あの時の君へ(夏のホラー2022参加作品)
ラジオなんて古臭い、そう思ってはいないだろうか?
僕はたまたまアルバイト先に流れているラジオを聞く機会があった。でもそのほかでラジオが聴ける場所なんてすぐ思いつくだろうか?
ラジオと聞くと僕の父、いや祖父の時代の趣味だと笑い飛ばしていないだろうか?かつては僕もそんな若者の一人だったかも知れない。
でもあの時、偶然にも僕はラジオと出会った。
偶然そのアルバイト先の人がラジオを聴いていて、偶然そのチャンネルに波長を合わせていた。たまたまが重なった出来事だけど、僕はその時確かにラジオに出会い、ハマってしまったのだ。
具体的には土曜夜21時からの特別な番組だけ、欠かさず聴くようにしている。
ハマるきっかけなんて些細なものだ。
彼女に一方的に別れを告げられて、ご飯も喉を通らないくらい落ち込んでいながらも無気力にいつもの習慣でバイト先の扉を開いた。
そこは東京の外れにある小さな探偵事務所。張り込み前の仮眠を取った後の寝ぼけた頭に強烈なフレーズが飛び込んで来たんだ。
“クヨクヨすんな!顔を上げろ!胸を張って前を向け!ツラい事なんて笑い飛ばせ!”
と、威勢のいい女性の励まし。
その声はたまたま行っていた悩み事相談のコーナーで、絶対に僕に向けられたものでは無いのはわかっているんだけど、胸を打つってああいう事を言うんだろうな。僕はそれからすっかりそのパーソナリティの事が気に入って、スマホにもラジオアプリを入れて毎週欠かさず聴くようになったんだ。
“Hi、上原みなみとのAn overnight encounter、今夜も始まりました。東京・青山からみなみ風をお届けいたします“
今週も小気味良い、元気なトークが聞こえて来る。この声をいつから僕は楽しみにしていたんだろう。いつのまにかラジオの内容よりもその声が聞きたくて毎週チャンネルを合わせていたような気がする。
ラジオって不思議なんだ。
映像がない分、ついつい聞き流してしまうんだけど、いい加減に聞いているようで、大切な言葉はだけは何故か強調されて耳に残ってるんだよね。
あの時もそうだった。何度目の失恋か数えきれなくなった頃にまた出逢った一人の女性、ちょっと僕には背伸びするようなお店ばかり行きたがる大人の女、って感じの人と付き合い始めた時の事だ。その日はデートの予定もなく一人で部屋の中でラジオを聴いていると
“そんな女辞めときな!”
偶然こんなフレーズが耳に飛び込んできてびっくりした。
前後の文脈はわからない。完全に聞き流していたからそれまでの流れもわからないんだけど、僕はその言葉がずっと耳に残っていて、なんだか僕の状況を見透かされたような気がして、それ以来、あの女性とは疎遠になってしまった。
数ヶ月後に仕事で結婚詐欺師を追っていた時に、その女性の名前を見た時には本当にビックリしたよ。たまたまなんだけどあのラジオに助けられたようなそんな気がした。
バイト先の探偵さんにその話をしたら笑い飛ばされた。潜在意識の中にある危険を察知する本能が気になるワードを強調して耳に残すんだとか。よくある事らしい。
まあ、そうだよね。僕が悩みを投稿したわけでもないのに、みなみさんが僕に向けて喋るわけがない。そんな事が起こるわけがないんだ。
たまたまだよ、たまたま。
でも、もう一度だけ、もう一度だけ不思議な事が起こったんだ。
あれはある暑い夏の昼下がりの事だった。
その日は金曜日でいつも聞いているラジオの時間じゃなかったんだけと、ただなんとなく面白いチャンネルが無いかなあ、と道端をトボトボと歩きながらスマホをいじっていたんだ。
道の先には黒っぽいような虫が僕を案内するように飛び跳ねて進んでいく。
あの虫の名前はなんだっけ?道教えとか言ったかな?
なんて考えながら好きな音楽を探してチャンネルを回し続けていた時の事だった。
金曜日なのに、
全然違うチャンネルなのに、
みなみさんの怒鳴り声がイヤホンに轟いたんだ。
“逃げろ────っ !!!”
僕はビクッとした、少し飛び跳ねたかも知れない。
まるでそこに彼女がいて耳元で怒鳴られたかのようだった。有無を言わさない強い言葉で、僕は思わず「はい!」と答えて走り出した。
その直後だった。
僕が立っていた場所を中心として半径10mほどの地面が地響きを立てて崩落したんだ。
雷のような音がした。
飲み込まれて悲鳴を上げている人もいた。止まりきれなかった車が飛び込んで酷い音が響き渡った。怒声が上がり、人々が逃げ惑う姿が見えた。
騒然とする現場の片隅で、僕はビルの壁にもたれかかって荒い息を吐きながら手の中にあるスマホをじっと見つめていた。
遠く、救急車のサイレンが響いてくる中
その時スマホのラジオは泣き叫ぶ人々を慰めるように、優しいBluesを歌っていたんだ。
…
次の日、僕はその出来事を最近付き合い始めた大学生の女の子に打ち明けた。笑われるかと思ったけどそんな事は無かった。
ひとしきり僕の無事を喜んでくれた後、その子は僕のスマホをジッと見つめた。
「色々見ていてくれたみたいね、ありがとう」
(ちょっと妬けちゃうな)
何か呟いていたようだけどよく聞こえなかった。そう言えばちょうど土曜日の21時、きっかけになった番組を彼女に紹介しようとした時、急に首筋に細い腕が回されて、僕はベッドに押し倒された。
「心配させないでよね、馬鹿」
そう言ってくれた彼女の背に両腕を回し、柔らかく抱きしめる。
片耳だけ残ったイヤホンからは今夜もちょうど始まったみなみ風が届いていたけれど、それも優しく外されて今夜は聴くことができなかった。
でもいいんだ。目の前にもっと夢中になれる人がいるんだから。
僕は聞く事はなかったが、その時サイドテーブルに転がされたイヤホンからは、二人に届かない祝福の言葉が届けられていた。
“Hi、上原みなみからのEternal blessing。今夜は先に一言言っておくぜ!
若者たちよ!オ・シ・ア・ワ・セ・二!”