カルタの正体
よろしくお願いします。
固くて湿ったベッドで迫り来る者に身構えながら寝たふりをしていると扉が開いてゆっくりとベットの方へ向かってくる。
「憎い、お前が来て何もかもがめちゃくちゃだ。」
声の主はアリアちゃんの憎悪を向けて唸り声を上げる。
「大奥様だけでなく、アンナ様も私から奪うのか。それだけでは飽き足らず私が守り抜いていた剣を手にするとは許さない、許さない。」
そう叫ぶと何者かは私めがけて飛びかかって来た。私は瞬間にイオを唱えて私に襲いかかった魔物を離した。
私は炎の魔法を出してその正体を見ようとすると魔物はすぐに窓から逃げて行ってしまった。
「お姉様。」
アリアちゃんは魔物がいなくなるとベッドから出て来た。
「多分、もう大丈夫。」
私は魔物が逃げて行った方向に顔を向ける。
「お姉様、あの声って。」
アリアちゃんも聞こえた声について動揺を隠さないでいたようで私を見る。
私はいつまでもこの場所にいる気が起きなかったのでルーラでアリアちゃんを連れて自分の部屋に戻り、2人で眠れない夜を過ごした。
翌日、私とアリアちゃんは目を覚まして一緒に朝ごはんを食べた。
朝ごはんには私とアリアちゃん、給仕をしてくれるメイドのお姉さんしかいない。他の使用人はアリアちゃんの部屋の襲撃事件で恐れをなして暇を申し出てしまった。なので、今この屋敷にはお姉さんとカルタさんしか使用人はいなくなってしまった。
「カルタさんはいないんですか。」
「カルタ様はお体の具合が悪いらしく部屋でお休みになるそうです。」
心配そうな顔をするだけでお姉さんも詳しい事は分からないようである。
結局、今日一日カルタさんは現れず夜になった。
「お姉様、昨日の魔物ってやっぱりカルタさんですよね。カルタさんは人間じゃないのでしょうか。」
「分かりません。けど、明日になったらカルタさんの所に行ってみようかと思っています。」
「お姉様、大丈夫でしょうか。魔物だとバレたらお姉様も殺されるのではないですか。」
アリアちゃんは心配そうに私に言った。
「とりあえず、明日の事は明日考えましょうか。今日は休みましょう。」
私は明かりを消すとアリアちゃんを寝かしつけると自分も目を閉じた。
眠りに落ちてしばらく経った頃、私は何の前触れもなく目を覚ましてしまった。時計を見ると深夜2時で隣のアリアちゃんは眠りについたままである。私はベッドから降りると夜更けではあったが話をする為、部屋を出てカルタさんの部屋に向かった。
カルタさんの部屋の前に着くと今更ながら、来て良かったのかと躊躇してしまう。引き返して帰ろうかと考えていると昨夜と同じように1人でに扉が開いた。
「どうぞお入り下さい。」
部屋の中からいつもの執事服を着たカルタさんが出迎えた。
カルタさんに勧められて椅子に座るとカルタさんはお茶を淹れ始めた。
「こんな夜更けにどうされましたか。」
カルタさんは2人分の紅茶をティーカップに注いだ。
「あの、お体の具合はどうですか。」
「ええ、休んだおかげで随分楽になりました。ご心配おかけしました。」
カルタさんは私の向かいに座るとお茶に口をつける。
「カルタさん、昨日はどうされてましたか。」
「昨日は一日中屋敷からいなくなられたアンナ様を探していました。夜も疲れたので早めに休みました。」
「昨夜、アリアちゃんの部屋に行ったら魔物が出たんです。その魔物は間違いなくカルタさんの声をしていました。」
「私が魔物で昨夜あれを襲ったと言う事でしょうか。ですが、魔物には声真似をするものも存在すると聞いた事があります。昨夜現れたと言う魔物はその類とは考えられませんか。」
カルタさんは優しい顔をして私を見る。
「ありえないと思います。その魔物はおばあ様と私の事も言っていました。それにアリアちゃんが剣を抜いた事をひどく恨めしく思っていました。魔物がそこまでの情報量を持ってアリアちゃんを襲うとは考えられません。」
魔物の事はよく分からないが、昨夜の内容に対して恨みを持つ人物がカルタさんしかいない。魔物が剣を抜いてアリアちゃんを憎むのはまだ理解出来るが、おばあ様や私の事について話す理由は全く思いつかない。
「なるほど、やはりアンナ様はとても賢い。それで、私がその魔物だとしたらどうされるおつもりですか。」
「私はアリアちゃんが大好きです。これ以上アリアちゃんに敵意を向けるのをやめて下さい。」
「それは私よりもですか。」
カルタさんは冷たく言い放つ。
「私はアンナ様が赤子の頃から仕えております。この世の何よりも慈しみ愛情を注いでまいりました。アンナ様の事を誰よりも理解している自負があります。それなのにアンナ様は大奥様を殺した人間の血が混じった小娘を大切になさるのですか。」
カルタさんは私をじっと見つめたまま立ち上がると私のそばに来た。
「やっぱり、アリアちゃんを襲ったのはカルタさんですね。」
「本当は何もなかったように事を済ませたかったのですが、仕方ありませんね。」
カルタさんの体が黒い影に包まれるとヒグマぐらいの大きさの白い狼のような姿に変わった。