を落とした。やはり、簡単には答えられない内容なのだろうか。
だが、俺は知りたい。答えてもらう。
スープを飲みながら、オオバコさんの顔を覗き込む。
「ちょっと! そんな怖い目で見ないでよー! 私、命の恩人だよ?」
じっと見ていたら、普通に怖がられた……。
「わかった、教えるってば! 回復魔法は、天使族にしか使えない。“傷を癒す”だけでなく、“身体の構造的欠陥を修復する”レベルの再生魔法。それで、魔毒を除去できたし、視力も戻せたってわけ!」
「うーん。魔毒の話は、さっきオウレン先生に聞いたので筋が通ってます。でも、視力は? “身体の構造的欠陥を修復する”のなら、この天然パーマだって治るはずでは?」
自分の髪を右手で弄ってみるが、変わらず、クネクネしている。
(まぁ、俺自身は天パが楽だし……。女神様に『もし異世界に行くなら、天然パーマでお願い! 』って頼んだから、このままでいいけど)
「それは違うんだよ。アダム、その天パは“生まれつき”でしょう? ……あの、私が回復魔法の前に使った魔法、覚えてる?」
「しっかり覚えてますよ。『この閃光は、天使族にしか使えない――唯一無二の“負傷魔法”だよ』って。しかも、突然……閃光手榴弾を投げたじゃないですか?」
オオバコさんのドヤ顔を真似て、声までそっくりに真似てみせた。
「ぐぬぬ! さすが、最年少で研究取扱者の資格を取っただけある! なんて記憶力ッ!」
「焦らさないで教えてください。まさか、視力に関して、失明の可能性とかは……?」
「それはないよ! 君、ちゃんと目を覆ってたし。でも、光の衝撃を完全には避けきれなかったはず。白い光だったの、覚えてるでしょう? そのあと、君は魔毒で死にかけてたし、目の状態も普通じゃなかった。だけど私は、君の命を優先して回復魔法を使ったんだよ。そのとき、視力も“生まれたときの状態”に戻っちゃったの。魔力がもっとあれば、そこまで干渉せずに済んだかもしれないけど……できなかった。ごめんね」
俺は目を閉じて、今の話を反芻する。
恐ろしいことに、回復魔法は、 “本来あるべき姿”へと再構築する魔法らしい。
だが、魔力の加減次第で、“戻りすぎる”こともある……。
(視力の回復……これは偶然か? それとも、天使族のオオバコさんの魔力が……想定より低かったからこそ、成し得たことなのか。うーん。わからんが、これだけは言える)
「つまり、オオバコさん。魔法のセンスに関しては……ノーコンということになりますね?」
何気なく言ったつもりだったが、オオバコさんにとっては嫌味に聞こえてしまったらしい。
「ひどい! 視力が、戻らない方が良かったって言いたいの?! 君は、私のおかげでアンズちゃんの顔を裸眼で見られるようになったんだよ?」
しまった……言いすぎたかもしれない。
(よし。少し話題を変えよう)
「なるほど。無理に聞くつもりはありませんよ。だけど、確か、あの時……“他の天使族の女性なら、私より魔力がある”って、そんな話をしていませんでしたか?」
俺は当時の状況を思い出そうとしたが、記憶がぼんやりとしている。
一方、オオバコさんは誤魔化したかったのか、急にアンズの話を蒸し返した。
「そうだ! アンズちゃんの膝枕、どうだった?」
「良かったですよ……天国でした」
「アハハハハ! 生き延びることができて、本当に良かったね〜」
俺の返事がツボに入ったのか、オオバコさんは爆笑している。
(さっきは、責めすぎたかもしれない。視力が戻ったのなら、もう……受け止めるしかないよな)
「あっ。視力も、悪いことじゃないし、むしろ嬉しいですよ……。裸眼で、アンズの顔が見られたので、満足してます」
「そう言ってもらえると、こちらとしても気が楽になるよ。じゃあ、明日まではゆっくり休んで!」
オオバコさんは、さっきのオウレン先生と同じように、そそくさと立ち去っていった。
その姿が見えなくなってから、俺は、一言呟いた。
「明後日、どこかに連れて行く気だな……」
案の定、その勘は当たっていた。