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【三族山編】起死回生〜毒ガス変じて薬となる〜

 俺は、プロジェクターを取り出し、端末の画面をモニターに映す。そこに表示されていたのは、化学兵器(毒ガス)の製造場所と、その搬入ルート――母さんが極秘に入手した情報だ。


「ご覧の通り、毒ガスの搬入ルートは判明しています。まず、俺はこの情報を元に、製造元の施設に向かいました。そこで、研究取扱者の資格証を提示し、『この毒ガスを絶対に流出させるな』と助言したところ、施設側は即座に製造と出荷を停止してくれた。まぁ、資格を取り消された人物よりも現役の資格保持者の方が、信ぴょう性があるからな」


 ()研究取扱者である教祖を睨みつけながら、話を続ける。


「そして、教祖が使用する予定であった毒ガスの成分を解析し、毒性を極限まで抑え、“薬”として再設計しました」

「そうだったんだ。アダム……裏で色々対応してくれてたんだね? でも、待って! その注射、“毒入りの薬”ってこと!? ダメじゃんそれ!」


 隣でアンズが鋭いツッコミを入れると、どっと信者たちの間にどよめきが走る。


「確かに、歌姫の言う通りだ!」

「そうだー!」


 信者たちも、次々とアンズの味方につき、声を上げ始めた。


(すごいな、アンズ。第2王子のダンさんと同じように、人を惹きつけるカリスマ性があるんだな……)


 感心しつつ、解説を再開することに決めた俺は、マイク越しに、アンズと聴衆に話しかける。


「さて。アンズに、ちゃんと話すから、そこの信者の皆さん(あんたたち)も耳をよーくほじくって、脳みそに叩き込む勢いで聞いてくれ――」


 俺の発言と同時に、オオバコさんが「シーッ」と口元に指を当てて、『静かにしろ』と合図した。

 その合図を見た信者たちは、慌てて口をつぐみ、全員、真剣な表情で俺の方を見つめていた。


「この薬は、元の毒ガスと比べて、毒性が圧倒的に軽減されている。むしろ、薬として優秀なものだ。なぜなら……毒ガスの構造を、“科学の力”で改良したからな」

「そっか。じゃあ、その薬で誰かが救われるのなら……すごく素敵なことだよね。毒が、希望の薬になるなんて……」


 アンズはすぐに理解してくれた。しかも、研究者としては、胸が熱くなるような、前向きな解釈だ。


「あぁ。俺たち研究者は、病や苦しみに希望を届けたい一心で、薬を開発してきた。こうして、“毒”だったものが、“薬”として生まれ変わり、人を救えるようになった。この巡り合わせこそが、“奇跡”なんだよ。神の祝福なんて、いらないさ。だって、“奇跡”っていうのは、人々が知恵と努力、そして信頼で積み重ねてきたものだから……」


 一呼吸置いて、今回、“奇跡”を支えてくれた人々に思いを致す。


「今日のパフォーマンスは、研究者たちの知恵と努力の結晶――それだけじゃない。アンズ、母さん、フォレスト家の王女・王子たち、アンズのバイト先の仲間たち。そして、何より……ここにいる皆の“信頼”があったからこそ、達成できたんだ」


 その時、オオバコさんと視線が合う。すぐにニッコリ笑ってくれて、力強く頷きながら、信者たちに見せつけるように、注射製剤を掲げた。


「もしかしたら、この話を“仲間と協力しているのだから、当たり前”だと思う人もいるかもしれない。でも、その“当たり前”を噛み締められるのは――俺たちが()()生きているからだ。生きているってだけでも、本当は十分に恵まれている。それなのに……毒に侵され、仲間に裏切られ、心も体もボロボロになって苦しむなんて。そんなの、“奇跡”でも“祝福”でもない!」

「ま、待ってくれ! その言い方だと、神の祝福は……?」

「あんなのは、“神の祝福”ではない。“悪魔の囁き”――薬物乱用だよ」

「嘘だろ……!」


 やはり、教祖は本当の事実を一切、信者たちに知らせていなかったようだ。


(絶望した顔をしている……無理もない。信じていた相手に裏切られた上、殺されかけたのだから)


「……花火が、見たいな」と言っていた、俺と同い年くらいの女の子は、その事実を知って……特に絶望していた。わなわな身を震わせながら、床に落ちていたナイフを掴み、それを自分の首に押し当てる。


「もういい……花火も見られたし、死んで償う……!」

「何を言ってるの!?」


 アンズが声を張り上げ、慌てて、少女のもとへ駆け寄ろうとする。

 その前に、俺は、手を広げて立ち塞がった。


「アダム……?!」

「アンズ、ダメだ。ここにいて」


 アンズの()()()()()()を制してから、自暴自棄になった少女の方を向き、研究者としてではなく、俺自身の思いを吐き出すことにした。


「そこのお嬢さん……逃げようとするな。“死んで償う”? そんな甘ったれた発言――本当の神様こそ、許さないだろうよ。君は、まだ若い。人生は長いのだから、今からでもやり直せる。この注射製剤だって、最初は“絶望”の象徴だった。人を脅かす毒ガスとして、使われてきたんだ。けど、今は――“希望”を届ける薬に生まれ変わった。たとえ過去の過ちがあっても、生きていれば、いつか、誰かのために貢献できる日がやって来る。だから、生き延びろ! 死を逃げ道に使うな!」


(そうだ。俺の妹は、まだやりたいことがたくさんあったのに、叶えることなく、若くして逝ってしまった。死んだら、全てが終わってしまう。お願いだ。簡単に“死にたい”なんて、言わないでくれ――)


 俺の言葉に、少女の手がピタリと止まり、ナイフが床に落ちた。

 その瞳が揺れているのを、俺は見逃さなかった。


 やがて、ぽたぽたと、少女の目から、涙が零れ落ちた。


「やり直せるのかな……?」


 消え入りそうな声だった。

 けれど、少女は、憑き物が落ちたかのように、曇りのない表情をしていた。


(うん、大丈夫だろう)


 “生きたい”という意志が、顔に出ていた。


(それでも、言い過ぎたかもしれない。だけど、現実は甘くない。薬物依存の後遺症から立ち直るには、本人の並々ならぬ努力が必要になる。このくらい言い切らないと、伝わらないんだ……)


「アダム」


 アンズが、そっと、俺に声をかける。


「止めてくれて、ありがとう」

「あぁ――」


(本当は、俺の方こそ、礼を言いたかったんだ。「ありがとう、アンズ」って)


 なのに、伝えることは()()()()()()

 教祖(ヤツ)が、俺たちの会話を遮ってきたからだ。

 

『ははっ……やり直す? そんなの不要だ! 灰にすれば、過去も、罪も、なにもかも消えるんだ!』


 次の瞬間――教祖(ヤツ)は壊れた教壇に向かって、魔法を放った。


 ドォン――!


(なんてことを……!)


 教会が、激しい音を立てて、燃え上がった――。

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