猫
『貴方はここから異世界生活をスタートさせます!』
「暗い」
『夜ですから』
「街灯とかないの?」
『異世界に電気はありません』
「夜は真っ暗なの?」
『松明などないことはありませんが、基本的に異世界では夜は活動しません』
「つまらない世界だね。
一日の半分は夜なのに」
『科学の代わりに魔術が発展している世界ですので』
「だったら魔術の街灯とかないと・・・」
『ありますよ?』
「あるの?」
『ただ貴方が住むところにはありません。
地球だって街灯がないような田舎はあるでしょう?
それに街灯があったとして、今の時点では使えませんよ?
だって貴方は魔術が使えないのですから』
「僕は魔術は使えないの?」
『いえ、鍛練次第で使えるようになります。
絶対魔術が使えないのは"魔力のない者"です。
貴方には莫大な魔力があります。
"転生ギフト"というヤツです』
「"転生ギフト"?」
『転生者は決定的に異世界の知識が不足しています。
"ギフト"がないと簡単に命を落としてしまいます。
ギフトは転生者全員に与えられる物です。
ギフトは四種類あります。
"身体能力" "魅力" "魔力" "言語能力"』
「チート能力ってヤツね」
『ちーと?
あぁ、貴方たちが言う"ちーと能力"は別にあります。
ギフトは"異世界を生き抜く為の能力"で"ちーと能力"は転生を受け入れてくれた者への褒美です』
「ふーん、まぁどうでも良いけど。
思うに"転生"じゃなくない?
"転移"だよね?
"転生"って"生まれ変わり"だよね?
僕は死んでないし、生まれ変わりじゃないし」
『"転移"でもありませんよ。
貴方は"貴方"として異世界へ行くのではありません。
"新たな肉体を得て"異世界へ行くのです。
貴方であるのは"記憶"と"魂"のみです。
だからステータスを自由に弄れるのです。
そういう意味では"転生"と呼んでも差し支えないでしょう』
「僕じゃない?
じゃあ僕はまだ何に生まれ変わるか決まってない?」
『その通りです。
ただ、貴方の肉体はある程度成熟したところからスタートします。
産まれたところからスタートする訳ではありません』
「そもそも人間になれるの?
鳥とか魚に生まれ変わる可能性は?」
『貴方がそう望むのであれば魚に生まれ変わる事も可能です』
「いやいやいやいや!
好き好んで魚にはならない!」
『で、あれば亜人はどうですか?』
「亜人?」
『亜人であれば人間と交流もあり、人間の食料として狩られる事もありません。
それに貴方は言ってましたよね?
"夜暗いのが嫌"だって。
夜目が効く亜人種に転生すれば良いんですよ。
・・・そうは言っても夜目が効く亜人種で人間と交流がある種類は限られてるんですけどね』
「どんな種類がいるの?」
『狼人族と猫人族ですね。
でも狼人族はオススメしません』
「それは何で?」
『狼人族は群れを作ってリーダーに絶対的権力を置くんですよ。
人間が狼人族に仕える事はありません。
つまり狼人族として人間と関わる、という事は人間に仕える、つまり人間の奴隷になるという事です』
「それ倫理的に問題ないの!?」
『異世界は中世的な倫理観です。
それに主人に奴隷として仕えるのは狼人族の幸せです』
「じゃあ消去法で猫人族しかないじゃん」
『いや、人間でも・・・』
「折角転生するなら今と同じじゃつまんないし、それに夜も生活したいじゃん?」
『わかりました。
猫人族で・・・』
「ちょっと待ってよ。
少しくらい転生前のパーソナルデータ残してよ。
あまりにも変えると全くの他人みたいだよ」
『全くの他人ですし。
貴方なのは"記憶"と"魂"だけです』
「ちょっとで良いからさ。
パーソナルデータを残してよ!」
『そこまで"自己同一性"にこだわりますか。
わかりました。
少しだけパーソナルデータを残しましょう。
しかし少しだけですよ?
例えば身体能力を大幅に向上させるのは異世界を生き延びるのに必要な改変なのです』
「わかってるって!
"自分"ってわかる部分がないと"自分"を愛せそうにないんだよ。
それだけの事なんだ!」
『人間とは難儀な生き物ですね。
では転生を開始いたします』
身体がぐにゃぐにゃとスライムのように溶けていく。
溶けた身体が再び、人の形に戻っていく。
どうやら転生が完了したらしい。
僕は虚空に向かって叫ぶ。
「おい、こら!
これはどういう事だ!」
空から声が降ってくる。
『どうもこうもありません。
最大限、貴方の希望を聞いた転生ですが?』
「希望!?
どんな希望を聞いたんだ!?」
『猫人族で、ある程度パーソナルデータを残しました』
「どこがパーソナルデータを残したんだよ!?」
『残しましたよ、残せる範囲内で。
例えば貴方は"右利き"ですね?』
「そうだよ、それがどうしたんだよ?」
『"右利き"というパーソナルデータは残しています。
あ、どうでも良い話ですが猫の雄って全員左利きなんですよ』
「つまり右利きって事は・・・。
だから僕は・・・」