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暗殺術師の異世界秘録  作者: 五輪亮惟
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覆われた素顔


 目が覚めた。

 ズキズキと痛む頭を押えながら上体を起こす。今まで感じたことの無いほどの気持ち悪さと倦怠感に襲われ思わず顔を歪めてしまった。


「………」


「……ど、どうも」


 目の前には、焚き火があった。そして僕の向かいには、切られた丸太に腰掛けているルシェルドさん。でかいフードを被っていて顔が見えなかったが、一瞬だけ目が合った気がした。


 緩慢な動作で体を起こすと、その下には藁が敷かれていることに気付いた。僕が倒れたのは彼女との戦いが終わってすぐで、地面に倒れ込んだはず。


 ハッとした僕は、思わず彼女のフードに隠れた顔をまじまじと見つめた。いきなり後ろから斬りかかってくるようなやつが、こんな親切心を持っているはずないだろ、と思いながら。


「な、なに……?」


 僕の視線の意味を理解したのか、やや不満げな声を発するルシェルドさん。


「いや………その」


 なんというか、気まずい。

 普通ならここでありがとうとでも言うものなんだろうけど、相手は僕を殺そうとしたやつだ。ありがとう、なんて言えるわけが無い。


 ゆっくりとした動作で、彼女の対面の丸太に腰掛けた。もう空は真っ黒で、月明かりも分厚い雲によって遮られている。


 僕は冷えきった指の先を暖めようと、焚き火に手をかざした。


「ふぅ………あったかい」


 じんわりとした暖かさが手に伝わる。雨によって冷えた地面に長いこと倒れていたんだから、相当体温が下がっているはずだ。暫くはこうやって過ごすしか無いな。

 問題は、気まずいことだ。なにか会話をしないとと思いながらも、あぁでもないこうでもないと考え込んでしまう。


(えぇ………取り敢えず、自己紹介か? いや、でも一応知り合い、だよね……久しぶり? いや、流石に軽すぎるか……)


「………あの、これ」


「うっ!? ………ああ、食べ物?」


 うーん、と顔を俯かせながら考え込んでいた時、彼女からの声が聞こえたので顔を上げると、焚き火を迂回して僕のそばで片手に串焼きを持っていた。


 急に近くに寄られたことに驚いて変な声を上げてしまったが、その理由を知って納得し、大人しく串焼きを頂いた。どうやら、この焚き火を使って調理していたらしい。


「あ……りが、と」


「ど、どういたしまして……」


 果たして、僕はちゃんとありがとうが言えていただろうか。僕の中では普段と変わらないありがとうのつもりだったが、大丈夫だろうか?


 串焼きは美味しかった。このお魚をどこで手に入れたのかは聞かないでおくが、塩で味付けされた優しい味に、パリッとした皮とジューシーな魚肉。

 1本を食べ終えたところで、タイミングよく彼女がもう1本を僕にくれた。


「お、美味しかった、です」


「そ、そっか。よかったよ」


 うーん、気まずぅ………。

 これって、ルシェルドさんと仲良くするのはあってるよね? いや、でも殺そうとしたんだもんな。これで馴れ馴れしくしたら、逆に彼女を困らせちゃうかもしれないし。


 うーん………。

 ぶっちゃけ、こういうたどたどしく気まずい感じよりも、戦ってた時のタメ口でちょい辛辣な方が好きなんだよな。正直やりずらいし、このやり取りもダルい。


(かといって、いきなり『そのローブとフード、ダサいね!』って言うのはヤバすぎる。ちょうどいい一言はないだろうか)


「あー……えっと、その。キミは例の盗賊団のメンバー、じゃないよね?」


「……そう、ですね。全く関係ないです。隣の村に用事があって、帰ってきたらこんな状態になってました」


「あー………あの、そんなに丁寧じゃなくても、構いませんよ。わたし達、見たところ同じくらいの年代ですし。く、口調も崩してもらって、大丈夫、です」


 敬語は、使わなくていいらしい。ありがたい限りだが、それよりいきなり斬りかかってきた理由をお聞きしたいな。まあ多分、盗賊団のメンバーと勘違いしたんだろうけど。


「わかった………それで、おま───んんっ。失礼、君はどうなの? 僕は、一瞬君を盗賊団の残党だと勘違いしちゃって」


 危ない、お前って言いそうになった。


「う、うん。わたしも関係ないよ。証明することは出来ないけど。わたしもあの冒険者パーティーを裏切られて、やっとこの村に帰ってこれたんだ」


 裏切られて?

 はあ、彼女も例のパーティーにやられたのか。なるほど、だからさっき裏切り何とかって聞かれたのか。合点がいった。


「そっちも裏切られたんだ、お互い大変だったね。この世界の冒険者パーティーは、ああいう裏切りはよく行われるものなの?」


 ふと疑問に思ったことを聞いてみる。彼女はでかいフードを被っていて、その表情は計り知れないが、声色からして僕に対してそこまで悪い印象はないようだ。


「さあ? わたしも、冒険者になって3ヶ月しか経ってないし、知らないな。でも、普通なら仲良いメンバーとかお金で雇われた人達だから、そう簡単には裏切りはしないと思うけど」


 まあそうだよな。

 危険がいっぱいのところで背中を預けているんだから、そう易々と裏切られるようなことがあるならパーティーなんてものは廃れていくはずだし。

 普通は起きないことだけど、僕や彼女の場合は運が悪かったと。神様頼むよ、初めての異世界探検だったのに、トラウマにでもなったらどうするつもりなんだろう。


「そうだよね……いやまさか、こんなあっさり裏切られるとは思ってなかったから驚いたよ」


「あはは……」


 愛想笑いを浮かべる彼女。

 今は裏切られたとはいえ、もとはそのパーティーに所属していたのだ。彼女が直接的に関与していなくとも、居た堪れないのだろうか。

 まあ、別にもう蒸し返すつもりは無い。彼女本人に悪気があったわけじゃないし、彼女ひとりじゃ防ぎようがなかったからな。

 それを責めるのはお門違いだと思うし、謝罪を求めるのもおかしいだろう。悪いのはあのジェラとかいう魔法使いだ。


「キミ、あの状況からよく生き延びられたね。言っちゃ悪いけど、死んじゃったかと思ってた」


「あー、まあね。さすがに死を覚悟したんだけど、色々あって助かったんだ。それで、遺跡を出ようとした時に、コイツを見つけたの」


 銀の腕当てを指差す。


「キモいよね、これ」


「うーん、ぶっちゃけ気味悪いかなぁ。でも武器としては優秀だし、キミも上手く使えてたじゃん?」


 そう言って貰えて嬉しいけど、もっと上手く使いこなしたいんだよな。けど、そのための技術や体力、想像力が圧倒的に足りない。ゆくゆくはもっと形状のバリエーションを増やして、近中遠、どの距離も対応出来るような戦いがしたい。


「そっか。いやでも、それならそっちの方が驚かされたよ。まさかその見た目でゴリゴリの近接タイプだとは思わなかった」


「あはは……実は、この《剣術》の《才能》もパーティーに裏切られてから開花したんだ。それまでは、ホントに回復・支援役だったんだ。でも、思いの外《白魔法》と《剣術》の相性が良くて」


「あー、あの何かを吸ってるやつ?」


 今思い出すとかなり変な感覚だったな。掃除機で心の中の何かがブーンって吸い取られていくみたいな。自分が自分で無くなるような感覚だった。


「うん。あれはSPを吸い出してたんだ。それで最後の、君を後ろから突き刺したやつは、心臓を狙ったの。それでキミは体内のSPをほとんど全て吸い取られて、急激なスタミナ切れになった。それで、擬似的な麻痺状態になったの」


「へぇ……あれは、もう喰らいたくないよ」


「そだね、わたしも喰らいたくない」


 手足に全く力が入らなかったもんな、あの時は。確かに思い返せば、全身が疲弊しきったような感じになっていた気がする。フルマラソン走りきった時みたいな?


「だから、キミが起き上がってきたときは心底驚いたよ。だってSPが切れたんなら、普通即気絶してもおかしくないんだもん。お陰で蹴られちゃった」


 僕が足を叩き込んだ左の頬を擦りながらそう小さく笑うルシェルドさん。なんだ、意外と気さくな人なんだ。もっとお固くて真面目な人だと勝手に思ってた。


「あー、それは、なんていうか。確かに失神しそうだったけど、なんとか1発だけでも喰らわせてやろうって思ってて。だから不意打ちじゃないと当たらないと思ったんだ」


 それほどまでに、彼女の攻撃は苛烈だった。防御することは出来ても、全く攻撃に転じることが出来ない。だから、唯一の突破口は不意をつくしかなかった。


「うーん、でもそれを言ったらわたしも、全然攻撃が当たらなかったよ」


 僕達は会話を途切れさせながらも、1時間ほど会話を続けた。そしてお互いが眠気を感じ始めた頃に、自然と会話は終わり、僕はまた彼女が敷いてくれた藁の布団に横たわる。


(全然話せる人だったな。普通に喋りやすかった。けど、なんか壁があるような感じがするんだよなあ。いや、それはお互い様か。まだ会ってそんなに経ってないし、そんなに簡単に素は出せないよな)


 適当にそんなことを考えながら、これからの彼女との過ごし方を模索していたところで、のろのろとやって来た睡魔に抗うことはせず、僕は静かに寝息を立て始めた。


 後になって思えば、僕はすぐ近くに僕を殺そうとした相手がいたにも関わらず、全く意識せずに寝てしまった。それは戦いで疲れていたのもあるだろうが、何よりも先程の会話で彼女に何かしらの安心感を得たからだろう。

 そしてその安心感は、数日後にはまったく別の顔として僕ら2人の前に立ち塞がっていた。



 翌日。目を覚ました僕らは村から拝借した食べ物で簡単な朝食を作り、空いた腹を満たした。そしてこれからどうしようかと言う話になった時、彼女が近くの都市ウォールランドへ行くことを提案した。


 僕はその都市のことを知らなかったが、この村の数十倍の規模で、ここら辺を治める貴族ウォールランド家の本拠があるところらしい。いわゆる県庁所在地か。


 そこまでは、歩きで約3日から4日。馬車やその他の乗り物を使えばもっと短時間で行けるのだが、如何せん手持ちがない。その上に食べ物や飲み物、宿屋代も手に入れないといけないとなると、全く贅沢などできないわけだ。


 僕ら2人は、出発の前に焼け落ちた村の中を探索した。なにか使えるものはないかと探るが、金目のものやほとんどの備蓄は盗賊団に持ち去られていた。

 辛うじて見つけたのは、家にあった硬貨の小包み3つ。合計で2649ゴルド。そして死体となった盗賊2人が身につけていた宝石類と装飾されたダガー、お金の入った財布。そして、盗賊団の紋章が入った丸盾。


(盗賊団の紋章か……覚えたぞ。必ず復讐してやる。教官やゲルの味わった苦しみを、お前らにも感じさせてやる)


 彼らと関わった時間は長くなかったが、とても濃密な時間だった。願わくば、この時間がもっと続けばいいのに、と考えていたし、実際そうなると思っていた。だが、そんな思いは儚くも崩れる。僕は、残された者として、彼らの無念を晴らすだけだ。



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