【三族山編】背水之陣〜悲鳴と共鳴〜
【※注意】火事・蛇に咬まれる描写があります。苦手な方はご注意ください。
教会内が、またしても大混乱に陥る。
「火事だ……! もう終わりだ――!」
迫り来る炎を目の当たりにして、全員、足が竦み、焦燥感に駆り立てられる。
(このままじゃまずい! 熱傷か一酸化炭素中毒で、全員死んでしまうぞ……)
しかし、そんな俺たちの焦燥感を察したのか、教会の入り口に、母さんと花火師の姿が見えた――。
オオバコさんを含め、3人はすでに話し合っている。
「おいおい! 大変なことになってるよぉ! まぁ、俺は花火師なんで、消火セットは持ってるけど、今は避難が先だな!」
「そうですね。まずは奥の方から順番に入り口へ出てください! えっと……オオバコさん。教会にいる全員を公園まで誘導できますか?」
「了解。任せて!」
すぐさま、母さんたちは、信者の群衆を小グループに分けて、手際よく避難誘導を始めた。
(ありがたい……!)
俺たちも、急いで、ステージを下りる――教祖も一緒に。
(教祖には、しっかり裁きを受けてもらう。だから、今は助ける……)
その直後、シンイさんとルパタが、教会の最前列から入り口にかけて、防御魔法でバリアを張ってくれた。
(このバリアなら、火の粉を弾いてくれる!)
さて、避難が進み、教会内に残っているのは、俺とアンズ、フォレスト家の3兄弟と教祖。あとは――さっきの少女だけだ。アンズが「行こう?」と手を差し出す。
けれど、少女は首を横に振る。
「ごめん。やり直せるか、自信がないから……やっぱり……」
一瞬、振り出しに戻るような気配を感じたが、杞憂だった。
母さんが俺たちのもとへ駆け寄り、アンズの代わりに少女の肩に手を添え、優しく声をかけていた。
「自信がないのは、まだスタートに立っていないからでしょう? ここで終わったらダメだと、私の息子が教えてくれたじゃない。私も、自分がやってきた償いをすぐに返せるとは思っていない。だからこそ、生きるの。ほら、行きましょう……」
母さんは少女の手を引いて、入り口の方へ歩き出す。
(母さん……。俺の話を聞いてくれてたんだ……)
しかも、“私の息子”だと言ってくれた――それが、何より嬉しかった。
だが、感激に浸る暇はなかった。
まずは、生き延びることが何よりも最優先事項だった。
△▲△△▲△
三族山内公園にて――。
「全員避難できたかな?」
オオバコさんが、俺の母さんに話しかける。
「はい。確認してきました。オオバコさんのおかげで、全員無事です」
「よかったね……心臓が止まるかと思ったよ……」
俺も公園内を回り、怪我や体調不良の人がいないか確認した。幸い、母さんたちの初動対応が良かったおかげで、誰一人取り残されていなかった。信者の人たちも、生き延びることができた安堵からか、泣き出す者と、抱き合って喜び合う者しかいなかった。
そんな中、先ほどの少女が、俺とアンズの前に現れた。
「さっきは……ごめんなさい。私、弱い人間です。でも、教祖が自ら教会に火をつけたのを見て、覚悟を決めました。自分の力で、一からやり直そうと思う……」
「うん。その一歩を踏み出しただけでも偉いよ!」
アンズは、普段通り、元気付ける言葉をかけた。俺も励ましの言葉を添える。
「まぁ、そんなに自分を追い詰めなくても……助けてくれる人や君の味方は、きっとどこかにいるだろう。元素がお互いに助け合うように、誰かが君のことを必要としている。そんな気がするんだ」
(あぁ、君に言いたいことは全部言い切った。どう生きるかは、君次第だ)
なんて返事が来るか、わからない。
でも、少女は、意外な単語に反応して、顔を上げた。
「元素……!」
少女の瞳が、花火のように輝く。
(もしかして……)
「私、決めた。花火の仕組みとか知りたい。科学の勉強、やってみたい!」
(おっと……科学オタクが、もう一人増えたな。嬉しい悲鳴――いや、ここは“共鳴”とでも言っておこうか。研究者としての矜持にかけて)
近くにいたシンイさんや、アンズのバイト先の人たちも、その話を聞いて、感銘を受けていた。
「うん、挑戦する姿って本当に素敵。ワタシたちも負けてられないっ! 図書館併設カフェの計画もあるし、もっとお店を盛り上げていこう!」
「おぉー!」
そして、信者の人たちは、宗教団体としての活動は不可能だと悟ったようだ。少女の決意を聞いて、各々が覚悟を決めた表情をしていた。
「俺たち、ただ居場所が欲しかっただけなのか……」
「そうだよ。自分のことは、自分自身で解決するしかないんだよなぁ……」
「にしても、現実の問題は山積みだよな。明日から、どうやって生きていけばいいんだろ。どこで働けば……」
信者たちの愚痴を聞いて、花火師が檄を入れる。
「困ってんなら、うちのところで働いてもいいし、ダチに相談して、働き口を用意しとくよ〜?」
「本当に?」
「花火師になろうかな?」
みんな、花火師に話を聞きたいのか、その中心に集まっていく。
新たな一歩を踏み出した人々の背中を見つめながら、アンズは俺にあたたかい笑顔を向けた。
「全員無事で本当によかったね。それに今、希望に溢れている感じがする! アダムの実験が、すごくいい刺激になったんだと思う」
「違う……アンズのパフォーマンスが良かったんだ。科学と音楽の融合、楽しかったな」
「えっ!」
本心を言っただけだが、アンズは目を丸くして、頬をほんのり赤く染める。
「今日の歌は、いつでも……歌ってあげる。あの、アダムは――」
アンズは何かを伝えたそうにしていたが、突然、エバスの呻き声がした。
「痛ぇ!」
「あっ……! 蛇に咬まれてる?!」
ルパタが急いで、木の枝を手に取り、エバスの腕に絡みついている蛇を攻撃する。
だが、次の瞬間――蛇の体が黒い霧に包まれ、音もせず、まるで最初から何事もなかったかのように姿を消した。
「あれ……どこに消えたんだろう? 何が起きてるんだ?!」
ルパタは、ただの蛇ではない“何か”を見てしまったようで、酷く怯えた顔をしていた。その名残だろうか――ルパタの手から木の枝が滑り落ちる。
「チクショー! 兄ちゃん! 痛みで拘束魔法が解けてしまったッ!」
ルパタだけでなく、エバスも動揺している中、誰かの悲鳴が響いた。
「教祖が車の中に逃げ込んだぞ! 誰か、誰か止めろーっ!」
その叫びと同時に、黒い車がエンジンを始動させ、そのまま猛スピードで逃走した。