遠い場所へ
頑張って書いています。
カルタさんは向かいの椅子に座ると震えが止まらなくなっている私をさも楽しそうに眺める。
「そんなに怖がらないで下さい。元の生活に戻るだけです。とは言っても、もうアンナ様を他の人間と関わらせたくはありませんので残った使用人には暇を出してしまいましょう。心配しなくても私だけで屋敷の事は周りますので、アンナ様は今まで通りに生活をなさって下さいね。」
カルタさんの手が膝の上で固まる私の手に被さる。
「結婚式はアンナ様がもう少し大きくなってから行いましょう。そうですね、アンナ様の15歳の誕生日にしましょうか。私も結婚式は知識としては知っていますが、実際見た事がありませんのでどんなものになるか今から楽しみです。」
カルタさんは勝手にベラベラと勝手に喋る。カルタさんにとって私の意思など完全無視だ。おまけに人の命など完全に何とも思っていない。屋敷の管理や私の身の回り、また来客の応対もしっかりこなしてしまうので今まではとてもよく出来た人だと思ってはいたが、今考えると人間味が無かったように思える。
「明日の朝ごはんは何にしましょうか。アンナ様がお好きなパンケーキを焼きましょうか。」
カルタさんが優しい笑みで私に言うと大きな音を立てて扉が開いた。
私とカルタさんが一斉に入り口を見ると傷だらけのアリアちゃんが剣を持って現れた。
「私の影を倒したのか。」
カルタさんは立ち上がりアリアちゃんを睨み付けると右手の爪を鋭くさせた。
「お姉様。」
私の姿を見てアリアちゃんは泣き出しそうな顔で私を見る。
「穢らわしい。お前は私の手で引き裂いてやる。」
カルタさんの体は白い獣に変わり、アリアちゃんに飛びかかる。
「やめて。」
私は急いでカルタさんめがけてベギラゴンもどきを唱えた。それは運良くカルタさんに見事に命中してカルタさんは怯んだので、その隙にアリアちゃんの元へ駆け寄る。
「アリアちゃん、無事だったんですね。」
「お姉様。」
私はアリアちゃんの手を引くと部屋を大急ぎで出た。
「アンナ様。」
カルタさんは体制を整え直すとすぐに私達に追いついて目の前に立ち塞がる。
「どうして、私の言う事が聞けないのですか。あれを殺すのでどいてください。」
「嫌です。カルタさんこそ、かつては聖獣として剣を守っていたんですよね。どうして、身勝手な理由で平気で命を殺める事が出来るんですか。」
「穢れを受ける前の私はただひたすらに与えられたお役目を果たすだけの存在でした。無欲で来るはずの勇者を待っていました。ですが、穢れを受け続けて私は変わったのです。今まで役目のために無意識のうちに押さえつけて来た欲が溢れ出しました。欲しいものが欲しいと言うのは人間にとって当たり前の事でしょう。私は人間に近付いたのです。だから、私は大奥様に恩義を感じてカラス家にお仕えしました。そして、見目麗しいアンナ様を愛してしまったのです。」
カルタさんは人間ならこのぐらい当たり前だろうと言わんばかりに私達に言った。
「アンナ様、退いてください。さもないと痛い目をみますよ。」
「お姉様。」
アリアちゃんも無意識にカルタさんの格段の強さを見抜いているようで剣を手から離して私に抱き付いて失禁してしまう。
「なんとみっともない姿でしょう。これが私の待ち続けていた勇者とは滑稽ですね。おまけに私のアンナ様の前でそのようなものを垂れ流して。」
カルタさんは私にしがみついたまま動けなくなったアリアちゃんを罵るとカルタさんの体から強い力を感じる。
「アンナ様、痛いのは嫌でしょう。これが最後です。退いてください。」
カルタさんはこれから何らかの技か魔法を繰り出すのは分かった。そして、それを私は防ぐ事も出来ないのも理解できる。私の魔力も残りわずかで、やれる事は限られていた。
「アンナ様。」
カルタさんの体は金色に眩いばかりに輝き出している。私は一か八かで、ある呪文を頭に思い浮かべてアリアちゃんの手を握りしめた。
その瞬間、私とアリアちゃんは屋敷から離れて真っ暗な地面に叩きつけられた。私の思い浮かべた呪文はバジルーラである。朧げな記憶ではランダムに別の場所に移動する魔法だったと記憶していた。ルーラは自分の知っている所しか行けないのでバジルーラならどこか別の場所に行けると考えたが、その目論見は当たったようだ。
「アリアちゃん、大丈夫。」
私はもうベホマを使えるだけの魔力は残っていないので、ホイミをかける。だが、アリアちゃんの傷は想像以上に深いようで屋敷では相当無理をさせていた事を知る。
私は回復を諦めてアリアちゃんをおんぶすると助けを求める為に人家を探して歩き出した。
小さめのメラを出してその明かりを頼りに人がいそうな場所を探すと、石造りの大きなお城を見つけた。
私は藁にもすがる思いでそこの入り口まで辿り着くと私も体力と魔力を使い果たした反動で意識を失ってしまった。