とある御者の非日常
ええ、そうですね。あと2日ほどで着く予定です。はい、かなり順調ですよ。元の予定よりも半日ほど早く到着出来そうです。幸いにもお日柄よく、馬も絶好調ですから。
会話のネタも、この3日ほどで尽きてしまいましたね。いつもならお客さんが2人以上でして、お客さん同士が仲良くなるといった展開が多いんです。なのでそう考えると、お客さんは不運でしたね。
ええ、質問ですか? 大歓迎ですよ。と言っても聞き齧った程度のものなので、鵜呑みにはしないように、話半分に聞いて欲しいですけど。
魔剣ですか? ええ、一応は知っておりますよ。魔法学院大学の生徒さんや教師の方をお連れした時に、お話を伺いました。少しだけですけどね。
ええ、それはとても不思議なものです。というのも、魔法学院大学で魔法やその他諸々を学ぶ彼らはこの魔剣の取り扱いを主に学ぶんだそうです。魔法学院では、魔剣ではなく杖剣と呼ぶそうですけどね。
それで、この魔剣というのはその名の通り魔力を持つ剣、もっと言うと武器ですね。なんでも、木や石、鉄に鋼、ミスリルやオリハルコンなんかで作られた各武器に魔物の魂を含む魔晶石を埋め込むんだそうです。すると、その魔物の魂が武器に乗り移り、魔力と魂、そして意思が宿るのだとか。
ええ、木や石なんかで作られた武器に、魔晶石を埋めるそうですよ。武器と言っても、ナイフやダガー、片手剣に両手剣、斧に槌に槍など、様々なものがあるそうですけど。
面白いのが、魔法学院大学の学生たちは【変性術】というのを使って武器の見た目や性質、そして存在を操ることが出来るらしいです。
ええ、私にも分かりませんよ。ただ学生さんや教師たちはそう仰っておりました。わたしも例の【変性術】を使うところを見た事は無いので分かりませんけど、きっと凄いんでしょうね。
凄いですよねえ。私も機会があればその魔法学院大学とやらに行ってみたいですよ。イストリット様もどうです? あ、というかイストリット様はまだまだお若い上に頭もいいじゃないですか。入学してみたらどうです?
そうですねぇ、私がああ言った手前ですが、だれでも簡単に入れるわけじゃないんです。この大学には変わったところが山ほどあるんですけど、そのひとつが入試要項なんです。
というのも、入学試験を受けるために過去この大学を卒業した人から推薦状を受ける必要があるんです。そうなんです、推薦がいるんですよ。
ですから大抵の入学希望者は、卒業生の元に弟子入りして、その卒業生に認められて推薦状を貰うんです。そう、弟子入りです。そしてその弟子の中でも特に優秀な者にしか渡しません。何故なら、もしその推薦によって大学へ入学した後、学業不振や問題行動によって退学や停学となった場合、その推薦した卒業生も大学の学位や修士を失うんです。
厳しいですよねえ。ですがそれほどまでに3カ国がこの大学に力を入れている証拠ですよ。このシステムを採用しているお陰で、入学してくる生徒は全員優秀で才能ある者ばかりなんです。
そして、もちろん大学の講義内容や実習内容はとても厳しく激しい。優秀な成績を残せなければ卒業出来ない上に、学生同士の蹴落とし合いも熾烈なんです。よって卒業できる学生は入学時の5分の3ほど。
なので、その卒業生はみな素晴らしい魔法使いなんですよ。卒業後の進路もみな輝かしいものばかりで、そのまま大学に残り研究する人もいるのだとか。
たしか、ノレクシール先生もこの大学の卒業生でしたよ。たしか第二学院だったかな。学生のころから才能ある錬金術師として知られていたそうです。そして、同学年のライバルにいたのが第三のソグラデウス・ローデンス。大学内の最優秀錬金賞を受賞したのは、ローデンスさんが2回でノレクシール先生が1回ですね。たしか今は、ウォールランドの大通りでノレクシール先生と同じく魔法薬店を営んでおります。そして同時に、錬金術師育成のための学校も運営しているそうです。
ええ、そうなんですよ。素晴らしい人ですよね、ローデンスさんも。1度話したことがあるんですけど、なかなか豪快な人でしたよ。とても明るくて、愉快な人でした。
たしか彼のご実家は公国にありまして、代々お菓子屋さんのお店を営んでいたんです。そう、お菓子屋さんですよ。デウス公国の五大名物のひとつ、お団子モチです。このお団子モチの老舗で、魔法効果を持つモチを売っているんです。本人が錬金術師を志したのも、この魔法効能があるお団子モチが始まりなんだとか。ええ、とても美味しかったですよ。正直、魔法うんたらはちっとも分かりませんでしたけど。
公国での用が済んだら、ぜひこのお団子モチを試してみてください。有名どころから新しめのお店まで、沢山ありますよ。甘いのが苦手なら、カラシを練りこんだものもありますよ。私はこちらのほうが好きですね。なんてったって、お酒とよく合うのです。最高のツマミになるんですよ。イストリット様も……って、未成年でしたか。これはとんだ御無礼を。
おやおやおや………なにやら、雲行きが怪しくなってきましたな。これは数分でもすれば雨が降ってくるかもしれません。最近は雨が多いですねぇ、それもかなり冷え込みます。作物の生育には良くないでしょう。良いわけが無い。
馬車の屋根も古いものですから、雨漏りなども心配ですね。それに、地面の道がぬかるみ始めたら車輪をとられてしまうかもしれませんし。
ですが、今日野宿をする予定の地点はかなり先です。雨を恐れて立ち止まる訳にもいきませんし、馬が嫌がるまでは進みましょうか。イストリット様、もしも寒さが辛かったら、椅子の下の棚に入っているブランケットをお使いください。
ふう、やっと雨が落ち着いてきましたね。まさか一日中降り続くとは思いませんでしたよ。これはまた川の水が増えて水難事故でも起きてしまいそうです。地面もかなりぬかるんでいますから、進むペースも遅くなってしまいます。
お客様、ご体調の方は大丈夫ですか? あ、ならよかったです。たまにいらっしゃるんですよ、雨が降って気温が下がって、気分が悪くなってしまうお客さんが。
ですけど、この一週間はかなりハードでしたからね。公国に着いたあとは、宿屋の綺麗なベットで体を休めてください。おすすめの宿屋は、ヨーニングキャットというところです。
ええ、あそこはいい宿屋ですよ。雰囲気もいいし、ご飯も出してくれます。それに、看板娘のヨーンも可愛いんです。それはもう、大変かわいいんです。イストリット様も一目見たら夢中ですよ。
あ、それと宿屋のことについてもう少しあるんですけど。揺れ森亭という宿屋は、あまりオススメできませんね。個人的に揺れ森亭が気に入らないわけじゃないんですけど、あそこにはよからぬ噂があるんです。いえ、噂というよりは事実ですけど。
あそこの宿屋と1階の酒場は、盗賊団の縄張りなんです。店主も元盗賊で、店に来るのもそっち系の人たちばかりです。サービス自体は悪くないですけど、食事している時にスられたり、寝ている時に貴重品をくすねられるかもしれませんから。
ええ、注意した方がいいでしょう。というかその宿だけでなく、公国全体が危険ですよ。人が集まりすぎて、規模が大きくなりすぎてしまった。その結果、反社会的な組織も増えたんでしょう。人が増えたということは、それだけカモフラージュが効きますから。
他に注意すべきことですか? そうですねぇ、1番はその盗賊たちのスリや空き巣、強盗ですけど、他にも色々ありますよ。例えば冒険者ですね。
ええ、冒険者です。公国には冒険者が集まるような場所がいくつかあるんです。魔物や魔獣の巣や洞窟、地下迷宮、ダンジョンなどですね。彼らはそこで活動しているわけですけど、まあ戦いを生業にしているだけあって血気盛んな人が多いんですよ。
それが悪い事だとは思いませんけど、酔っ払って喧嘩を売られたり、イチャモンをつけてくる人もいるんです。そういう人に絡まれないように、気をつけないといけませんね。
あとはまあ、レッドグリスですかね。聞いたことありませんか? いわゆる麻薬ですよ。麻薬といっても、本当は活力剤として作られた魔法薬なんですけどね。普通の人が聞き齧っただけの知識で調合した結果、失敗作が生まれた。それがこのレッドグリスです。
ええ、服用すると高揚感や幸福感と共に幻覚や幻聴、そして覚醒作用が起こります。イストリット様は、間違えてこの薬を生み出すことはないと思いますが、もし作ってしまったとしても販売するのはやめた方がいいでしょうね。一発死刑ですから。
ええ、レッドグリスはかなり問題になっています。大量栽培が可能な植物から作られる上に、一般人でも、それこそ私でも簡単に調合できますから。麻薬カルテルが世界中の犯罪組織と結託して、麻薬の栽培から密売、拡散をしていますから。この麻薬組織も、中々厄介ですね。
あとは、衛兵とは仲良くしておいた方がいいですね。彼等は正義感が強くて、頑固で冷徹です。もし自分が困った状況になった時、顔見知りだと積極的に助けてくれますけど、嫌われでもしていたら相手にもしてくれませんから。
まあ、仮にも世界で最も栄えている場所ですから、治安はどこよりもいいですし、安全と言えるでしょうから、そこまで過敏に反応するものでもないでしょう。それに、公国は嘘偽りなく、文字通り世界の中心です。政界の超大物や人類トップクラスの実力がある冒険者など、、世界の中心的な人物たちがゴロゴロいますから。この世界で最も安全な都市と言えます。
はい。ですから、是非この競技大会と観光を楽しんでください。トラブルや面倒ごとは、優秀な衛兵や魔法使いが解決してくれることでしょう。
◆❖◇◇❖◆
御者の人が言うには、明日の昼には到着出来るらしい。今は野宿地でくつろいでいるところだ。思えば、この一週間は御者の人とずっと話していた。それ以外には昼寝くらいしかやることがなかったのもあるだろうが、話すネタは尽きることなく、ほぼずっと喋り続けていたな。
やっぱり、世界中の旅人たちの相手をするだけあって、僕の懐に入り込むのが上手いなと感じた。話しやすい雰囲気もそうだが、絶妙な話術で信頼や安心間を勝ち取っていたのだ。絶妙な話術っていうのは、話し方や口調、語尾、抑揚や強弱のコントロールのことだ。聴き入りやすく、頭にすっと入ってくるような感覚。
しっかし、この移動している間は何のイベントもなかったな。てっきり魔物や盗賊なんかが襲ってでも来るのかと思っていたが、全然そんな気配はなかった。平和すぎて退屈だったくらいだ。
別に争い事が好きな訳では無いが、異世界ならではのこういうイベントとというのも、転生者の醍醐味だろう。折角体を鍛え直し始めて、腕当ての使い方も研究していたのに。
「何か面白いことないかなぁ」
太陽はとっくに姿を隠し、月と星の光が当たりを照らしている。僕は御者の人が広げたテントからこっそり抜け出し、近くの湖の辺に来ていた。小さな湖だが、大きな満月をその水面に映し出し、その幻想的な光景に目を奪われる。
「んー、気持ちいなぁ………」
ちょうどいい石に腰かけ、ギューッと伸びをする。凝り固まった体からはバキバキと変な音がする。座りっぱなしだったから、無理もない。夜風も心地よく、もし隣に綺麗な女の子がいたらいい雰囲気だっただろう。
「………はぁ」
彼女なんて、出来たことないんですけどね。僕はため息を吐きながら、左手に意識と魔力を集中させた。そして現れる水の塊を、コネコネと成形する。そうして出来上がった人間の見た目をした水の塊を、隣にそっと置いた。
「……はは」
何してんだろ、僕。
自分の行動に呆れながら、ただ水面に浮かぶ大きな月を眺めていた。平和な時間が続き、そろそろテントに戻ろうかなと思った、その時。何者かの叫び声画かすかに耳に届いたのだ。それはまるで金切り声のように鋭く、激しい。
「お?」
僕は迷わず、その声が聞こえた方向に向かって走り出した。別にこの展開を待ち望んでいた訳じゃないが、困ってる人を助けるのはいいことだ。そうだろ? そして何より、困ってる人を助けたという事実がどうしようもなく心地いい。だから、僕は助けに行く。
(聞こえた声は男の人だったな。かなり怯えてたみたいだけど、盗賊かね。怪我とかなければいいんだけど)
素早く木々の間を走り抜け、僕らが通ってきた大きな道へ出た。そして同時に、目の前の残酷な光景が目に飛び込む。馬車を3人の山賊達が囲い込み、そしてうち1人が御者の胸を手に持つ槍で突き刺していた。
(これまたでっかい馬車だなぁ。僕らと同じ方向に向かってたみたいだけど、こんな夜中にも走り続けてたのか。かなり急いでたみたいだ)
僕らの馬車よりふた周りくらい大きなサイズで、引っ張る馬も2頭である。そして彼等を操っていた御者の人だが、もう助からないかもな。血がすごい出てるし、ぐたっとしちゃってるし。
うーん、まあ命は助からないかもしれないけど、見て見ぬふりは出来ないしなぁ。ここは、やれるだけのことをやろうじゃないの。
「ほっ!」
「な、なんだ! だれだ! なんだこれは!?」
1番近くにいた敵へ、先程こねくり回していた水の塊を投げつけた。するとその青色の塊は山賊の顔に命中し、更にそこから、意識があるかのようにうねうねと蠢き始めた。
「せいっ!」
「がぁっ!」
その男の隣にいた男は、突然仲間が騒ぎ出したことを不思議に見ていたところで、後ろから胸を貫かれた。銀色に輝く剣が胸から伸び、そして引き抜かれる。
「くそっ! このガキ!」
槍を持っていた男が、御者の胸から得物を引っこ抜きこちらに向ける。御者は力なく地面に倒れ、そのまま動かない。
「なんのマネだクソガキ。よくも仲間をやってくれやがったな。八つ裂きにしてやる! 覚悟しやがれ!」
鋭い突きが放たれ、僕の胸を狙って飛び込んでくる。対して僕は、極めて冷静に右手を突き出した。
「なに!?」
次の瞬間には、右手の先から銀色に輝く盾が現れたのだ。山賊からしてみれば、突然どこからともなく右手に盾が現れたということ。驚くのも無理はないだろう。
見事に弾き返され、大きくのけぞってしまった男は歯を食いしばりながら足に力を込める。そして目の前のガキに、何が起こったのか説明を求めようとしたところだった。
「【破城槌】」
「ふがっ!?」
猛烈な蹴りを鳩尾にくらい、数メートルほど吹き飛んで地面に倒れ込んだ。呼吸が一瞬止まり、冷たい汗が猛烈に流れる。男は腹を押えながら、自らに蹴りを放った男を見やった。
「ふっ!」
「がぁっ!」
顔を押えていたもう1人の仲間が、呆気なくやられた。右手に持つ血糊をつけた半剣が、自らの方へと向けられる。男は、死に対する恐怖を久しぶりに思い出した。
「はぁ!」
【縮地】を発動させ、接近と同時に首を斬り伸ばす。男は声を発することも無く、静かに絶命した。それは当然だろう。もう口と肺は繋がっていないのだから。
馬車の安全が確保されたので、地面に倒れた御者の傍に駆け寄った。しかし、既に亡くなっているようだ。残念だけど、悪いのは僕じゃなくてこの山賊たちだ。そしてその山賊はもう倒した。
うーん、この人どうしようか。
とりあえず、亡くなった御者の人はそっとしておいて、倒した3人の山賊を漁ることにする。ジャラジャラと高そうなネックレスや指輪をしてしてらっせる。売れば幾許かのお金になるだろう。
「えーっと、とりあえずノックを」
そして、あらかた漁り終えたので山賊たちを道路の端っこの邪魔にならないところに集めておいた。これで、誰かが通りかかった時に処理してくれるだろう。残念ながら、僕は遺体処理の仕方は分からないのだ。
「ど、どうもー……?」
軽くノックをしてから、恐る恐る馬車の扉を開けた。その中は光がなく、月光以外には明かりがなくほぼ真っ黒で何も見えなかった。
「だ、だれ……?」
「うおっ!?」
すると、その暗闇の中から声が聞こえた。幽霊か? そう勘違いしてしまうほど小さな声だったが、やがて徐々に真っ黒の影が動き出し、そして人型のシルエットを映し出した。
「あ、あなたは誰……っ!」
「あ、えっと………ただの通りすがりですけど、その。大丈夫ですか? なんか、大変だったみたいですけど」
顔は見えないが、まあ元気そうだ。怪我もないようで何より。一応脅威は排除したわけだし、もう僕ができることは無いな。下手に刺激しても良くないだろうし。ここはクールに去ろう。
「誰だって聞いてるの……っ! さっきの賊共の仲間……?」
「いえ、関係ないです。それでは」
素早く馬車をおりて、扉を閉めた。そして足早にその場を離れる。あの人にとって、僕が誰であるかはどうでもいいはずだ。大事なのは、もう危険は去ったということ。
女の人っぽかったけど、まあ馬の1頭2頭くらいは操れるだろう。異世界なんだしな。僕は出来ないけどね。笹、早くテントに戻ろう。そろそろ眠くなってきたし、今日はぐっすり眠れそうだな。




