緊急討伐と推薦と
オオカミ討伐自体は直ぐに終わった。オオカミの後ろから僕が奇襲をかけ、インファイトをしている隙にゲルの攻撃。オオカミの首に矢が刺さり、力が抜けたところで剣を頭部へ突き刺した。
問題はそこからだ。いや、問題と言ってもそこまで大したことではない。オオカミの血抜きを教わっているところで、森の中からクレイボーンが現れたのだ。
後からゲルに聞いてみたところ、この辺りでクレイボーンが湧くのは珍しいらしい。昨日の遺跡で会ったぶりだが、相変わらず気持ちの悪い見た目をしている。
「倒すぞ、イスリ」
「ん」
モンスターが現れた場合の緊急対策マニュアル、的なものを読んだことはないが、恐らくこういう場合の適切な対処は村の門番や衛兵に通報することだろう。
ただゲルは、あたかも当たり前かのようにそう言い放った。なるほど、クレイボーンというモンスターは村人から見ても討伐対象となり得るのか。即避難かと思ったが、違うらしい。
そして、職業軍人ではない狩人が討伐を迷わないレベルのモンスターということは、実力的におおよそ危険では無いということか。
「おれが援護する。前衛、頼むぞ」
「わかった、僕に矢を当てないでね」
軽い調子で返事をして、腕当てを剣へ持ち直す。この剣の長さも昨晩研究したのだ。そして見つけた最適な長さ。ロングソードにしては短く、ショートソードにしては長すぎる。
いわゆる半剣というものだ。腕当ての重さがほとんどないということで、半剣でも片手運用が可能な点が強い。片手で携えた場合はリーチが長く、両手の場合は力強く振り回せる。
今回の場合、僕は両手で銀の半剣を握った。粘土を塗り固めたような動く人形を前に、小さく息を吸い意識を集中する。オオカミの時とは比べられないほどの緊張感。
斜めに振り下ろされた腕を、ベクトルに沿うように剣を滑らせると、地面を蹴りクレイボーンの横をすりぬける。そして間髪入れずにゲルの放った矢が胸を貫いた。よろめく粘土の塊へ、背後から全身の力を伝えるように剣を振り抜く。《暗殺術》スキルのひとつ《背撃》により攻撃力が増大した斬撃は、クレイボーンを両断するのに十分な威力を持っていた。
「ほっ」
まあ楽勝だった。安堵の息を吐いていると同時に、後ろからポンと肩を叩かれる。いい動きだったぞ、という言葉が聞こえ、口元が緩むのを自覚する。
「ありがとう」
こういう時は、そっちもいい射撃だった。と言って称え合うのが正解なのだろうか。ただ、その言葉はなかなか直ぐに出てこなかった。
「そっちも、うん」
「なんだなんだ。不満かよ」
「違う違う、よかったよ」
「ははははっ。口下手な野郎め」
ただ物凄く失礼なことを言えば、隣にいるのは中年のオジサンじゃなくてかわいい女の子がよかった。それなら素直に褒められたかもしれない。
まあいいや。狩りに戻ろう。血抜きが終わったオオカミは、縄を括りつけて村へと持ち帰る。その帰りにたまたま見つけたもう1匹のオオカミも、迅速に倒した。首を切断してしまった為に、血抜きの練習にはならなかったが。
「今日はありがとよ、イスリ。かなり状態がいいオオカミを2体も仕入れられて大満足だ」
受け取った金額は、昨日の倍額以上だった。買取代の半額が持っていかれたことを考えると、2体だとしても倍額は凄いな。血抜きや仕留め方でここまで変わるとは。ゲルに感謝しよう。詐欺なんて疑って悪かったな。
「それじゃあ、次の狩りに……なんて言いたいところだがな。イスリにちょっとしたアドバイスがあるんだ。聞いてくれるか?」
む。アドバイス?
別に断るわけが無い。
「なに?」
「さっきの戦闘を見て思ったんだがよ。おまえ、オオカミを相手にしてる時よりクレイボーンを相手にしてる時の方がよく動けてたぜ。しかも、どちらかと言うと人間型モンスターの相手というより人間との戦いに近かった気がする」
「うん?」
「ズバリ、お前は狩りよりも対人戦に向いている。文字通り同じ体型の相手との方が戦いやすいはずだ」
「それで?」
何が言いたいのかいまいち要領を得ない。僕が不思議そうな顔をしていたからだろうか、ゲルはズバッと単刀直入に提案した。
「お前にその気があるなら、知り合いの新兵教官に手紙をしたためてやる。個人的な意見を言えば、お前は対人の方が向いている」
「え、新兵教官? なにそれ」
「言葉通り、新人を鍛える人だ。俺の幼馴染でな。鍛え甲斐があるやつを探してたんだ。本当なら金が必要なんだが、推薦状を出してやるから必要ない」
あぁ、教官って衛兵の教官か。ということは実戦的な戦い方を身につけられる。しかもタダと来た。問題はどれだけ厳しいかだが、それを知るのは実際に体験してみてからだ。
「それはありがたいけど、ホントにいいの? ゲルやその教官に迷惑かけるとか、そのお金だって税金でしょ?」
「なあに、気にすんな。おれとジグの仲だ。それに税金といっても、既に予算振り分けされた軍備費用なんだ。誰も文句は言わないだろう。ただもちろん、訓練生である以上はヤツの指示や規則に従って貰うがな」
答えは決まったな。気を抜けば直ぐに命を落としかねない異世界だ。戦う術を学ぶことは悪いことでは無いだろう。身を守ることに繋がるからな。それにもしキツすぎると感じたら、逃げ出せばいいだけだ。
「じゃあ、おねがい」
「よし、少し待て」
◆❖◇◇❖◆
ここが、訓練所か。木の柵で四方を囲まれた牧場みたいだ。中には剣が入った樽や防具が着せられたカカシ。丸太なんかが立ててある。
「む?」
「あ」
すると、ちょうど家から出て来たムキムキのオッサンと目が合った。上半身裸で下は皮の短パン。そして木刀を肩に乗せていた。なんかすごい、こんな人ほんとにいるんだ。
その気迫と雰囲気に飲まれそうになりながらも、何とか頭を動かして言葉をひねりだす。
「あの、すいません。新兵教官のジグさんって何処にいらっしゃいますか?」
「新兵教官といったら俺しかいないが……お前、ゲルの知り合いか?」
お、ゲルを知ってるのか。
なら話は早いかもしれない。僕は彼から預かっていた手紙を半裸の男へ手渡した。彼はそれを素早く読み通すと、ジロっと僕を横目で流し見た。
「……なるほど、鍛えて欲しいのか。そういう奴は山ほど俺のところへ来るんだ」
ふんっ。と鼻で笑うと、彼は手紙を握ったまま後ろを向き、そのまま家に帰ろうとする。そして小さく言った。着いてこい、と。
「まあ座れ」
「失礼、します」
この男、家の中でも半裸なのか。
案内されて家に入り、リビングの机に座らされた。そしてジグさんはコップをふたつ、僕の彼の前に置く。見た目からは想像できないな、この行動。
「まずは自己紹介を。俺はジーグランド・フロアドーレ。この村の副衛兵長であり、新兵教官だ。お前は?」
「イストリットです。今日は、ゲル……さんからの推薦で、教官の教えを受けに来ました」
ゲル、と呼び捨てにするのは躊躇われた。彼とゲルは親交があると言っていたので、ふたまわり以上年下の小僧に友達が呼び捨てされていたら舐められていると感じるだろう。
「らしいな。ゲルによればお前は、食うに困ってオオカミの相手をしていたと。それで、クレイボーンの相手をして対人戦の才能を見抜かれた……」
正直、オオカミを相手にするよりクレイボーンの方が戦いやすいのは事実だ。ただ、それは遺跡にて数回戦った経験があるだけで、正面戦闘の《才能》はないだろう。なんたって、僕の《才能》は今んところ《暗殺術》だけだ。暗殺といえば、正面切っての白兵戦ではなく影からの静かな"殺し"の技術だろう。
「たかがクレイボーン相手に勝ったところで才能の有無なんぞ分からんものだが、そこはゲルの眼力に免じて理解してやろう。それで、お前の武器はなんだ?」
武器……。そうだな、僕に剣や槍の《才能》はないが、強いて言うならば剣だろうな。槍やメイス、斧なんて手に持ったことすらない。
「剣、です」
「そのわりには、お前は剣の一振も持っていないみたいだが?」
これは、この腕当てのことを話してもいいのだろうか。いや、でも話さないと会話が進まないよな。それに彼は、僕の指導者になる人だ。そんな人に隠し事をしても、なんの意味もないだろう。
「………これ、です」
銀の腕当てが意志を持っているかのように動き出す。そして、全体の4割ほどが握られた右手の中に収まり、そして1本の剣へと刀身が伸びていった。
今目の前に起こったことに、彼は目を見開いて唖然としていた。まるで目の前で起こったことが信じられないとばかりに、目を擦ってもう一度腕当てを見る。
「……ふむ。そいつは、すごいな」
アセアセ、といった様子。
僕も初見はそんな反応だったから、気持ちはわからんでもない。半剣を解除し、腕当てに戻してから、僅かにドヤ顔。もちろん彼にはバレない程度に。
「僕の武器は、これです。見ての通り癖が強くて、とてもじゃないけど今の僕じゃ扱い切れません。どうか、こいつと一緒に僕を鍛えてくれませんか? こいつと一緒に、僕を強くしてくれませんか?」
まあ、こんなところか。
それっぽいことを言いながら机に当たりそうなほど勢いよく頭を下げる。これくらいの誠意を見せておけば、まあ許してくれるだろ。というか許してくれないと困るが。
「………なかなか面白いな、小僧。いいだろう。その奇妙な腕当て、使いこなせればかなり強力な武器になるに違いない。伸び代は十分だ」
よし、勝った。
まあ楽勝だ。遺跡と詐欺を乗り越えた僕にとって、オッサンを屈服(?)させるなんておちゃのこさいさい。
「よし、早速訓練を始めようじゃないか。なかなか面白くなってきたじゃないか。さあ小僧、外に出るぞ。俺のことは教官と呼べ。鍛え甲斐のありそうなやつだ!」
ガハハガハハと上機嫌に扉をぶち開ける教官殿。そんなに面白いかな。こちとらただの気持ち悪い腕当てをしたクソガキなんだが。まあタダで強くなれるなら、なんでもいいけどさ。
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