記憶
横倒しになった幌馬車の中で何か食べられそうなモノを探す。
携帯食はゴブリン達に食い散らかされている。
もう食い物はないんだろうか?
商人は武器商人じゃないらしい。
武器は全く見つからない。
防具も全く見つからない。
箱に入っている大量のポーションを見つけた。
何故ポーションだとわかったか?
箱にポーションって書いてあったからだ。
『何で異世界語が読めるんだよ?』
こちらが知りたい。
何か読めるんだよ。
これが"ギフト"ってヤツか。
埋葬した商人が持っていた財布みたいな袋があった。
死者の持ち物を荒らしているようで気が引けるが、一緒に埋葬するか有効活用してもらうかの二択だ。
こんな山の中で幌馬車の中に放置しておくという選択肢はない。
モンスターに荒らされるか、山賊に奪われるかで最悪の未来しか待っていないだろう。
金銭が入ってるか、と手を突っ込んでみる。
小さな袋だと思ったが、腕がまるごと入る。
これはもしかして・・・四次元ポケットみたいなモンなんじゃないか!?
試しにポーションを5本入れてみる。
まだ入る。
10本入れて見る。
まだ入る。
全部入れてみる。
まだ入る。
これはかなりの優れものだ!
僕は幌馬車の中の物を片っ端から入れた。
何で商品を全部この袋の中に入れなかったんだ?
仮説を立てる。
この袋は魔力仕掛けだ。
この袋はラノベなんかでよく見る『アイテムボックス』だ。
この袋は商人の持ち物ではない。
金持ちに依頼されて仕入れた物だ。
だから商人はこの袋を使う事が出来なかった。
その証拠に袋は未使用、中身は空だった。
袋は超高級品だから、商人が肌身離さず持っていた。
そう考えると色々辻褄が合う。
きっと『アイテムボックス』は庶民が持てるようなモノじゃない。
えらいモノを手に入れてしまった。
返せなんて言われても、もう返せない。
幌馬車の中に何もなくなってきた。
ごちゃごちゃと色々ある上にひっくり返っているんで余計に訳がわからなかったが、だいぶ幌馬車の中はスッキリしてきた。
だいぶ片付いてきたら、小さな檻が片隅にある事に僕は気が付いた。
檻の中にはまだ子供の獣人が入っている。
動かない。
幌馬車がひっくり返った時にショックで気絶しているのだろうか?まさか死んでいるんじゃなかろうか?
僕は檻を開けようとしてみる。
檻は外からは簡単に開くけど、内側からは絶対開かない仕組みになっていた。
まるで拉致仕様のワンボックスカーみたいな作りだ。
檻を開けて、子供を外から引っ張り出す。
良かった、意識はないけど生きているみたいだ。
子供は狼の獣人の女の子なようだ。
"天の声"が言っていた『狼人族』かも知れない。
もし狼人族なら群れで生活する習性があるはずだ。
一人でこの魔物が出る森の中に置いていかれたら命を落とすしかないだろう。
そうじゃなくても小さな子供が森の中、しかも意識がない状態で置いておかれて生き残る方が奇跡だろう。
僕は女の子をおぶると幌馬車を後にした。
「どうすんだよ?」
誰かを助けたくないわけじゃない。
でも助けている暇がないのだ。
自分の衣食住が不充分な状態で、知らない女の子を助けている場合じゃない。
それはわかっているけど、女の子を見捨てる事は出来なかった。
「腹は減ったけれど、空腹は今夜は我慢してとりあえず寝床になる場所を探そう」
僕はそう方針を決めた。
街道から離れればモンスターは増える、でも山賊は減るだろう。
街道沿いを行けばモンスターは減る、でも山賊は増えるだろう。
悩むまでもない。
僕は街道沿いから離れて森の中に入って行った。
理由は単純、『人間を殺す覚悟が出来ていないから』
ゴブリンみたいな人型の二足歩行のモンスターを殺したのですら、実は吐きそうになった。
殺さなければ殺されていた。
『コイツらは殺さなければ』という強い怒りがあっても結局は罪悪感に潰されそうになった。
こんな状態で山賊と命をかけて闘える訳がない。
それに今は子供を連れている。
子供にそんなスプラッターな光景は見せたくない。
僕は森の中に入って行った。
「ん、ん、ん、あれ?ここは?」
背中の女の子は目を覚ましたみたいだ。
「目が覚めた?」
僕は顔をそちらに向けずに声をかける。
「お姉ちゃん、だあれ?」少女は僕に当然の質問をする。
そりゃそうだよね。
寝て起きて突然おぶられてたら疑問に思わなきゃ変だ。
「僕はね・・・あれ?僕って何て名前だっけ?」
僕は異世界へ来たんだよ。
どこから来たんだっけ?
僕は異世界へ来たんだよね?
それも夢だっけ?
おかしいぞ?
転生の記憶がほとんど消えてる。
いや、消え始めてる。
「僕はね、ごめん、誰だか覚えてない」
「え?」