華麗で偉大なる自語り
ノレクシールに弟子入りしてからというもの、僕の生活は錬金術中心のものとなった。あれから約4ヶ月が経ち、一日の流れが固定し始めたところだ。
起床は6時。そこから一日の仕込みが始まる。『ノレクシール・エリクサー』の開店は9時からなので、それまでに一日に売る錬金素材やポーションを棚に並べ、足りなければ作成して補充する。大急ぎで朝食を食べ、9時を迎えたと同時にノレクシールは作業室に引きこもり、僕が店番をする。
とはいえ、悲しいかなこの店はあまり繁盛していない。ほとんど全てのお客さんを隣のお店に取られてしまっている格好だ。
なので時間を持て余している。暇な時間は退屈なだけなので、僕なりに工夫して過ごしている。工夫と言っても、作業室にあった本を4、5冊借りて読んでるだけなんだが。
そして正午を迎えると、昼食休みと同時にノレクシールと店番を交代する。作業室に入り、錬金台で色々な素材の組み合わせを試したり、より効果的なポーションを作っていたりしている。まあ、上手くいったことなんて2、3回しかないけど。打率驚異の.003だ。
一応、高名な錬金術師の書いた本を参考に錬金している訳だが、それでも失敗の連続だし新たな発見もある。毎日湯水の如く素材を消費しているので、足りなくなった分は買うか採取するか。主に後者だが、その役割は僕がすることになっている。
「こんなもんか?」
そして今日は、足りなくなったフローディアの花を採ってきた。この青いお花、物凄い沢山の魔法効能があるらしく、外傷回復薬から精神安定剤、頭痛薬に下痢止め、果てには視力回復の効果まである。
ただ、花びらがとても小さいのと効能自体は死ぬ程小さいものなので、これまであまり使われてこなかった不人気素材だ。ノレクシールはこの花に注目して、安価でよく効く栄養剤として量産化を目指しているらしい。
「ノレクシールさん、これだけあれば足りる?」
「おお、イストリット。お使いご苦労だったね。しかし、残念ながら全く足りない。それの4倍は欲しいところだね。もう少しねばってくれないかな」
「4倍っすか………じゃあ、明日も取りに行きます。定休日でしたよね? あれ、臨時営業でしたっけ」
「それは来週だね。じゃあ明日もよろしく頼むよ。お休みの日に申し訳ないね」
「いえ。それじゃ僕は適当に夜ご飯食べてきます。ノレクシールの分も、買ってきましょうか?」
「いや、私はお昼ご飯の残りで十分さ。今日はありがとう、ゆっくり休んで」
一応袋いっぱい分のフローディアを集めたのだが、まだまだ足りないらしい。こいつ普通に重たくて、腕当てのパワーアシストを使ってなんとか担ぎあげている状態なのに。これを4往復なんて、腰がどうなってもいいのかね。
近くの出店で夜ご飯を買い、ベンチに腰かけて夜空を見上げる。雲ひとつない大空に、無数の星々が輝いている。綺麗なもんだ。日本にいた頃はあまり星空に興味はなかったが、知識の中にあった夜空とは全くの別物だ。今できる娯楽の1つが、夜空を見上げること。
エモい気持ちになりながら焼き鳥を頬張っていると、視界の端に端正な顔をした長身で細身のエルフが映った。見間違えようもなく、僕をボコボコにしたイケメンさんである。3人の女性を引き連れ、街中を闊歩している様子だ。
(やっば……)
僕は自分の顔を覆い隠すように、手元にあった新聞を広げた。もし目が合ったら大変なことになるからな。この平和な街で殺人鬼を生み出す訳にはいかない。
(あぶねー………ん、なになに。………異世界から勇者が召喚されたと。100年振りの勇者召喚成功? ってことはこの100年のあいだに幾らか失敗してるってこと? 何それ怖すぎなんだが。えーっとそれで、召喚した国は、ユーレシス聖国か。ふぅん、存じ上げんな)
異世界小説と言えば、勇者という存在はマストだろう。流石の僕でもその単語くらいは知っている。しかし彼ら彼女らが召喚されるとしたら、その理由はなんだろうか。テンプレ的な展開で言えば魔王とかだと思うが、この世界に来てから魔王というものには縁がない。
(異世界召喚された勇者か………じゃあ僕も異世界から来たんだから勇者なんだが? なんで僕は勇者扱いされてないんだ? もしかして自己申告制なのか? すいません僕勇者なんで接待してください、って? いや恥ずかしすぎ)
しかし、この世界にはこの新聞にもある通り異世界からの勇者召喚があるらしい。ということは、異世界人の存在も確認されている上にこの世界を訪れることもあるということ。ならば、僕が周りの人に異世界人ですって言ったら信じてもらえるのでは?
………まあ、腹を割って話せるような友達が出来たら試してみよう。
新聞を広げながらチラッと周りを見渡すと、もうすでに端正なエルフは居なくなっていた。ほっと一安心だ。串焼きも食べ終えたところ、そろそろお家に帰る時間だ。
「今日は雨か………」
そして1夜明け。
昨日とはうって変わって空は雨模様。朝方からそこそこの雨が降り続けていた。うーん、これは予定が狂ってしまったな。
というのも、お求めのフローディアの花は晴れの日の10時から15時の間に花を開くのだ。それ以外の天気や時間帯で採取すると求めてる魔法効能が得られなくなってしまう。理由はよくわからんが、魔法とはこういう摩訶不思議なものだ。
「じゃあイストリット、今日はアクアフロームを採ってきてくれないか? 在庫が少々心許なくてな。保管方法は覚えているかい?」
「アクアフローム……雨の日にしか咲かない奇妙な花ですよね。変な音を鳴らすっていう」
「そう、鮮やかな緑の花だよ。保存用容器はカウンター下の棚にあるから、それを背負って行くといい。取り扱いには十分注意してほしい、常に水に晒して置かないと、枯れて酷い匂いがする」
花が音を鳴らすとはこれ如何に。どういう原理か分からないだろう? 僕も分からない。多分魔法だ。アクアフロームの効能は聴力や嗅覚、味覚の上昇。常に花弁を水につけておかないと腐ってしまうという、変な花だ。
「分かりました、いってきます」
コートの上に水で満たされたガラス製の筒を背負い、店の外に出る。今はかなりの雨が降っており、街にいる人はほとんど居ない。フードを被り、いざ街の外へ向け出発進行。
「おや、こんな天気に街の外へ何か用事が?」
街の大門を通る時に、門番をしていた衛兵に話しかけられた。適当に返事をしながら通してもらう。結構冷たいはずなのに、彼らは今でも半袖に鉄製防具を身につけている。傍から見てもクソ寒そうなのだが、屈強な男たちは平気な顔で街を守り続けている。
心の中でお疲れ様でーすと挨拶しながら、僕はアクアフロームを探し出した。
◆❖◇◇❖◆
「新たな錬金操作を見つけた?」
「うん。僕の【才能】を使ったやり方なんだけど、かなりの時間と工程を短縮できるはず」
「才能……つまり魔法か」
ノレクシールに弟子入りしてから半年弱。彼に色々教えて貰いながら、ようやく錬金術とは何たるものかを理解し始めた頃。
有名な錬金素材をあらかた覚えて理解し、そしてこの街にある錬金術の本をほとんど読み尽くし、数え切れないほど実験や試作を繰り返した。今現在解明されている魔法薬をできる範囲で作り終え、高難度の霊薬や超薬も少しは作れるようになった。
ノレクシールさん曰く、実力はわたしの3分の1ほどらしい。それは高いのか低いのか。全く分からないが、まあ褒め言葉として受け取ろう。
そして一昨日。
寿命を引き伸ばす『延命の超薬』を調合し終え、ノレクシールさんから初心者卒業、そして4級錬金術師の称号を頂いたところで、少しのリフレッシュの時間をもらった。この半年間本当に錬金術しかやってこなかったので、自由なことをして英気を養えとのことだ。
『運動不足過ぎてやばい……』
しかし悲しいかな。久しぶりに剣を振って狩りでもしようと思ったら、運動不足過ぎて筋力や剣筋が衰え、まったく魔物を討伐できなかった。こりゃ明日は筋肉痛確定だなと思ったら、案の定昨日は腕が全く上がらなかった。
なので暇潰しに【青魔法】で水塊を作り遊んでいたところで、件の発見をしたという訳だ。
「面白そうだね、それは。説明してくれないかい?」
「もちろん。実際に魔法薬を調合しながら説明するね」
用意したのはデーレスナッツとブリッジスラグ、そしてブラムエキス。机の上に乗せた簡易錬金台に向き合い、ノレクシールに話しかけた。
「じゃあ、はじめます」
「うむ。デーレスナッツにブリッジスラグ、ブラムエキス………筋肉痛止めの軟膏かい?」
「ええ。今回の実演にちょうど良かった上に、いまこの薬が必要なんで」
正直これらの素材を持ち上げることすらきついレベルだ。やはり日頃の適度は運動は大切だなと思わせられる。
まあそんなことはいい。
まずは、アーモンド色のデーレスナッツと青いぶくぶくしたブリッジスラグを乳棒で粉々にする。これは魔法を使わず、腕を使ってやるのだが、本題はこれからだ。
「次に、粉々にしたデーレスナッツとブリッジスラグをブラムエキスに混ぜて、かき混ぜますよね」
「うむ。トロミがでて、さらにバター状になるまで混ぜ続ける。そういえば君は筋肉痛だったね。その作業は辛くはないかい?」
そう、まさにその通り。
この混ぜ混ぜする作業はとても大変でだるいのだ。だからこそ、魔法を使ってやる。幸いにも、僕が使える【青魔法】はこういう用途に限って言えばかなり使い勝手がいい。
「その通り。だから、こうする」
僕は左の掌の上に、拳サイズの水の塊を生み出す。そしてその形をぐにゃっと変形させ、目の前にある乳鉢と同じ形にした。
「む。その水の塊に素材を入れるのかい? しかし、今回の調合では水を入れたら効果が無くなって失敗してしまう」
ノレクシールはそう心配するが、それはまさに杞憂というものに他ならない。
乳鉢状にした水の塊に素材を全て流し込むと、再度それらを変形させ今度は完全に丸い球状に形を変えた。そしてこの青い玉となったものを、高速で回転させる。左回転だけでなく、時には右回転に、上回転に、下回転にといった風に向きも変えて。
「ふむ……素晴らしい魔法操作だね。君は精密な魔法操作に長けていたのか。知らなかった」
「そりゃ、言ってないからね。それで、大体30秒でも経てば、この通り」
そして水の球に大きめの穴を開ける。すると、その穴からバターのように半固体になった魔法薬が零れてきた。よしよし、作戦成功だ。
「ふむ………上手く混ぜられているな。人間がかき混ぜた時より正確かもしれない。それくらいにダマがない。それに、まったく水が混ぜられていない。表面層で上手く分離されているね」
調合し終えた魔法薬を躊躇なく右腕に塗りたくった。すると、この魔法薬独特の爽やかな匂いと僅かに痺れたような感覚が。問題なく効能を発揮しているようだ。よかったよかった。
「随分腕を上げたじゃないか、イストリット。私は魔法の【才能】がなかったから、この考えは思いつかなかった」
そう言って貰えて光栄だ。
僕もこのやり方はたまたま思いついただけだし、今はまだかなり気を使って魔法を行使しないといけない。しかし、何回も繰り返せばいずれ無意識的にもこの操作が出来るようになるだろう。
「そういえば、この前貸した本は読み終えたかい?」
「本って、あのよく分からないタイトルの分厚いやつ?」
「『セント・ラースの華麗で偉大なる冒険記』、最高の錬金術師セント・ラースの冒険記であり、錬金術の基礎的な部分と2級レベルの魔法薬が網羅されている。初心錬金術師の教本として広く広まっている名作だよ」
読み終わったには読み終わったが、内容がセント・ラースとやらの自慢話ばっかりなのであまり面白くなかった。錬金術については詳しく書いてあったが、あれはかなり分かりやすく書き直してるんだろうな。説明の部分がやけに不自然だった。
「内容は理解できたかい?」
「セント・ラースの自語り以外はね。わかりやすい解説だったし、図やグラフの頻度や配置も理にかなってた。それに例題の難易度設定も最適だったし、一般の人にもウケはいいと思う」
「本当かい? それは嬉しいな。あれは僕達錬金術師協会が修正して書き下ろした教本なんだ。君がそういう評価をしてくれて嬉しいよ」
「いや、僕なんかに言われても………まあいいや」
なんかこの人、発言がいちいち甘いんだよな。そんなに僕をヨイショヨイショしないでほしいんだが。むず痒いぞ。
「それで、その『セント・ラース』がどうしたの? 売りに出すとか?」
「あれは既に市販されてるよ。売れ上げは悪いけどね。そうじゃなくて、その『セント・ラースの華麗で偉大なる冒険記』を読み終えたのか聞きたかったんだ」
「ふーん……え、なんで?」
「実は、来月にデウス公国の錬金術師協会本部で競技会が開催されるんだよ。君には是非その大会に出場して欲しくて」
そう言って彼は、羊皮紙を僕に手渡した。開催場所から予定日時、出場資格に優勝賞金、そして出題範囲が書かれている。
「ふーん、『セント・ラースの華麗で偉大なる冒険記』から出題か。でも、錬金術以外の所から聞かれても答えられないよ?」
例えば、彼の発言とか内容とか。
「いやいや、そんなことは無いよ」
彼は笑いながら否定する。
そして真剣な表情で聞いてきた。
「もし君が優勝することが出来たら、君にもっと優れた環境で錬金術を学んで欲しいと思っているんだ。この競技会というのは、言わば初心錬金術師の登竜門として、新人発掘の場として機能している。そしてもし優勝することが出来れば、才能ある若手として初めて名が知られるんだ」
いや、別に有名になりたいわけじゃないんだけど。僕は自分の好きな錬金術の調合や研究が出来ればいいだけだし、ある程度の設備はここに揃ってる。
「それに、君は確かお金が大好きだったよね?」
「人聞きが悪いな。お金自体は好きじゃない、お金を稼ぐこと自体が好きなだけだよ」
「いや、違いがわからないんだけど………。とりあえず、出場手続きは済ませておくから、当日は頑張ってね」
「いや、もう出ることは決まってるの? デウス公国なんて遠いところ、行きたくないんだけど」
どうやらもう出場は確定のようだ。僕はやりたいと言った覚えは無いのに。そしてまたエルヒューマがどうとかで色々言われるのは嫌だぞ。殴られるのは嫌いなんだから。
「大丈夫。思ったよりも道は整備されてるし、交通網も整ってるから定期馬車も出てるし。大体6日くらいで着くから安心して」
6日て。長すぎだろ。なにか暇つぶしの遊び考えないと。いや、別に僕は出ますって言ってるわけじゃないしな。いざとなればバックレでもするか。




