【三族山編】理路整然〜先生と会話〜
俺は研究者だ。名前は、アダム・クローナル。
いきなり自己紹介を始めたのには、理由がある。状況を整理したいと思ったからだ。
教祖らを追っていた時、槍の穂先が左頬をかすめ、出血した。その穂先には、致死量の猛毒が塗られていた。本来なら、あそこで命を落としていただろう。再び、異世界に転生していてもおかしくなかった。
しかし、幸運にも、俺の傍にいたのは天使族のオオバコさんだった。彼女の回復魔法に救われ、俺は九死に一生を得た。
『生きてたんだから、それで結果オーライじゃん!』
そう言う者もいるだろう。
だが、断る。
俺は研究者だ。興味を持ったことを、曖昧なままにしておくわけにはいかない。納得できるまで突き止めなければ……気が済まない。
さて、本題に入ろう。俺自身、どうしても確かめたいことが2つある。
1つ目――なぜ「胃洗浄」という言葉が出てきたのか、について。
オオバコさんは、俺の症状を見て、「解毒薬がない場合は胃洗浄が必要」と言っていた。俺自身も混乱していて、その言葉を鵜呑みにしてしまったが……冷静に考えると、それは“経口毒(毒を口から取り込んだ場合)”の処置方法だ。今回は槍傷を通じて、毒が血液に入り込んだ。ならば、本来の対処は、傷口の切除や輸液投与などが適切なはず。
2つ目――回復魔法について。
オオバコさんの回復魔法は、単に毒を除去しただけではなかった。
なんと……視力まで回復していた。今や、裸眼で世界がはっきり見えるようになった。メガネをかける必要すらない。
(一体、どちらも、どういうメカニズムなんだ……?)
「答えが知りたい」
その言葉とともに、俺は目を覚ました。
「ここは……」
危険薬物を検査してもらった時に泊まった場所――ニカさんの家だろうか。
俺の声に反応して、近くの椅子に座っていた人物が立ち上がり、声をかけてきた。
「いいですか? 落ち着いて待っていてください」
(リュウコさんだ。やはり、ニカさんの家に来たんだ)
リュウコさんは慌てて、部屋を出て、誰かを呼びに行った。
一方の俺は、アンズに膝枕してもらった後、視力が戻っていたことに驚いて……。
(その間に、何が起きて、ここまで運ばれてきたんだ?!)
ベッドで横になったまま、動揺していると、リュウコさんと違う足音が聞こえた。
現れたのは、尖った耳に、シルクのようなクリーム色のロングヘア――オウレン先生だ。
「あの……どうしてここに?」
「あら、アダムくん。体調はどう?」
オウレン先生は、俺の額に手を当てて、熱があるか確かめてくれた。
「熱はなさそうね。そうね、ここに来たのは、オオバコちゃんに呼ばれたからよ。事情も聞いたわ。あぁ……無事でよかった。2日間も眠りっぱなしだったから、心配だったのよ。本当に、よかった……」
オウレン先生の顔に、はっきりと安堵の色が浮かんでいた。
(嘘だろ……2日間も寝てたのか?! 意識を失っていた間、どれだけ周りに迷惑をかけていたのだろうか……)
だけど、今はそれよりも――。
「オウレン先生、聞きたいことがあります」
俺は、ゆっくりと上体を起こし、焦る気持ちを抑えながら、冷静に問いかけた。
「槍先の毒が左頬の傷から入ったときに、オオバコさんが“胃洗浄が必要”って言ったのが気になって……。それと、回復魔法についてです。オオバコさんの魔法で、俺は視力まで回復してしまい、メガネなしで、ものがはっきり見えるように……。一体、どういう原理なんですか?」
オウレン先生は、表情を曇らせながらも、椅子に腰を下ろす。そして、言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めた。
「アダムくん。あなたのように“理屈”を求める研究者にとって、納得のいく答えになるかはわからないけれど……ちゃんと説明するわね」
先生は胸に手を置き、話を続けた。
「まず、毒のことから。あなたが浴びた毒は、自然毒を、ある魔法で改良したもの。“魔毒”という分類に入るわ。この魔毒には、特定の器官――胃に集中する性質があるの」
「それは初耳です……」
「魔毒は、たとえ傷口から入っても、体内を巡る過程で、すぐ“胃”に吸収されるの。あなたのように理論を重視にする人にとっては、非合理に思えるかもしれないけれど……この世界の毒の仕組みは、あなたが転生前に学んだ科学と、少し違うのよ。その理由は【魔女狩り】。当時、悪魔の前王は、天使族以外の女性たちを集めて、毒の耐性を極限まで調べる――非道な人体実験を繰り返していたの」
俺は、思わず固唾を呑んだ。
「その実験の結果、どこから体内に入っても、毒が最終的に胃に集まるよう、魔毒が設計された。つまり、魔毒は必ず胃に集まる。だからこそ、そこを浄化できれば、毒そのものを体外に排出しやすくなる。助かる確率も、ぐっと上がるわ。それが、オオバコちゃんが“胃洗浄”を選んだ理由よ」
(ふむ。それなら理屈は通る。魔毒だと、出血毒も経口毒のように、胃に集約されるということか)
「魔毒が胃に直結するように設計されたのは、何の理由が……?」
「前王様は、胃の老化が加速すれば、栄養吸収や魔力生成が不安定になり、全身の老化が進むと考えていたの。逆に、胃の組織を“耐性”で固められれば、老化を食い止められるってね……。そんな身勝手な興味のために、女性たちを犠牲にして、非道な実験を繰り返したのよ……」
オウレン先生は、憤りを感じ、両手の拳を強く握りしめた。
俺は続けざまに質問しようと、口を開きかけたが――。
(先生の様子が、変だ……)
拳だけでなく、肩まで、小刻みに震えていた。
「オウレン先生?」
呼びかけると、オウレン先生は、はっと目を伏せ、首を横に振った。
「ごめんなさい……大丈夫よ。私は……もう、過去には流されないって決めたのに……」
しまった。今にも泣き出しそうな顔をしている。
(どうしようか。先生も、何かつらい過去があったのか?)
なんて声を掛けようか悩んでいたところ、突如、明るい声が部屋に響いた。
「ヤッホー! お待たせ〜!」
オオバコさんが元気よく、俺たちの前に現れた。
「オウレン! 未来の婚約者が呼んでるよ! これから、デートなんでしょ?」
両手に木のトレイを持ちながら、あっけらかんとオウレン先生のプライベートを暴露している。
(いや……待てよ?)
「えっ。婚約者? 未来のって……もしかして! オウレン先生、付き合ってる人がいるんですか?!」
つい、いつものクセで眉間に手を当てる――が、鏡もないのに、オウレン先生の表情がはっきり見えていた。
(そうだ! 俺はもう、メガネなしで、なんでも見えるんだった……)
「おっ、オオバコちゃん! 内緒にしてって、言ったでしょう!」
オウレン先生は、さっきの泣きそうな表情とは打って変わって、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「うん。でもさー、どうせ、すぐウワサになるから、バレちゃうよ〜。だって、みんな、同じ学校なんだし」
「ちょ、ちょっと……もうっ……! アダムくん、お大事にねっ!」
真っ赤な顔のまま、オウレン先生は、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
<余談>
アダム「しまった。回復魔法について、聞いていないッ!」
オオバコさん「任せて! 次回、私の方で説明するよ!」