遺跡と仲間と裏切りと
それは唐突だった。
金属同士を擦り付けたような不快な凶音が遺跡中に轟く。耳を覆いたくなる爆音だ。
(なになになにっ!?)
あたふたと慌てふためく僕とは対照的に、ケルストさんをはじめとしたパーティーメンバーの人達は落ち着き払っていた。
「どうするみんな。今の音は多分、ここのボスが目覚めたんだと思う。このまま奥に進むか引き返して仕切り直すか。ジェラはどう思う?」
「私はこのまま進んで、手早くボスを倒すのがいいと思う。今、下手に引き返してこの遺跡を放置すれば、もう二度と戻れないかもしれないし。ベクテルはどう?」
大柄で肩幅のよい青年、ベクテルは顎に手を置いて考える仕草をした。そして、絞り出すように声を出す。
「……難しいな。だけど俺も、ジェラと同じ意見だ。ここで引き返せば、もう戻って来れないかもしれない。一介の冒険者として、この機会をフイにすることは出来ない。ドルナはどうだ?」
遊撃役の少女、ドルナ。
彼女もまた、この遺跡を攻略したいと言った。彼らの言葉に、リーダーケルストさんはみんなの意見を採用するといい、改めて先へと歩み出す。先程に比べてやや慎重になりながら。
「……ルシェルドさんの意見、って」
「わたしは新参者だからね。あの人達は幼馴染だから。わたしの意見はあんまり聞かれないかな」
「……へぇー」
同じパーティーである以上は幼馴染云々は関係ないんじゃないかと思わないでもないが、まあこれは彼らの問題だからな。口には出さないでおこう。
少し歩くと、広い十字路のようなところだった。どの道に進むべきかを話し合っているとき。正面の道からモンスターが現れた。
「……あれは、クレイボーン・ウォーカー。普通のクレイボーンより賢くて強力で、優れた武器を使うモンスターだよ」
先程見たクレイボーンよりも色が濃いな。
しかも、剣を持ってるし、鉄製か何かの鎧を着てる。醸し出す雰囲気も、先程のクレイボーンとは比較にならない。
ケルストさんが剣を抜いていると、横からジェラさんの声が響いた。彼女の方を向く。
「……やばっ! ケル、右からナイトスパイダーが2匹! その奥にクレイボーンが2体!」
「ちょっと不味いかもな……ひとまず迎撃しよう。俺とベクテルが正面の道を、ジェラとドルナが右の道を頼む! ルシェルドさん支援魔法をお願い」
え、やばやば、僕どうしよう。
完全に足でまといじゃんこれ。
とりあえず、邪魔にならないところでじっとしてよっと。
「わかったっ! ドルナちゃんいくよ!」
「了解!」
「《白魔法》」
ケルストさんの指示通りにメンバーがモンスターの相手をする。そして真ん中にいるルシェルドさんが、白い魔法陣を発光させ白魔法を発動させた。僕以外の全員の体が眩く光る。
ふむふむ、あれが例の支援魔法か。
「ん…? うお!? クレイボーン……っ」
後ろから足音がするなと振り返ったら、音を聞き付けたのかクレイボーンが接近していた。見た感じ武器は持っていなさそうだし、クレイボーン・ウォーカーではなさそうだ。
この場合、どうするのが正解なんだろ。
うーん、とりあえずルシェルドさんに報告を。
「ルシェルドさんっ! あっちにクレイボーンが…っ!」
「え? うわ、ホントだ……仕方ない、キミが倒してくれるかな。ザコ敵だから、攻撃さえ気をつければ大丈夫だから。支援魔法を掛けるしさ」
僕は彼女の言葉を聞いて、腰に差した鉄剣に目を向けた。そして、ジリジリと歩み寄るクレイボーンに意識をやる。
(折角ファンタジー世界に来たんだもんね。ここは恐怖を押し殺してでも、戦うべき……っ!)
「いき、ます……!」
僕は鉄剣を抜き放ち、クレイボーンへ向けた。
体の内側から力が溢れ出るような感覚と共に、大きく足を踏み出す。この人たちに迷惑かけないようにしないとな。
◆❖◇◇❖◆
5分後。
「あっ……ぶねぇマジで……!」
危うく死ぬところだった。
細長い腕による攻撃を避けたところまでは良かったんだが、如何せん僕の攻撃が全く効かなかった。まるで石をぶっ叩いたかのように、呆気なく弾かれてばかりなのだ。
そしてクレイボーンの2度目の攻撃。
こいつを避けることが出来たのは、奇跡としか言いようがなかった。直感的に次来る攻撃の予測が頭の中に現れて、ほぼ反射的に腰を落として頭を下げたのだ。あと1秒、いやコンマ5秒遅ければ全てが終わっていた。
白く細長い腕が僕の頭に当たらず遺跡の壁を抉ったとき、僕は恐怖で変な声が漏れてしまったが、なんとか敵を見据えたまま構えを取る。
そして僕は思い出した。《才能》の存在を。
今の僕の唯一の才能は《暗殺術》そしてその中の《背撃》。背中からの攻撃力・中アップだ。真正面からの攻撃が効かないなら、この《背撃》を発動させようと思った。
壁にめり込む腕を引っ張り抜こうとするクレイボーン。僕はその隙に後ろへ回った。そして後ろからドーン! 大きくバランスを崩したが、まだ倒れる気配はなかった。
大きく横薙ぎされた腕を、ステップを踏むように下がって回避し、地面を強く踏んでクレイボーンの横をすり抜ける。日本にいた頃より素早く動けた様な気がしたのは、《暗殺術》のスキルツリーの《暗殺の才能》の効果のお陰だろう。
ガラ空きの背中へ剣を突き刺した。その剣先は見事に貫通。クレイボーンは断末魔と共に動かなくなり、やがて死体は塵のように消えた。
コロン、と落ちた黒石を拾う。初戦闘、無難にクリアだ。中ボスを倒したくらいの達成感だな、これ。
「凄いじゃないか君! よく動けていたよ!」
「あ、ありがとうございます……」
他のみんなはモンスターを倒し終えた様だった。僕がたった1体のザコ敵に時間をかけてる間に、それよりも強い複数敵を倒し終えているんだ。高い高い実力差を感じた。
いやまあ、これでもし初心者の僕と同じくらいの実力だったら笑いものだろうけど。
「それじゃ、先に進もうか」
ケルストさんが決めたのは正面の道だ。皆文句を言うことも無く彼の背中に続いた。僕はルシェルドさんの隣で、先の戦闘で感じた疲れと共に額に浮かんだ汗を軽く拭う。
「お疲れさま。ごめんね、急に無茶言って」
「いえ。気にしないで、下さい。それよりこれ。さっきのヤツが落としたやつです」
足の爪ほどの大きさの黒石を手渡す。すると、彼女は申し訳無さそうな表情を浮かべた。そして、黒石が乗せられた手を優しく押し返す。
「あー、その……言い難いんだけど、君はわたし達のパーティーメンバーじゃないから、それは君のものだよ。自分で売ったり加工したりして、ね」
あー、そっか。
確かにそうだな。僕はあくまで一緒に行動してるだけだし、トラブルの元だから運搬役には持たせられないよな。
「あ、そうですよね。ごめんなさい」
「ううん、こっちこそごめ───っと」
ギギギギッ!
先程と同じような爆音が響いた。思わず立ち止まり、顔を顰める。さっきよりも音が大きくなった気がするな。気のせいだといいんだけど。
「……音、近くなってる気がする」
「………進もう、みんな。多分ボス部屋に近づいてるんだ。このまま進めば、到着するはず」
怖いなぁ、ボス部屋。
そんなことを考えているのは僕だけのようで、パーティーメンバーはみんなスタスタと道を進んでいる。隣のルシェルドさんの顔をチラッと覗いてみたが、そこに恐怖の感情は無さそうだ。凄いなぁ。
「………」
いやぁ……めっちゃ怖いんですけど。
僕はよくあるアニメ主人公じゃないし、ラノベ主人公でもないから、人並みに恐怖を感じたり腹を立てたりする。この状況、逃げ出したいくらい怖いんですけど。引き返したいんですけど……。
(……ひっ! いま! なんか変な音した!)
進めば進むほど、変な音が響く間隔が短くなっている。なんか嫌な予感する。
これ、僕ここで死なないでしょうね。流石に今死ぬのは勘弁なんですけど。神様お願いします死にたくない。
「……なんだ!」
鋭いケルストさんの声が木霊する。
彼は顔をこちら側に向けてその声を発した。その険しい顔付きに僕は驚きながらも、同じようにぐるっと背後に目をやる。そして、目を見開いた。
「……っ!」
「あれは……」
あまりにもおぞましい見た目をしたソイツは、カサカサと小さな音を立てて僕らの背後に迫っていた。何よりもまず目を引くのは、対になった大きなハサミ。キラキラと妖しく黒光りする尻尾とその先に生えた針。規則正しく蠢く6本足。騎士と見間違う程の厚い装甲を身につけた胴体に、炯々と耀く真っ赤な瞳。
「イービルスコーピオン……っ!!」
本能的に恐怖を覚えるフォルムをしていた。知識として知っているサソリより何百倍も恐ろしい。頼りない声が漏れなかったことだけでも自分を褒めたいくらいだ。
「不味い、中ボスクラスだ。みんな、一旦奥に逃げないと!」
彼の言葉通り、僕らは必死に走った。何度も躓きそうになったが、それでも止まることなく走り続けた。幸いサソリの脚はそこまで速くないのか、追ってくることは無かったが、それでも僕は後ろを振り向くことさえ出来なかった。
「ビックリした……」
息を整えるとともに、恐怖と驚愕が混ざった声が漏れた。あんなおぞましい生き物日本では、というか現代の地球では絶対にお目にかかれないだろう。図鑑ですら見た事がない。今日の夢に出てきそうだ。
「だいぶ奥に来ちゃったな。みんな、そろそろボス部屋が近くのはず。用心して進もう」
膝に手を着いて荒く呼吸を繰り返す僕とは対照的に、パーティーのみんなは周囲の安全を確認すると素早く移動を開始する。慌ててルシェルドさんの隣に戻るが、息が荒れている様子はない。
「あの、さっきのモンスターは……」
気になったことを彼女に投げかけてみた。
チラッと僕の顔を見やったルシェルドさんは、小さく息を吸ってから応える。
「イービルスコーピオン。かなり強いモンスターだよ。中ボスクラス、かな。5人みんなで協力すれはなんとか倒せたかもしれないけど、如何せん道幅が狭くて、背後に回ってたから」
強そうなのは素人目にも理解出来た。
あの大きなハサミと鋭い針。あれで実は弱いです、なんてことになったら肩透かしもいいところだ。
「ボスは、もっと強いんですか?」
「多分ね。相性とか環境とか、実力以外の要素もあるから一概には言えないけど。……っと、また敵だね」
目の前ではケルストさんがクレイボーンを圧倒していた。するとそのさらに前からナイトスパイダーが2匹向かってくる。ドルナさんとベクテルさんが手早く対処した。
と思えば、またクレイボーンが三体。あ、また一体増えた。道の向こうからどんどんと敵が湧いてくる。この世界ってリスポーンあるのかね。まるでゲームみたいな勢いでリポップする。
「かなり近いね、ボス部屋。多分ボスはジャイアント・クレイボーンかな。クレイボーンの親玉みたいなやつ。配下のクレイボーンをポンポン生み出せるんだ」
ケルストさんが見事な剣技でクレイボーンを薙ぎ倒すなか、更なる増援が向かう。お陰で進むペースはガクッと落ちてしまった。
しかし、さっきからジェラさんがほとんど戦いに参加してないみたいだ。サボってる訳じゃないみたいだし、ボス戦に向けて魔力をマネージしてんのかな。魔力ポーションみたいなのないん? この世には。
三体のクレイボーンとクレイボーン・ウォーカーを始末した矢先、2体のナイトスパイダーが現れる。ベクテルさんが応戦するが、その先にまた三体のクレイボーンが現れた。
「くそっ、キリが無いな……」
ケルストさんの悪態をつく声が聞こえる。
文句も言いたくなるような状況だった。倒しても倒しても次から次へと敵が押し寄せてくるのだ。まるで遺跡が、これ以上近づくなとでも言っているかのように。
「──────ッ!! なんだ!」
そして5分後。クレイボーン・ウォーカーのさらに上位種、クレイボーン・ファイターを相手していたところで、遺跡内に轟音が響いた。今日だけでこの不快な音を何度聞かされたことだろう。多分ボス関連の音だろうな。癇癪でも起こして壁を殴っているのだろうか。それとも、より強力なモンスターを生み出しているのか?
「ケル! 危ないっ!」
ジェラさんの悲痛な声が、僕らの思考を一時的に中断させる。ケルストさんへ向け、真っ直ぐに振り下ろされた戦斧が、彼の左手に命中した。いや、命中ではない。驚異的な反射神経で、切断だけは避けられたようだ。
「あぁっ!!」
左手を押えて、蹲るケルストさん。とめどなく溢れる血が、彼の服を赤く染め上げる。ジェラさんが急いで駆け寄るが、ドルナさんがそれを制止した。まだモンスターがいるからだ。
「はぁっ!」
ベクテルさんのナイフがクレイボーン・ファイターの胸を捉えた。グラりと揺らめいたクレイボーン・ファイターの胴体へ、再度鋭い一撃を与えた彼は、モンスターが倒れるやいなや後ろで蹲るケルストさんへジェラさんと共に駆け寄る。
「ケル! 大丈夫!? 私の事わかる!? ケルしっかりして! ルシェルド! 彼を治しなさい!」
悲鳴にも似た声がルシェルドさんへ向けられた。彼女は頷くと、両手を彼へ向け、純白の魔法陣を権現させる。傷の具合は分からないが、彼の体がキラキラと光り始めた。回復魔法がちゃんと仕事してるのだろう。
「っ! やばっ!」
良かった、と胸を撫で下ろしていたところ。
背後から強烈な殺意の矢が向けられた。反射的に振り向くとそこには、どデカい戦鎚を携えた2体のクレイボーン・ウォーカー。
僕は自分では歯が立たないと理解しながらも、腰に装備した剣を抜いた。クレイボーン・ウォーカーが挑戦的な笑みを浮かべる。本能的な恐怖で身体中が支配される。
僕じゃあ逆立ちしても勝てない。ルシェルドさん……は無理だから、3人のうち誰かを回してくれないと。
僕は自分の身の安全のために、ルシェルドさんをはじめとするパーティーメンバーの方々とは3、4メートルほど距離をとっていた。返ってそれが仇となった格好だが、こんな状況先程の僕では予想出来まい。
「あのっ! 誰かこっちに───」
「───《赤魔法》!」
ロクな戦闘経験もない僕1人じゃ、絶対に対処しきれない。誰か助っ人を呼ぼうと振り返った、その時。
真っ赤な炎が、視界に飛び込んできた。その紅蓮の大槍は、もちろん僕を狙ったものでは無い。そして、モンスターを狙ったものでもなかった。真っ赤に焼けた炎が、僕と彼らの間の天井を直撃する。僕は目を見張った。
──────!!!
鈍い音とともに、瞬く間に崩れ落ちる細い道。
僕は瞬時に、彼女の行いの意味を理解した。
額から冷たい汗がブワッと吹き出る僕に、覚束無い足取りでのそのそと近づく2体のクレイボーン・ウォーカー。瞬間的に死を悟った。青く耀くモンスターの目玉が、一際強く発光する。真っ赤な血を垂らす戦鎚が唸りをあげた。
僕は共に行動していた仲間の裏切りに、心の底から憤慨し、同時に僅かな疑問を抱く。しかし、その怒りを何かにぶつけることはもうできない。唇を噛み、後悔と共に目を閉じ倒れ込むように腰を下ろす。2度目の人生は、もう終わったのだ。