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暗殺術師の異世界秘録  作者: 五輪亮惟
7/23

草むしりとオオカミとロープ


「いててててて………」


 大小様々な草木がびっしりと生え揃う緑豊かな大自然。いわゆる森。僕はその森の中で膝をつけて地面を眺めていた。ちなみに痛いのは腰である。


 いや、森の精霊に感謝して頭を垂れている訳では無い。人生に絶望して最悪な展開を選ぼうとしている訳でもない。


 傍から見たら不審者とされるに違いないような行為をしている僕だが、これにはれっきとしたわけがあるのだ。


「これは、果たして薬草なのか……? それともただの草?」


 そう、薬草採りである。

 門番さんから教えてもらったお仕事、それこそが薬草採取である。門番さんから頂いた薬草1本と、いま目下に生えている緑の植物とを注意深く見比べる。


 うーん。

 全く分からなくて草。


「まあいっか。売る時に選別してもらえばいいし」


 誰に向かって話しているのか分からない言い訳を口にして、無造作に植物を引っこ抜く。根っこに絡まりついた土を丁寧に払ったら、ポケットにイン。


「ふう。これで1時間弱か」


 薬草とおもしきものを引っこ抜き初めて1時間弱。集めた本数は40本ほど。おそらく半分はただの草だ。いや、もしかしたら全滅するかもしれない。それほどまでに違いがわからないのだ。いやはや、僕に薬草師の才能は無いらしい。


「これは、雑草でしょ? こっちは薬草っと。これも……薬草だな、多分。んでこっちが雑草で……あ、間違えて抜いちゃった。ん? これよく見たら薬草か?」


 こんな調子である。

 もうなんでもいいよ。確率は2分の1だし。下手な鉄砲なんちゃらかんちゃら。半分は薬草なんだ。勝率5割ってとこ。プロ野球ならば物足りない成績だが、ルーキーにしては上出来だ。


 そしてブツブツと独り言を呟きながら除草作業を続ける。気候はやや寒いといったところか。汗をかくことは無いから、かなり過ごしやすい。


 そしてどうやら、僕は単純作業の才能があるみたいだ。見分けるのは無理にしても、草を抜く作業は苦しくない。日本にいた頃はボランティアで数回ほど草を抜いたが、もう少し真面目に取り組めば良かったと後悔する。


「あのすいません。薬草を採ってきたんですけどどこに届ければいいですか?」


 ズボンの両ポケットにいっぱいの薬草+両手に持てる分だけの薬草。否正体不明の草。これだけたくさんの草を抜いてきたのだから、少しはお金になると信じたい。


「薬草師のブェラスさんが薬草を取り扱っているよ。ここから真っ直ぐ行って看板を左だ。それにしても随分抜いてきたね」


 彼の言う通りだ。

 何も知らない人から見たら、僕は草が大好きな掃除屋さんにしか見えない。しかもめちゃくちゃ緑豊かな森で草抜きをしてたと知ったら、相当なドMだと僕を罵るだろう。


「ありがとうございます」


 門を抜けて道を真っ直ぐ進み看板を目指して歩く。おいおいおい、街ゆく人々がとんでもない目で僕を見てるぞ。明日から僕のあだ名が除草おじさんになってしまう。


 しっかし、異世界に来てから最初の仕事が除草だとは。モンスター討伐辺りかと期待していたのだが、現実は非情だ。まあそれは武術の先生でも見つけて身の守り方を教わってからで遅くはない。


「あのすいません、ここで薬草を取り扱っていると聞いたんですが」


「おや、お客さんかな。ようこそブェラス薬草店へ。ものすごい量の草だね。今日は売却かい?」


 白髪が生えた婆ちゃんだった。

 そうです、と返事をしてカウンターの上に草たちを置いてやる。そしてポケットに眠る奴らも引っ張り出す。ポケットの内側が緑色になってやがった。


「こりゃあたまげたねぇ。想像してたよりも多いじゃないか。しかし保存状態や採取方法が良くないねぇ。それに雑草も幾らか混ざっちょる」


「すいません。なにぶん草抜きは慣れてなくて。雑草と薬草の区別も曖昧で」


「はっはっは。最初は誰でも分からないもんさ。しかしその努力は認めるべきだねぇ………ふーん、大体3割5分が雑草だね。こいつらに価値は無いとして……」


 あっ、やっぱり雑草に価値はないんだ。なかなか辛辣な婆ちゃんだな。それで肝心の薬草のお値段はというと。


「まあ1000ゴルドってとこかね。次に薬草を抜く時は抜き方にも気をつけてみなさい。これを見る限り力任せに抜いてるみたいだけど、そうじゃなくて優しく抜くの」


 1000ゴルド。働いた時間は2時間無いくらい。時給換算すると500ゴルドくらい。うーん、酷い。あまりにも残酷である。


「ありがとうございます」


「ん。こちらこそね」


 1000ゴルド入った袋を受け取り店を出た。異世界初仕事のお給料は、やや控えめだった。まあ初任給だと思おう。手取り1000円。まあバイト初日にしては中々上出来なんじゃないか? バイトした事ないけども。


 さて、次はご飯と宿だが……そういえばこの世界の物価はどれくらいなんだろうか。普通に考えれば、1000円じゃ宿にも泊まらない。このままでは野宿決定だ。


 よし、門番さんに聞こう。

 ふむふむふむ。最低でも1泊3000円? 食事をつければ5000円だって? 今手持ちは1000円だぞ。どうすればいいんだ僕は。


 教えてくださった門番さんにお礼を言い、近くの広場のベンチに腰かける。そして、頭の中で今後の計画を練った。


(ど、どうすればいいんだ。まずいぞ金がない。RPGなら、こんな時どうするんだ? お金を大急ぎで稼ぐ? それとも宿に交渉して値下げしてもらう? ワンチャン市民を襲ったりスリって手もあるのか……? いや、でも僕スリなんてしたことないぞ?)


 くそっ。こんなことになるならRPGの最序盤の定石なんかをちゃんと見ておけばよかった。いつも人がやってるのを見るだけだとどうにも頭に残らない。


 いや、何もしないのは1番ダメか。とりあえずこの状況を打開しないと。とにかく行動しよう。そして考えてみればわかるはず。いま僕が打つべき、打たなけれならない最善の一手は………っ!



「………うん、やっぱり草抜きしか勝たん」



 森の浅いところで薬草を採取しまくることだ。さっき婆ちゃんが言ってたこと実践できるし、なにより雑草と薬草の区別もできるようになった、はず。


「ホイホイホイホイっと。丁寧に、葉っぱを傷つけないように……」


 そろそろ日付は16時を回る頃だろうか。空一面が赤色に染まり、太陽が自らの身を隠し始めている。


 あの婆ちゃんのお店が何時まで開いてるのか分からないからな。出来るだけ早めに持って行ってやりたいところ。老人は早寝早起き、みたいなところありそうじゃん。


「…………」


 集中して薬草を採取して回る。これだけ集めまくってるんだからステータスにも何らかの変化があるのではと見てみたはいいものの、てんで変わっていなかった。


「さっきよりもかなりペースはいいな。ここら一帯はあらかた採り尽くしたっぽいし、ちょっと奥行ってみよ」


 森のもう少し深いところに足を踏み入れてみた。頭上の木々が一気に多くなり、赤い空からの光が遮断される。心做しか、視界だけでなく心の中までも暗くなったみたいだ。周囲の音がサっと静まり返った。


「ふんふんふん………ん?」


 っと、なんかいるな。

 両手に抱えた薬草を地面に下ろし、周りを見渡す。さっき、少しだけだが動物が鳴くような声が聞こえたのだ。ファンタジー世界で森の中で動物の声。こりゃあモンスターしかないよな、流石に。


「お、おおお……」


 当たりだ。黒いオオカミ。

 牙が大っきい上にヨダレを垂らしている。そして目が赤く光っていた。いや光が反射しているとかじゃない。LEDの様に赤く発光している。


「見たところ一匹か」


 腰に差した剣を抜き、オオカミと正面から対峙した。ものすごいプレッシャーを感じる。この異様な雰囲気、こいつの周囲に蠢くような何かを感じる。これ、いわゆる魔力ってやつじゃない?


 ───グルルルルッ!


 真正面から突撃してきたオオカミ。ヨダレ滴る口を大きく開けて、被りつかんと近づいてきた。オオカミの口が当たりそうなところを予想して、剣を構え守りの体制へ。


「お、重た……っ!」


 狙い通り、オオカミが剣にかぶりついた。その鋭い牙で剣をかみ砕こうとしている。でも無駄だろ、この剣は見たところ鉄製だし、そう簡単には……って。


「うぇ!? うそっ!」


 なんか剣にヒビ入ったんですけど。ピキピキって嫌な音してるし。っとちょっとちょっと、なんかだんだん折れ曲がってません? あ、やばいかも!


 ───グルラァッ!!


 剣が折れた。

 まずい、逃げよ。

 うわ、なんか怒ってるぞ。


 やば、絶対逃げきれんぞ。

 自慢じゃないが僕の50m走のタイムは6.9秒。遅くは無いが早くもない。普段運動しない勢にしたたら速いけど、オオカミの方が多分速い。


 これ終わったかも、という思考が脳内をサッと横切ったその時。ちょうど右手にハマった銀の腕当てに目がいった。そして直感的に、助かる道はこれしかないと確信する。


(この腕当て、大男の鉈を防ぐときにツタになって腕を覆ったよな。僕が腕を守ってって念じたら、勝手に守った。じゃあ、このヘンテコな腕当ては僕の考えを読み取って形状を変えられるってことになる、はず。なら今回も)


 前回は右腕を覆う細いツタが絡まりあっていた。ならば今回も、槍みたいに腕当ての形を変えることが出来るのでは?


(想像するのは、ロープ。銀のツタをロープみたいに縒り合わせて、槍の形を作る)


 一瞬目を閉じる。

 妄想するのは任せて欲しい。大の得意だ。頭の中で銀のツタを縒り合わせられたロープを思い描くことなど瞬きの間に作り上げられる。


 さあ、銀の腕当てよ。銀の槍の形に動いて、オオカミを貫け。でなきゃ僕が死ぬ。飼い主が死んだら困るだろ。頼むぞ腕当て。


 ───グルゴギャ!


 目を開けた瞬間。

 飛びかかるオオカミに向け突き出された銀の右腕。それは流水のように滑らかに姿を変え、目で追うのも難しいほどの速度で銀の槍が延びた。


「うわぁっ!?」


 目の前のあまりの出来事にすっとぼけた声を上げてしまう。それと同時に、脳内で描かれた銀の槍のイメージが脆く崩れ去った。同時に、オオカミを縦に貫いた極太の銀槍は、あるべき姿へ戻ったかのごとくもとの腕当てへ形を変える。



 ………。

 こいつぁ、とんでもねぇな。

 妄想だけで形作れる武器とか、最強やん。バランスブレイカーもいいとこ。しかも重さはほぼ無いときた。


 ふぅ。と大きく息を吐いた。あまり動いた訳では無いが、命を狙われたという事実に変わりは無い。心臓の音を鎮めるように、大きく深呼吸をする。

 いやいや、達成感半端ない。

 クレイボーンの時より焦ったかも。



 大量の血を流しながら倒れているオオカミを見下ろしながら、腕当てを左手で軽く撫でた。気色悪いと思っていた取れない腕当て。使用者のイメージによってその形を変えるとは、売れば大金が手に入るな。もし外すことが出来たら、オークションにでも出品しよう。コレクターが高値で買い取ってくれそうだ。


 まあ未来のことはいい。

 このオオカミちゃんと薬草を村へ持っていこうじゃないか。このオオカミにどれだけの価値があるか分からんが、売れば合計3000円くらいにはなりそうだ。よかったよかった。



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