とある御者の日常
こちらはウォールランド正門前発、Cルートを通るデウス公国南西大橋行きでございます。お値段は良心的で、旅の安全はおまかせあれ。安全を最優先に、効率的なルートで素早く目的地に到着致しますよ。
おや、お客さん随分とお若いですね。いえ、特に年齢制限などございません。料金は先払いでございますが、降車するのはどこに致しますか?
はい。了解いたしました、デウス公国南西大橋ですね。ではここから南西大橋までですと、こちらの運賃となります。
はい、ちょうど受け取りました。では出発時刻までお待ちください。追加料金をお支払い頂くと、今からでも発車致しますが、如何致しますか?
かしこまりました。では、出発時刻は30分後となりますので、少々お待ちください。しがない馬車の御者と、世間話でもいたしますか?
ありがとうございます。
お客さんは随分とお若いご様子ですが、おひとりで旅行ですか? それとも、デウス公国のどこかへお住みになられるのですか?
ああ、なるほど錬金術競技大会! 聞いたことありますよ。というか、錬金術師を馬車に乗せて公国へ運ぶことは沢山あります。お客さんも錬金術師だったのですね。
いえ、まあ、随分お若いですから。普通ならば、高名な錬金術師に弟子入りして、成人するまでお付きとして雑用や手伝いなどをするのが普通なので。
ノレクシール先生ですか! はいはいはい、もちろん存じておりますとも。私の後ろにお乗りいただいたこともございます。とても礼儀正しい方でした。
ノレクシール先生のお弟子さんでしたか。私も魔法薬が欲しくなったら、ローデンス魔法霊薬店よりもノレクシール先生のお店に行きますよ。値段は安いですし、よく効くものばかりですから。
最近は錬金素材の確保が難しくなってきているとよく耳にしますけど、ノレクシール先生のお店は大丈夫なのですか? なんでも、採取する人が足りなくて仕入れの値段が高騰しているとか。
なんと! お客さん自らですか! それは素晴らしいですね。たしかに、ここウォールランドの近くの森は自然豊かで素材の宝庫ですからな。それに魔法生物も棲息していますから、魔石にも困りません。
え、詳しい? 私がですか?
ええまあ、旅のお客さんにこうやって色々とお話を伺うもんですから。馬車の御者といえば、酒場の店主よりも世界の情勢に詳しいもんですよ。流石に教会の人達には負けますけどね。
え? ええ、そうです。彼らは信者さん達からの懺悔があるでしょう? 信者の人達は、教会の神父やシスターには機密情報などもペラペラ喋ってしまうんです。まあ、教会の人達は彼らの秘密を漏らすことは絶対に有り得ませんけどね。
話を戻しましょうか。
ここら辺の森なんかに素材を集めに行ってらっしゃるのですよね? 最近、例の森である噂を聞くことがあるんですよ。
ええ、そうです噂です。
なんでも、人間の形をした灰色の毛皮を身に纏う人狼? が出没するとか。その人狼は人を襲うことは決してせず、目撃情報としては動物を狩猟していたり捌いたりしているらしいのです。
ええ、人狼ですよ。
もしも本当に、噂通り人狼が動物狩りをしていて、さらに道具を用いて捌いたり血抜きを行なっているとするならば、これは大変な脅威になる恐れがあります。
そうですとも。
なにせ、知能が低く本能に忠実なはずの人狼が道具を使い、その上に保存なども考えているわけですから。普通なら、その場で貪り食うに決まっております。
進化の過程で、人狼にこれほどの知能を獲得したのか、それとも突然変異か。もしくは人間が呪いによって人狼になってしまったか、もしくは………。
いえ、その。
あまり口に出すことは躊躇われますが、いわゆる魔族ですよ。魔族が人間を攫って、人狼に変えたって話もあるじゃないですか。物語なんかで。もしそれが本当に起こりでもしたら………。
ウォールランドなんて、即日で陥落してしまうかもしれません。拓けた土地にポツンといちする大きな要塞。彼らから見たら、興味を唆るものに違いないでしょう。
まあ、これはたんなる噂なので、どこまでが本当か分からないですけどね。人々も、そんなのはでまかせだって信じていますし、まだ誰も恐怖はしていませんよ。
もし、民衆に本格的にこの噂が広まり出したら、貴族の方々が私兵を出して森を調査するはずです。その後は、彼らに任せましょう。
………え? ええ、灰色の毛が生えていて、人間の形をしていて、動物や植物を採っているそうですよ。道具を使った跡や、痕跡も残っているそうです。足跡も、人間に近いのだとか。
うぇっ!?
お客さんなんですか!?
灰色の毛皮を使ったコートに、魔法素材の動物を解体して、錬金素材を調達している!? なぁんだ、お客さんでしたか………よかった。実は私、人狼というものが本当に苦手でして。この噂を聞きたくもなかったんですよ。
いえ、謝られることじゃ……。
ですが、噂の正体がわかって良かったですよ。もうこれで、ウォールランドに来る時にビクビクしないで済みますから。
なるほど、夜間にしか咲かないお花や夜行性の動物ですか………なるほど、確かに深夜に森に潜る必要がありますね。きっと冒険者か誰かが、お客さんの姿を目撃したのでしょう。ですが、別に悪いことをしてる訳ではないですもんね。酷い言いがかりだ。襲われなくてよかったですねぇ。
………さて、そろそろ出発いたしましょう。到着は6日後の予定でして、5回の野宿が必要です。休憩などは適宜取りますが、急な体調不良などは遠慮なくお申し付けください。そして地面が揺れたりぬかるんだ道を通る際は、必ず知らせますので、柱や天井にお掴まり下さい。では、出発いたします。
はい、大体はこの速度で走行いたします。あまりにも早すぎると振動や安全の問題もありますし、遅すぎても馬がストレスを感じてしまいます。というかそれがメインですね。この速度は、馬がいちばん心地よく走れる速度なんです。
そうですねぇ……。
大体30年ほどになりますかね。私は帝国と聖国の国境線沿いの村に生まれましてね。そこは馬の生産が盛んでして、私は代々馬屋を営む店でして、父も祖父も、その祖父もまた馬の調教と御者をやっていましたから。
ええ。単身赴任と言った形です。いや、単身赴任というより出張に近いですかな。活動の拠点はロスフォルド………私の生まれた村ですから。
馬の飼育や調教は、父や祖父ではなく母や祖母がやっていましたね。どちらかと言えば、私達男組は御者の活動がメインでした。それでお金を稼いで、実家に送って馬屋の設備を買ったりしています。幸い、帝国のとある騎兵部隊の人達がお得意様になってくださいましてね。本当にありがたいことでございます。
え? 馬以外の家畜ですか?
お客さん、なかなか鋭いですな。流石はノレクシール先生の愛弟子と言ったところ。お客さんの言う通り、馬とは別に家畜を飼育しているんてすよ。
とは言っても、馬と同じく運搬用の動物……いえ、魔法生物ですけどね。エルグラーデ。大きな牛みたいな魔物です。力が強くて、従順で、長生き。ですが長い間ものを引っ張ることは苦手ですから、主に農作業のお供に使いますね。牛車みたいな。
ええそうです、牛型の魔物エルグラーデ。ご存知ですか? 普通の牛よりひと周りくらい大きくて、ふた周りくらい筋肉質なんです。私の実家の店では無いんですけど、ロスフォルド村の宿屋で出されるエルグラーデのTボーンステーキは絶品ですよ。もし立ち寄る機会がおありでしたら、是非お越しください。
え? そうです、目が赤く光るヤツです。まさしく、小さめの角が3本あって、前足の爪が4本、後ろ足の爪が5本あるんです。よくご存知ですね、お客さん。
え? 錬金素材になる?赤い眼球が高値で取引されていて、三本の角のうち後ろ2本に魔法効能がある? 爪にも素材になるポテンシャルがあって、エルグラーデの心臓と膵臓も錬金素材になる………?
そ、そのお話は本当ですか?
いえあの、非常に申し上げにくいんですけど、私たちの家では角や爪なんかは邪魔だから捨てられていて、赤い瞳に至っては全くのノータッチですよ………もしかして、エルグラーデの眼球や角、爪を売ったら高値で売れる……?
そ、そんな!
私たちは数百年の間、それだけ価値のあるものを捨ててきたんですか!? なんてことだ………よし、決めました! お客さんをデウス公国に送り届けた後、大急ぎで実家に帰って伝えます! 瞳と後ろの角2本、そして爪は捨てるなと!
え? 採取法と保存方法?
あ、そうか………申し訳ありません。たしかに存じ上げないですね……。公国の錬金術師に聞いてみなければ……え? なんですか? これ。何か書いてありますけど………ええ!? これって!
回収法と保存のやり方!
お客さん、ご存知なんですか!? ありがとうございます! 本当にありがたい、ありがとうございます! 流石はノレクシール先生のお弟子様! 何故エルグラーデの解体方法を知っているのかは疑問ですけど、凄いですね!
これまでゴミだと思っていたものにそんな価値があったなんて!是非お礼をさせてください! あの、お客さんのお名前を聞かせていただいてもよろしいですか? 私の名前はギアン・ロスターです。
イストリット様ですね。
あの、お客さん……じゃなくて、イストリット様、本当になんとお礼申し上げればよろしいのか。あの、なんでもいいのでお礼をさせてください! 何か、なにかご希望はありませんか?
え、ロスフォルド村の宿屋のTボーンステーキですか? も、もちろん! もちろんですとも! 少々お待ちください、無料券をご用意します。えーっと、このサービスチケットに……よし。これを、このチケットを宿屋にご提示ください。私の名前にかけて、イストリット様のTボーンステーキは無料でございます!
本当に、本当にありがとうございます! このご恩は一生忘れませんとも! イストリット様は私の村の恩人です!
え? 話を戻す?
えっと、なんのお話でしたっけ………ああ、そうでした。馬以外の家畜でしたね。
少し前までは、鶏も一緒に飼育していたんですけど、聖国の大規模養鶏場には敵わなくてですね。ですから、今の私の村には馬とエルグラーデの二種類を飼育しています。
それと、そのエルグラーデを労働力とした農業もなかなか盛んなんですよ。村民の割には生産量も大きいですし、人頭税も低いので村の経営は極めて順調。本当に、誇らしいでございます。
ええ、ぜひ無料チケットを持っていらしてください! 村の人達は、少々クセが強い人たちですけど、とても親切で優しいですから。ああいった小さな村は、助け合いが何よりも大切ですからね。
ところでお客さ───じゃなくてイストリット様。イストリット様は錬金術競技会に参加するんですよね? でしたら、例の何とかっていう本は読みましたか?
ええそうです、そのセント・ラースの本です。あの本、1度だけ見た事があるんですけど、なかなか面白かったですね。錬金術師のお客様に見せてもらったんです。しかし、お値段が高くてですね。息子が好きそうだったんですけど、本に出す値段ではありませんでした……。
ええ、それはもうとても高かったですよ。普通に暮らせば、2ヶ月は過ごせます。それを、息子のためだとはいえ本のためには使えないですねえ。あれだけ分厚い本ですから、そりゃあれくらいはするかもしれないですけど。あの値段では、貴族くらいしか買えませんね。内容は面白いのに、もったいない気がしますよね。
え? 本ですか? ええ、本はよく読みますよ。私の知らないことを沢山教えてくれる、知らない世界を見せてくれる、知らない光景を浮かび上がらせてくれる。本は沢山読みますね。
おすすめですか?
そうですねぇ。イストリット様が好みそうな錬金術の本は、例のセント・ラースの本と『フロッグウッドのおまじない』という本です。そこまで詳しい専門書じゃないんですけど、子供が好むようなコミカルな表現や口調、説明などが非常に面白いです。さしずめ、錬金術の入門って言ったところですかね。
ええ、カエルのような顔をした魔法使いの男が、たまたま草とキノコを混ぜたらすごい薬になってしまって、その薬で世界を変えるって話です。
喜劇じみた考えや行動と、錬金術の興味深さが絶妙なバランスで混ぜられていて、子供が錬金術を知る第1歩になりそうです。
他のジャンルだと、そうですねぇ。
バチバチのアクションモノとかどうです? 世界最強の剣豪が世界を救う! だとか、1番最初の魔法使いが世界を混沌に陥れる! みたいな。
やはり、子供たちにとってはヒーローですからね。最初にこういった英雄譚を読んで、騎士や剣士に憧れるんです。もちろん女の子も、回復術師や魔女に憧れますよね。そういった意味で、このような本は子供たちには大人気です。
イストリット様は、やはり錬金術師ですからこういったものはあまり御覧になりませんか? ノレクシール先生は、あまり冒険記や英雄譚は読まれないそうなんですけど。
あぁ、なるほど。
たしかにノレクシール先生のお店にはそういった本はないかもしれないですね。あの人は、まさに錬金術にしか興味がないような印象でしたから………。
私ですか? そりゃあ、私も昔は1人の男子でしたからね。当然、剣や魔法といったものは大好きでしたよ。今はこの仕事について、護身用の武術を身につけてはいますけど、それも気休め程度のものですから。
剣や魔法で思い出しましたが、聖国が勇者召喚を行ったって話は聞きましたか? ええ、100年ぶりに成功したとかなんとか。今代の勇者はどんな人なんでしょうねぇ。
ええ、異世界人ですよ。異世界人と言えば、この世界に知識や知恵、そして力を授けてくれる存在ですけど、なんか頭のネジが1本2本抜けてるんですよねぇ。
めちゃくちゃ魔法が好きで沢山の新しい魔法を編み出したり、女性の美容法や健康法を広めたり、お米? というものを栽培し始めたり………また素行が悪かった勇者もいましたよ。女癖が悪かったり、喧嘩に明け暮れていた勇者もいました。
ま、私が生まれるよりずっと前の話ですから、どこまでが本当でどこまでが嘘か分からないですけどね。こういう勇者の英雄譚というのは、大抵の場合は脚色されて壮大に描かれているものですから。とくに聖国にとってみれば、勇者というのは自分らの力と権威を示す絶好の広告塔ですし。
ええ、特別な存在ですよ、勇者というものは。その全員が、一般の人やエルフ、獣人といったこの世界の住人よりも強大な力を秘めているんです。というのも、私たちが神から頂いた【才能】が、文字通り桁違いに強力なんです。
そしてその強大な力を使いこなす能力も備わっています。また、彼らは【英雄の星】というギフテッドを持っていて、常に自分や身の回りに幸運が溢れ、決して不幸にはならず、絶対に戦いに敗れ倒れることは無いようです。正に奇跡というものを身に纏っているんですよ。
まあ、聖国はそう言っていますね。本当かどうかは本人か神様に聞いてみないと分からないでしょう。今度聖国による機会があれば聞いてみたらどうです? 意外と神様は答えてくれるかもしれません。
え? ええ、もちろん。私も女神に啓示を受けたことがありますし、会話したこともありますよ。こう言っては良くないかもしれないですけど、そりゃあもう目を疑うような美人さんでしたよ。男神と話したことは無いですけど、きっとハンサムで理想的な身体をしているんでしょうね……。
と、話を戻しましょうか。
これまでの歴史が言うには、勇者という者が召喚されれば、この世界には災いが起こるとされています。いえ、申し訳ありません、反対ですね。魔王や魔物災害、またこの世界にとって良くないことが起これば、聖国の勇者召喚は必ず成功するのです。
ええ、そうです。
特に魔王やその他諸々の話は聞かないのに、勇者召喚が成功してしまった。何やら嫌な予感がしますよね。ええ、何事もなければいいんですが……。
では、今日はここなの辺りで野宿にしましょう。はい、野宿の装備は全て積まれております。火を起こそうと思うのですが、手伝っていただけますか? ええ、ありがとうございます。




