交渉と母校紹介
異世界生活2日目。
オオカミと薬草を売却したお金でなんとか3000円集めることができ、無事宿に泊まることができた。そして僅かに残ったお金で朝一番の出店をうろつく。
目に入った焼き鳥屋さんで焼き鳥を2本注文。有り金のほぼ全てを溶かし、朝食を手に入れることができた。
「んまんま」
うまい。夜も食べよう。
もぐもぐタイムを終えて、昨日と同じ森へ向かう。目的はもちろんお金稼ぎだ。命の危険はあるにせよ、薬草を集めるより遥かに効率がいい。ただ、効率を追い求めるだけじゃなくてちゃんと安全にも配慮しないといけない。死ぬのは御免である。
「みっけ」
ウサギを捕食しているオオカミを発見した。前腕でウサギを地面に押さえつけながら、器用に食べている。
できるだけ音を立てないように、そーっと接近する。大体10から5mほどが例の銀槍の効果範囲。本業ならば気付かれることなく仕留められるのかもしれないが、僕は素人だ。
───グルァっ!!
当然バレた。距離は20mくらいある。全然上手くいかなかった。まあ切り替えていこうじゃないか。とにかく怪我しないように、慎重にいこう。
「ふっ!」
腕当てを剣へと形作る。それは何の変哲もない銀の長剣。リーチをいかして、突っ込んできたオオカミの突き出た鼻へ斬撃を叩き込む。
太刀筋は悲惨だったが、意外と効果があったようだ。オオカミはまるで痛がるようにか弱い声を漏らし、4歩5歩と後退する。
「しね……っ!」
大きく横に振るった剣は、オオカミの足を僅かに掠る程度だった。しかしオオカミは、それで戦意喪失したのか後ろを向いて逃げの体制へ。逃がすわけが無い。
───グルアァァア!
瞬時に銀の剣を解き、そして銀槍へ。腕から伸びた銀の塊は逃げるオオカミに容易く追いつき、そしてその体を通過した。
「はい完璧」
我ながら素晴らしい槍捌き、いや腕当て捌き。オオカミが完全に動かなくなるのを確認したのち、そこら辺から拾った木の棒をオオカミに空いた大穴へ突き刺し、そのままズルズルと村へ引っ張って行く。
普通の猟師なら血抜きとか内臓処理とかするんだろうが、僕は素人だ。そんなことできるわけが無い。というかナイフなんて持ってない。
故に皮や肉が傷もうとも、このように引きずって持っていくしかないのである。
「すいませーん」
幸い、動物の売却などをする店は門の目の前だ。朝から血の匂いを撒き散らしながら町中を闊歩する必要はない。
「おお、はやいな少年。またオオカミだな」
「はい、売却お願いします」
木の棒と一緒にオオカミを見せる。昨日もこのオジサンにお世話になった。といってもお金を貰っただけだが。今回はいくら位貰えるんだろう。
「うーん………なあ、少年」
「ん?」
オジサンがオオカミをじっくり観察していた時、ふと話しかけられた。思わず生返事になってしまったが、彼は気にすることなく言葉を続ける。
「おれはゲルドルフ。しがない狩人で、ついでに肉や皮の売買をしてる。おまえは?」
「イストリットです。昨日この村に来た、ただの世間知らずです」
オジサンはふんふんと鼻を鳴らしながら、オオカミを指さした。
「高く肉や皮を売りたいなら頭を狙え。頭は剥製にする以外で使い道はない。その上ダメージを負えば即死だ。おまえのオオカミは皮や肉が傷んでる」
なるほど、頭か。
確かに僕は今まで胴体を貫くような攻撃をしていた。それが一番ダメージを負わせられると思った上に、1番イメージがつきやすかったから。
「あぁ……確かにその通りですね」
「だろう? 買い手としてはできるだけいい状態で仕入れたいんだよ。っと、なんか説教じみて悪いな。敬語は要らねぇぜイストリット。おれのことはゲルって呼べ」
ふむ。
「じゃあ僕のこともイスリって呼んで」
イストリット、略してイスリ。
悪くないな、いい響きだ。
「あいよ。しっかしイスリよ、この穴はどうやって空けたんだ? もしかして、ホントにこの枝を突き刺したのか?」
「まぁね。超能力だよ」
「超能力ぅ? 魔法ってことか。イスリってもしかして魔法使いなのか? その歳で?」
「いや冗談」
「なんだよ」
敬語は要らないと言われて、試す的な意味合いを持ってジョークを言ったが、この反応を見るに僕の素を出しても怒られることは無いだろう。もしキレられたら、キレ返せばいいだけだ。
「まあいい。このオオカミも昨日と同じ値段で買い取ろう。ほれ、確認してくれ」
「ん……うん。ありがとう」
よしよし、金が入ったな。いやあ、お金が来るって気持ちいい。僕はお金を使うことはそこまで好きじゃないが、お金を稼ぐことは大好きらしい。日本でバイトすればよかった。
「なあイスリ、おれからひとつ提案があるんだが言ってもいいか?」
提案? 受け取った袋を胸ポケットにしまいながら首を傾げると、ゲルはそうだと頷いた。
「お前の狩りに同行させてもらえないか? お前と一緒にオオカミやイノシシ、鹿を狩る。そしてその後、現場での血抜きや内臓処理を教えてやる」
あぁ、なるほど。彼は初心者に対してそういったやり方で金を稼いでいるのか。お金を対価に狩猟を手伝い、そしてその後の処理方法も教える。すると自分の手元にはその教習代と丁寧に処理された肉と革が手に入る。最終的に大勝するのはゲルだが、こちらも損はしない。寧ろ少ないが金が入る。
いい考えだな、断らない手は無い。是非受けようじゃないか。
「ホントにか? 僕としても願ってもない。是非よろしくお願いするよ。値段はどのくらいだ?」
「狩った獲物の半額でどうだ」
不満はない。ゲルが差し出した手をとりかたく握手を交わす。すると満足気に彼は笑い、交渉成立だ、と言った。
彼が詐欺でないことを祈ろう。
◆❖◇◇❖◆
「そいつぁとんでもねえ不運だな。恐らくは魔導具なんだろうが、殆ど魔力を感じない。とてもじゃないが、武器として使うには不可能なレベルの魔力だ」
ゲルに銀の腕当てのことを説明したら、そのような返事が来た。魔力を感じないらしい。武器として使うのは不可能らしいが、じゃあさっきの槍や剣は何だったのだろうが。用途外使用か?
「魔導具じゃねえってんなら呪いの品だな。ただ、銀と魔法は相性がすこぶる悪い。生半可な呪文はかからない」
「中々詳しいね」
「まあ、勉強してたからな」
彼は僕の右腕を見ながら、うーんと唸った。そんなに凄いのか、こいつは。確かに動く腕当てはあまり聞いたことがないが、RPGなんかではキャラによって使えるのではと思っていた。
「まあ、呪いに犯されないよう気をつけろよ。気分が悪くなったり食欲が失せたり、幻聴幻覚や破壊衝動とかな。とはいえ、外すことができない以上は、これ以上使うのを控える他無いが」
なかなか便利な腕当てなんだから、上手く活用したいものだ。ただ確かに、そんな症状が出られるのも困る。変な感じがしたら、お医者さんや魔法使いにでも聞いてみよう。
「けど、そうだな………その腕当てを周りに吹聴するのはやめておけ。自在に動く銀なんて、悪魔祓いや怪物殺しには眉唾物だろうからな。危険なことに巻き込まれるかもしれん」
あーなるほど。銀という金属自体が悪魔や怪物、いわゆる魔法に対して強い効果を持っているのか。じゃあ、もし魔法が飛んできたら盾の形にして身を守ろう。
「もし腕から外すことが出来れば、早く売った方がいい。そんな危険で強力なもの、素人が持つには早すぎる。お前がどこかで戦いについて学べれば、ある程度は使いこなせるのかもしれんが」
「たしかに。この辺りでそういうことを学べる施設はあるの? あ、でも兵士にはなりたくないかな。自由に生きたい」
「そうだな。ならおれの母校をオススメしておく。デウス公国の魔法学院大学だ」
なに、この世界に大学があるのか。といっても多分日本でいう大学よりは、魔法ギルドに近いんだろうけど。ただ、魔法についての学習や教育というのは非常に興味がある。僕が魔法を使えるのかは置いておいて。
「デウス公国? なにそれ」
「はあ? デウス公国を知らないのか? 大陸の真ん中に浮かぶ島だよ。世界で最も豊かな国だ。3カ国全ての良さを取り込んでいる」
大陸の真ん中に浮かぶ島?
豊かな国? 3カ国?
ダメだ、分からないことだらけ。これが終わったら村の図書館でも行って勉強しよう。流石にこの世界の常識にうとすぎる。これじゃあ怪しまれてしまう。
「ふうん」
「まあそんで、その魔法学院大学に関して言えば、まあその名の通り魔法についてを学ぶところだ。魔法について学び、その生徒が就きたい職業、おれの場合は遠距離魔法や付与魔法、身体強化系を学んだ。んで18で公国の狩猟組合に就職だ」
へぇ、生徒が学びたい授業を受講してスキルを磨く感じか。日本の大学とそこまで大差はないんだな。聞く限りかなり楽しそうじゃないか。ワクワクしてきた。
「めちゃくちゃ面白そう。でも魔法学院大学っていうくらいだから、剣とか槍とか使った授業はないんでしょ? 弓とかさ」
「んなわけあるかい。当然魔法単体での攻撃も教わるが、それと同じかそれ以上に剣や弓と同時に扱う術を学ぶぞ。剣と魔法、どちらをメインに据えるかは生徒次第だが、少なくとも魔法オンリーは意外と少ない。まあ3校それぞれに特色があるからな。気になるなら調べてみるといい。オリゴンの村長も第3学院出身だ」
「3校? 3校もあるのか。ゲルはどこ出身なの? なんか得意な魔法あった?」
「おれは当然第2だ。猟師志望だったからな。得意な魔法はトラップ系だ。弓矢自体は得意なんだが、補助系や付与系の《才能》はなかった」
あー、ヤバいわからん。
第2学院は狩猟系の大学なのかな。トラップ系魔法ってなんだ? 全然想像つかない。補助系や付与系ってのも、よくわからない。あと最後のやつ。仮に彼に火の魔法の《才能》があったとき、トラップ系と補助系、付与系とそれぞれに得意不得意があるのか? 全てが上手に扱えるのではなくて?
「ふーん、そうなんだ………あ」
「いたな、オオカミだ。よし、狩るぞイスリ」
視界の端に映ったオオカミを見逃さなかった。即座に腕当てを剣へと持ち変え構える。ゲルは左手に持った弓へ矢を番えた。魔法学院大学の話は気になるが、今はこっちに集中しよう。