可能性と神秘性の学問です。
流石に顔が大変なことになってるので、フードを被って何とか隠す。とりあえず治療だ。死ぬことは無いだろうが、この怪我と左手を治さないといけない。
(ヒビが入ってるっぽい……?)
日本で平和を謳歌し、室内でぬくぬくと過ごしていた僕にとって、大きな怪我をしたのは今回が初めてだ。故に、この左手が骨折してるのかただの打撲なのかは分からない。
(病院……は、まずいよな。それじゃあ教会? いやおかしいか。……あ! なら薬屋さんはどう? この異世界じゃ、回復薬なんていう便利な薬があるって聞いたことがある)
決まりだ。
もし病院に行けば先程と同じように差別を受ける恐れがある。その時周りの客に迷惑をかけるのは勘弁だ。なら、今持ってるお金で回復薬とやらを買って治すことにする。というか、この世界の回復薬というものに興味がある。日本人の僕にとってみれば、夢のような薬だ。
「えーっと………うわ、人がたくさんいる」
薬屋さんの近くまで来たが、そこには沢山の先客がいた。みなゴツイ防具やかっこいいローブを着ていて、更に剣や斧、杖なんかで武装している。
(あれが冒険者か……)
想像通りの冒険者達だ。
うーん、これはかなり時間がかかりそうだからこの薬屋さんは見送ろう。近くにも同じような薬屋さんがあるはずだし、多分。
「うーん………お? あるじゃん」
とは言え、自分で言っておいて何だが薬屋さんはないと思っていた。かなり繁盛した様子だったし、見た目も豪華な店だ。ライバル店が敵うとは思えない。
しかし意外なことに、数ブロック先に小さな薬屋さんがあった。この辺りは大通りに比べて人が少なく、やや薄暗い印象がある。一応は開店しているようだが、中にお客さんがいる気配はない。
「ごめんください」
これまた、イメージ通りの異世界薬屋さんだった。ロウソクが数本という暗い店内に、瓶に詰められた草や根。そして乱雑に並べられた色水が入った瓶。
「………臭い」
思わず、小さく呟いた。
鼻の奥を刺激するような匂い。草をすり潰した苦味を含んだ香りだ。ちなみに僕は苦い匂いや味が苦手だ。もし回復薬が苦ければ、飲み干せないかもしれない。
僕はそのまま、店の中を回ることにした。色とりどりの瓶に収まった薬がある。優しい赤色から、禍々しい紫色まで。その中には、『さわるな!』との注意書きがある物まであった。
しかし、薬瓶に貼られてる値札を見てみても、値段はそこまで高価では無いな。最安値が500ゴルドで最大が8000程だ。いちばん高い薬の効果は、『長命の超薬』。寿命を延長する魔法薬らしい。絶対詐欺だろこれ。
「………お客さんですか」
「あ、どうも……」
すると、店の奥から男の顔がひょこっと現れた。その顔は酷くやつれており、目の下には真っ黒のクマがある。かなりお疲れのご様子。
「久しぶりのお客さんですよ。大抵の人は、ローデンス魔法霊薬店に行くんです」
ローデンス魔法霊薬店とは、さっき行ったあのデカい薬屋さんか。確かに、あの人気ぶりを見ればここに来る人は少ないのかもしれない。
「そ、そうですか………」
「しかし、品質に関してはこの『ノレクシール・エリクサー』も負けてはおりません。それに、他の店を悪くいうつもりは無いですが、あの店は少々明るすぎる」
明るすぎる、と来たか。
確かに言われてみれば、このお店は如何にも『魔法薬!』という少し妖しい感じがするが向こうの店は煌びやかな印象だ。
清潔感という風に捉えれば向こうの方が優れているかもしれないが、個人的にはこっちの暗い印象の方が魔法薬っぽさがある。
「……確かに、ここと向こうの印象はかなり違いますね。僕はどちらかと言えば、コチラの方が落ち着きます」
人の数も数倍以上だからな。
そんな中に自分一人なんて落ち着かない。
「おおっ! それはありがたいですね。この前同じことを冒険者の方に言ったら私と店への暴言祭りが始まりましたよ」
……んまあ、そういう明るい雰囲気が好きな人もいるだろう。それに人が多いと言うのは、それだけたくさんの人に選ばれているということ。その実力は確かだろう。
「そうですか……」
「いやぁ、おめでたいです。約3週間ぶりのお客さんですよ。これは何かサービスでもしたいところですが………ふむ」
男性は僕の顔や体をじーっと見つめた後、近くの棚にあった赤色の水が入った瓶を手に取った。そしてそれを、僕に押し付けるように渡す。
「えっと、これは……」
「よく見ればお客さん、身体中に怪我があるご様子。この『グランシーバーの水薬』をお飲みください。いわゆる外傷回復薬でございます」
これはありがたい。
例のイケメンエルフさんに殴る蹴るされた所が微妙に痛かったんだ。受け取った外傷回復薬をグビっと呷る。
「にっが」
「ええ、そうでしょうとも。何せグランシーバーの血液にアンテーザ、黒蝶の羽を混ぜたものです。当然苦いでしょうな」
ホントにこの薬で怪我が治るんだろうか? 味だけで考えたらただの毒薬だぞ。クソまずい。
「ほら、お顔を見せてください。少し経てば、傷が塞がり始めるでしょう。グランシーバーの血液は猛毒ですが、黒蝶の羽で中和しておりますし、アンテーザによって痛み止めの作用もあります。もう痛みは亡くなってきたでしょう?」
はあ?
いや、そんな訳………。
「うっそーん……」
なんと、本当に顔や腹、身体全体の痛みが引いていったのだ。おもむろにフードを外し、彼が差し出した手鏡を見ても、出血していた箇所は傷跡なく修復されている。これが錬金術の力か。とんでもないなこれ。
「如何でしょう? これが錬金術の素晴らしさです。怪我を治し、精神を安定させ、体を強くする。神秘性と可能性を持ったこの技術を、私は世界中の人に伝えたいのです。これは全錬金術師の願いでもありますね」
「凄いですね……この薬」
こりゃあ凄い。
もし日本に帰れたら、この瓶を2、3本持ち帰りたいくらいだ。大儲けに違いない。オークションに掛けたらいくらで売れるだろうか。
「ところで、お客さんのご要件は何でしたかな? 何分久方ぶりのお客さんでしてな。つい興奮してしまいまして」
「あぁ、要件。この怪我を直せる薬を買おうと思ったんです。それと、錬金術のことについて知りたいなと思って」
本来の目的はもう済ませてしまったからな。とは言っても、この回復薬もタダでは無いと思うし、大人しくお金を払おうと思う。
「おお! 錬金術について知りたいと! 素晴らしい、素晴らしいです! その言葉を聞いたのは何年ぶりでしょう、私はその言葉のために努力しているのです! さあ、お客さんもこちらへどうぞ。さあ錬金台の前へ! きっとお客さんも、錬金術の虜となるでしょう!」
店主さんはテンションを上げて嬉しそうに声を上げると、僕の腕を掴んで店の後ろの扉へ引っ張った。僕が驚く間もなく、彼は、大きな笑みを浮かべて目の前の台を指さした。
「ささ、是非台の前にどうぞ。これが私達の商売道具でございます。私達錬金術師はこの錬金台を使って薬や毒の調合をするのです。さあこちらを!」
男性……ノレクシールは両手に縦長の紫をした花と水色がかった液体を詰めた瓶を取り出す。錬金術に興味を持ったのがかなり嬉しいのか、顔はニコニコとして小躍りするように錬金器具を準備して回る。
「ブルーシープの唾液にヴァリアレット。組み合わせて水に溶かすと出来るソニュルムの水液は中程度の睡眠薬でございます」
早口でそう話し倒すノレクシール。余程僕に錬金術を知って欲しいのだろうか。ぜんぜん喋らせてくれない。けど、楽しそうだから気にしない。このワクワクとした気持ちを隠そうとは全く思わなかった。
「さ! では早速調合を始めましょう! とは言っても簡単です、この本通りに作業を進めていくだけ」
錬金台のとなりにデカい図鑑みたいな本が開いてあった。そのページには『ソニュルムの水薬』と書かれており、必要素材や調合方法、使い方や効能、注意書きなどが記載されている。結構ビッシリと書かれており、中々に詳しそうだ。専門用語らしきものもいくつかある。
(えーっと、なになに。『ソニュルムの水薬』の作成手順と。まずは乳棒と乳鉢でヴァリアレットをすり潰します。えー、こいつを使えってことだよな)
近くにあったすり乳鉢と乳棒を使って紫の花をコリコリと潰した。白い陶器の乳棒が紫に染るが、木にせず次へ進む。
(木のボウルへすり潰したヴァリアレットを入れ、ブルーシープの唾液を混ぜながら少しずつ混ぜていく………なるほど、ホットケーキと一緒だな)
ホットケーキの生地を作るのと同じように、木のボウルへ紫の塊へ水色の唾液を入れていく。そしてホイッパーならぬ茶筅でかき混ぜていく。というかこれモロ茶筅やん。なんでこんなところに?
(泡が出ないようにゆっくり………ふむ、こんなもんかね。それで、次はこの原液に水を入れて薄めるのか)
水の入ったボトルを傾け、茶筅でかき混ぜながら水に溶かしていく。濃さが変わったらダメだろうし、上手いこと溶かさないとな。
(大体こんなもんだろうか。あとは瓶に移して、10回振ると完成か……よし)
「おお。おめでとうございます、見事完成させましたな」
完成した『ソニュルムの水薬』を見てみると、花のすり潰しがやや甘かったのかつぶつぶしたものが瓶の中に浮かんでいる。
「お上手でしたよ、お客さん。手際も安定しておりましたし、過不足ない判断でした。どうです? 錬金は楽しかったですか? もっと何か作りたいなら、材料などをご用意出来ますが」
めちゃくちゃ楽しかったぞ。
この『ソニュルムの水薬』とやらが本当に睡眠薬の効果があるのかは不明だが、錬金術はとても楽しめた。小学生の時の工作の授業のように、自分の作品を残せる感覚。
(これ、僕好きかもしれない)
僕は昔から小さな工作が好きだった。特に目的や理由もなく、ダンボールや色紙を繋ぎ合わせて絵を作ったりしていた。そして小学生や中学生の美術の授業もかなり好きだった。
そして、ファンタジー世界特有の魔法薬。魔法の薬、なんて芳香な響きだろうか。自分で魔法の薬を作り出せるだって? そんなの興味無いわけないだろ! 男なら誰しもが憧れるに決まってる!
「好き、これ好きです。めちゃくちゃ楽しいですね、錬金術! もっと知りたいです。もっと教えてくれませんか?」
僕は初めて触る錬金術の虜になった。彼の言った通り、僕は錬金術の楽しさと可能性、そして神秘性に魅力された。
「もちろんです、もちろんですとも。錬金術の真の目的は人々の生活を豊かにすること。そのためには1人でも多くの錬金術師が必要なんですから!」
そこから僕達は、2、3時間ほどぶっ続けで錬金術について語り合った。僕が質問して、ノレクシールが返答する。そして補足説明をして、さらに僕が疑問に思ったことを口にする。
こんな感じで、僕はトントン拍子で暫定的にノレクシールの弟子(?)になった。彼が僕に強くお願いしたのもあったが、何より僕がもっと錬金術を知りたいと思ったからだ。
そしてなんと、ノレクシールさんはこの店の2階の物置を使ってもいいとのこと。つまりは寝泊まりできる部屋を確保できたわけだ。
(ノレクシールさんすげえ)
僕は率直にそう思った。
そして家賃についても、出世払いということで勘弁してくれるらしい。ただし一応彼に弟子入りしたということで、雑用やお使い、錬金素材の調達なんかを僕にお願いしたいそうだ。それから、それらの材料を使ってもっと高度な魔法薬や霊薬の作り方や錬金技術を授けてくれるらしい。
あれ? これって僕はもう将来錬金術師になることは決まったってこと……?
………んまぁ、いっか。
それくらい楽しいんだし。好きなことを仕事にできるって最高でしょ。やめたかったら、やめてもいいんだし。
実際に稼げるのかどうかは、この店を見る限り疑問だけれど。ここは異世界なんだから、こういうのは意外となんとかなるもんだろう。
うん、余裕余裕。




