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暗殺術師の異世界秘録  作者: 五輪亮惟
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生贄と犠牲、裏切り


◆❖◇◇❖◆


 ずっと1人だった。

 親の顔は知らない。兄弟姉妹も、存在するか分からない。この世に生を受けてから14年ほど。わたしの周りには、誰1人肉親はいない。守ってくれる人も、大切に思ってくれる人もいない。


 わたしは捨てられた。

 そして、拾われたんだ。


 野垂れ死にしかけていたところで、孤児院に拾われた。そこでわたしは名前を貰い、育てられた。そして9歳でそこが経営難で潰れ、身一つでこの危険な世界に放り出された。


 何とかお金を稼がなくちゃいけなかったから、村唯一の酒場で給仕役として雇ってもらい、住み込みで働くことにした。その酒場は、わたしが働き始めて以降、辺境の地ということを考えるとかなり繁盛し、客は皆口を揃えてルシェちゃんの顔を見る為に来たんだと言っていた。見せに来る理由はどうあれ、わたしはお金が稼げて一安心だった。


 わたしはこのまま、一生こんな生活が続いていくのだろうと思っていたし、この生活に不満はなかった。たまに酔っ払った男がわたしのお尻や脚を触ってくることがあったけど、その度に店長が懲らしめてくれて。給料の面でも、看板娘ということでかなり良い待遇にして貰えていた。


 でもある日、世界が変わった。

 たまたまこの村を訪れた冒険者4人組に、このパーティーへ入らないかと誘われたんだ。


 最初は、何を言ってるのか分からなかった。だって当たり前でしょ、わたしは戦ったことなんて無いし、武器も握ったことがない。それに何より、わたしはこの酒場の給仕だ。


 何が目的なんだろうなぁ、とぼんやり考えながら、その誘いをやんわりと断り仕事に戻るが、彼ら4人組に料理を運ぶ度に誘われ、次の日も彼らは酒場の席に居座り、わたしを勧誘した。


 お金を落としてくれるから、まあいっかと思っていたのだが、4日目あたりで彼らは安いエールしか頼まなくなった。流石に他のお客さんの邪魔だと店長が退店を促すが、彼らはわたしをパーティーに入れるまでは帰らないと聞く耳を持たない。


 どうしようかなと考えていた5日目も彼らは酒場を訪れ、机ひとつを占領していた。どうやら、このパーティーのリーダーがわたしの勧誘に積極的で、他の3人は渋々付き合っているらしい。


 そして6日目。とうとうわたしが折れる形でパーティーに仮入隊した。わたしが抜けたいと思えばすぐに抜けさせてくれることを条件に、近くの狩場まで彼ら4人と移動した。


 その道中、何故わたしなんかを勧誘したのかリーダーに聞いてみた。すると、彼は驚きの返事をしたのだ。曰く、わたしには《白魔法》の才能がある、とのこと。

 わたしはその時、目の前の言っている男の言葉が全く信じられなかった。からかわれたのだと思い、帰りますと言って彼らに背を向け歩き出す。


 しかしそこで、女の魔法使いのような人に腕を引っ張られた。私達のリーダーが勧誘したんだから、大人しく付いてきなさいよ。そしてあんたには、本当に《白魔法》の才能があるのよ。ケルの言うことを否定するの? 語気を強めにそう捲し立てられ、返事に困ったわたしは不満ながらも分かったと言った。


 そして、魔物を前にした時。

 世界が変わった。本当に、わたしに《白魔法》の才能があったのだ。魔法の《才能》なんて、酒場の常連客である冒険者曰く珍しいとのことで、わたしにそんな力があったなんて思ってもみなかった。


 そしてわたしは、正式にケルストさんのパーティーに入れてもらった。回復、支援要員として。このパーティーはちょうど回復役を募集しており、わたしは彼らのお眼鏡にかなったらしい。


 狭い村の中という世界しか知らないわたしにとって、この広大な世界は未知の連続だった。知らないことだらけのこの世界のことを、パーティーの先輩に聞きながら、彼らに迷惑をかけないように必死で努力を続けた。


 《白魔法》しか使えないわたしは、進んでパーティーの雑用や皆がやりたがらないことを進んでやった。少しでも役に立ちたくて、そして少しでも彼らに恩を返したくて。彼らはわたしにまったく新しい世界を見せてくれた。冒険者さんの口から聞いた話を、わたしはこの身をもって体験することができた。


 リーダーが言うには、わたしの活躍によってこのパーティーはかなり強くなったらしい。でも、わたしは彼らの支援と回復しかしていない。それでも、ケルストさんはわたしに給仕役の時の数倍の給料をくれた。


 彼らと過ごした時間は、楽しかった。少なくとも、私は楽しく感じていた。彼らの役に立つために努力を重ね、そして戦闘だけでなく採集や料理などのサバイバルスキルも身につけた。この期間は、間違いなく私の短い人生の中で最も濃密で楽しい時間だった。


 わたしがパーティーに入っておよそ3ヶ月が経った頃。パーティーはとある遺跡の調査依頼を受けていた。とんでもない雰囲気を放つ遺跡の中で、わたし達は1人の少年を見つけたんだ。


「君、こんなところで何してるの?」


 初めて見た人種だった。

 灰を被ったような髪色に、一際目を引く紅の瞳。そして、ほんの僅かに、少しだけ伸びた耳。ハーフエルフではない。ハーフエルフと人間の子供、エルヒューマだ。


 イストリットと名乗ったこの少年は、わたし達と同じくらいの年代だった。そして彼は、この世界のことを全く知らないようだった。ステータスや《才能》のことを簡潔に教えると、彼は目を輝かせながら聞いていた。


(エルヒューマ………聞いたことはある。生まれながらに迫害されてしまう、呪われた種族)


 理由は単純、混血種だからだ。ただでさえ嫌われるハーフエルフの、さらにその子供。特にエルフ族からすれば、エルフと人間が交わることを良しとしない。さらにその子供が人間と交わり生まれた子供など、許せないのだろう。高潔なエルフの性分ゆえに。


 でも彼は、自らの種族など全く気にしていないようだった。まさに、そんなの関係ないとばかりに。いや、もしかしたら自らの出自も知らないのかもしれない。でも、ステータスを開いた時に分かるはずなんだけどな。


 そして成り行きで、彼はわたし達のパーティーと共に遺跡を攻略することになった。彼は初めて剣を握ったらしい。年相応の眩しい眼差しで、適当に渡した剣を眺めていた。


 彼の口からポロッと漏れた言葉が聞こえた。どうやら、彼には《暗殺術》の才能があるらしい。これまた珍しいな、と頭の中で呟く。


 あまり戦闘には向かないとされる《暗殺術》。でも、彼はクレイボーン相手に対等に渡り合っていた。そして、勝利を収めてみせた。戦闘のセンスがあるんだなあ、とぼんやり考えながら、彼の背中をボーッと見ていた。


 そしてそれから進んだところ。様々なハプニングがあり、わたし達はイービルスコーピオンに追われていた。そしてそいつから逃げたところで、我らがリーダーケルストさんが負傷してしまったのだ。わたしはその時彼を治すのに必死だったから気づかなかったが、どうやら彼の前にクレイボーン・ウォーカーが立ち塞がっていたらしい。


 そしてその時、わたしはパーティーメンバージェラさんの行動に目を疑った。なんと彼女は、わたし達5人と彼との間で、頭上に《赤魔法》を放ったのだ。崩落する天井に、分断された少年。彼女の裏切りにわたしは声を荒らげようとしたが、彼女の心から安心したような表情を見て、急激に心が冷えていく感覚に襲われた。


 そして治療が終わったケルストさんも、なにか言いたそうな表情だったが、結局何も話さず先の道へ進み出した。同じようにドルナさんもベクレルさんも、何も言わずに彼の後に続いた。裏切りの張本人であるジェラさんは、負傷したケルストさんを心配しながらも、清々しい表情を浮かべていた。


 わたしは、心の底から彼らを軽蔑した。彼らは、こんなこと決してしないと信じていた。同時に、なんの罪もない少年の死に対してここまで冷徹になれることに対して、恐怖を覚えた。


 このパーティーに入って3ヶ月。初めて、冒険者になって後悔した。こんなこと辞めて、あの村の酒場で給仕に戻りたいと願った。



 結局、遺跡の攻略がかなり進んだところで、わたしも裏切られた。道を埋め尽くすほどの大量のクレイボーンとナイトスパイダーに襲われ、わたしを生贄にするように彼ら4人は私を見捨てた。


 ふっ、考えてみれば当たり前かもしれない。彼ら4人は、同じ村で育った幼馴染らしい。大して私は、ただの部外者。彼ら4人が私を見捨てて保身に走るのは、当然と言えば当然だった。


 心の底から後悔し、絶望した。わたしが守りたかったパーティーはこんなものだったのか、必死に努力した結果がこれか、と。


 頭の中で、何かが弾けるような音がした。全てに絶望し、生きる希望を失い、過去の行いを悔いていたところで、急に全身の力がふつふつと湧いてきたのだ。心の奥底から何かが溢れ出てくるような感覚。そして同時に、彼らの醜い感情を想像し、ヘドロのようなドロドロとした真っ黒い感情が脳内で渦巻いた。全てを破壊し、混沌に陥れ、奪い去る力。そして同時に頭に浮かんだのは、アイツら4人を無惨に殺して回る自分の姿。


 その醜さに、わたしは絶望した。


 気付けばわたしは、無意識にとある言葉を口走っていた。消して知ることは無かった、発することは無かった単語。


「《黒魔法(グレムディア)》」


 漆黒の魔法陣が、わたしの眼前に出現した。そして同時に、小石ほどの黒い塊が魔物の軍勢に向け連射された。為す術なく体を貫かれ、地に伏せる魔物共。


 はぁ。と一つ息を吐くと、私の体を支えを失った棒のように力無く倒れた。全身の力が抜け落ち、ここで死ぬんだと本能的に理解した。


 そして程なくして、クレイボーンの足音が聞こえた。わたしを静かに目を瞑り、これまでの人生を回想する。短い人生で、最後の最後でクソみたいな展開だった。アイツら4人だけは、絶対に復讐してやりたかった。


 全身に鋭い痛みが走った。音を聞くと、クレイボーンがすぐ近くまで迫ってきている。体は全く動く気配はなく、もう、動かす気力もない。私はもう全てを諦め、降参するように静かに意識を手放した。



 程なくして目を覚ましたとき、わたしは遺跡の外にいた。


◆❖◇◇❖◆

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