終わりの始まり
目的の品はすぐに見つかった。雨足はどんどんと強くなっており、日本にいたならば傘をさそうかなと思うくらいの雨量になっている。
だけど、この世界では傘をさしてる人は誰一人いない。気にしてない人が大半で、それ以外の人はコートやローブのフードを被り雨を防いでいた。この世界に傘ってもんは無いらしい。多少の雨など気にしないとばかりに、人々は生活を続けていた。
村人たちの流れについて行くように足を進めると、通りに面した市場に入った。いくつかの出店が連なっており、人々が思い思いの物を売り買いしている。軽食も幾らかあるようだ。燻製肉に串焼き、焼き魚にスープ、サラダなんかもある。
今はお肉より魚だ、魚が食べたい。日本人からするとラーメンや焼肉、寿司なんかも食べたいがそんなものはもちろん売ってない。大人しく普通の魚料理を食べることにする。
「お、魚の串焼きだ」
この村は山の麓にあることもあり、近くに大きな川と滝がある。多分そこらで採れた魚だろうな。川魚で串焼きと言えばイワナとかアユとかかな。お魚詳しくないけど。
「すみません、オススメの串焼きを2本お願いします」
「あいよぉ!」
鉢巻を頭に巻いたムキムキの男だ。この世界の男の人はムキムキ率が高い気がするな。娯楽がないから筋トレでもしてるのか?
そして渡されたのはイワナとアユの串焼きだった。味付けは両方とも塩。うーん、シンプルイズベストってやつか。はやく食べないと。雨に濡れちまう。
「いただきまーす」
うーん、美味い。
シンプルな味付けながらも魚本来の旨味がしっかりと引き出されてる。素材がいいのかね。とにかく美味い。満足である。
(さて、早く帰ろう。ちょっと雨が強くなってきたっぽいし)
教官から引き受けたお遣いは無事終了しており、腹ごしらえも済んだ。もうこの村にいる理由はないな。早く帰ってベッドで寝よう。コートを着てるにも関わらず服が濡れてしまってる。
「急げば1時間ちょっとか………よし」
行きに来た道を引き返し、元の村へと歩みを進める。道は水を吸ってぐしょぐしょにぬかるんできている。これは下手に走ったら足を取られそうだな。気をつけないと。
って、うわっ!
おいおいおい、靴の中に水が入ってきたんだが。頼むって、革靴履いてんだぞ。靴下が濡れてなんか気持ち悪いし。靴擦れしたらどうしよう。
空も薄く黒味がかってて酷く不気味だ。雨の音もどんどんと大きくなり、鳥や虫の音も全く聞こえない。グレイゴート製のコートは耐水性と防寒性に優れているはずなのに、酷い雨のせいでかなり体温を奪われてしまう。
………お、誰かいる。
3人組みたいだ。鉄の胸当てや肩当などの基本的な装甲と鋼鉄製の大剣を携えている男2人。もう1人は女性だ、弓を持っている。前衛2人と後衛1人の構成。見たところ盗賊みたいだけど、何してるんだろ。
………あ、ども。
なんか会釈された。
ありゃ、いい人みたいです。通りすがりの武装した3人組でした。日本だと通報待ったなし、翌朝表紙一面モノだが、この世界では日常のありふれた光景。
疑ってごめんね、3人。
さ、気を取り直して行こう。
まだゴールまで2/3もある。
「うわぁ……」
あー、こりゃやばいかも。
雨がどんどん強くなってきてる。ゲリラ豪雨か? こんなに降るのはここに来て初めて見るなぁ。流石に寒すぎるから早く村に着かないと。
コケないように小走りでベタベタした道を駆け抜けて行く。そしてその道中も適当なことを考えて時間を潰していた。例えば、この世界の雨はガチの神様が降らしてるのか、物理的・気象学的な法則みたいものによるのか、みたいな感じだ。
非常にどうでもいい。
だーれも興味無いよな。
「──────」
朝毎日走ってて本当に良かった。やっぱり下半身を中心に筋肉つくし、何より体力がつく。前世は運動なんて全くしてなかったからこうやって長い間走り続けるなんて出来なかったけど、やっぱり運動はいいもんだな。こんな天気じゃなければ、もっと気持ちいいんだろうが。
数十分程走り続けた。
天候の方は、良くも悪くもなっていない。ずっと降り続けている。流石にこんだけ降るんじゃ、さっき居た村の人たちも市場を畳んで家で過ごしてるんだろうな。
1度、銀の腕当てを操って傘の形にしてみた。全体の1割もいかないほどしか使わなかったから重さも大したことない上にしっかりと水を防ぐことが出来たが、流石に罰当たりだろうと気後れした。
(もし売る時に水垢なんかで価値が下がったらいやだからね)
んまあ、そんなことはどうでもいい。
というかそろそろだろう。もう少しで背の高い木々の間を抜けて、拠点の村が目視できるほどになる。さすがにこの雨じゃあ村の光も消えてて人の動きもないんだろうけど。
さっきの村もだけど、この世界の人達活発すぎるでしょ。ガチで陽キャの集まりに見えるんだけど。なんかみんな元気なんだよね。教官もゲルもヴェラスさんも、みんな元気モリモリだ。これが異世界パワーか?
お、木々の終わりが見えた。
よし、ここを超えればいよいよ───
「───え?」
大粒の雨が大地をたたきつけているにも関わらず、その村は明るい光を煌々と放っていた。しかしそれは、ランタンやロウソクといった暖かい光ではなく……。
「も、燃えてる……?」
全身に、ゾワッと何かが通り抜けた。なにか、何か嫌な予感がする。言葉にできない恐怖感に包まれた僕は、その見えない何かを追い払うように全力で走る。
頼む、ただの火事であってくれ。
そう願えば願うほど、最悪の展開が頭の中で映し出される。そんな想像を頭から追い出すように頭を振り、何とか冷静を保つ。今僕が出せる最速で村まで走り、ものの数分で村の入口近くまで辿り着いた。
「や、やばい………っ!」
村は、崩壊していた。
村を守る外壁は崩れ落ち、木材の家々は火の海に呑まれていた。そして村の中心で武装している全身を高級そうな装備で覆った男たち。その数は10を優に超えている。そして傍には、山のように積まれた死体。
(おいおいおい……っ! なんだよこれ……!)
無理やりに暴れる呼吸を押さえつけて平静を保つ。取り敢えず、下からは見えにくいだろう高台に移動する。
ふぅ。今すぐにでも中へ飛び込んで男たちを倒したいが、そんなのは無理だ。絶対に無理だ、殺される。ならせめて、ここから奇襲のチャンスを───
「はー、疲れたぜ! このオッサンは中々骨が折れた! この頬を見ろ! 掠ったとはいえ1発食らっちまった!」
両手斧を背負った男が、上半身裸の男を引き摺り、そして死体の山へ放り投げた。上半身裸の男は、全身に深い傷を負い、彼が引き摺られた跡には血の道が描かれている。
そして、彼の顔には見覚えがあった。いや、見覚えなんてレベルじゃない。昨日、一緒に鍛錬した。そして今日の朝、顔を合わせた。
(う、うそだろ……っ)
教官だった。
何回戦っても勝てない相手に対し、頬のかすり傷だけで勝ちを収めた男だ。勝てるわけが無い。たとえ奇襲を仕掛けたとしても、僕レベルじゃ傷1つ与えられないだろう。
オマケにそれが、10何人もいる。まさしくこれが、絶望だった。
(ま、待って………今やることを考えよう。そうだ、思考を停めちゃだめ。考え続けないと)
まずは落ち着いて、状況を整理しよう。教官以上の実力を持つ盗賊10何人が村を襲撃して、人殺しと破壊、略奪をしてる。見たところ、皆殺しみたいだ。捕虜を取ってるようには見えないな。家はほとんどが炎上、倒壊してる。生存者は少ない、あるいはほとんどゼロに近いな。
僕では歯が立たない。
故に、隠れ続けないと。
絶対に見つかってはダメだ。
盗賊のリーダーは………アイツか。
あの長髪で髪を結んだ男。特徴的な模様の丸盾を持ってる。あれがこの盗賊の紋章みたいだな。みんな同じような模様が入った鉢巻や鎧を着てる。
奴らの目的はなんだ?
お金か? お金ならそこの役場にある金庫にある。金庫はそう簡単には開かないだろうが、村長か金庫番が持つ鍵で開くだろう。村長は、死体の山の中にいるのだろうか?
と、村長が出てきた。
男に拘束された村長が役場の中から現れて、リーダーの前で無理やり頭を地面に擦り付けられる。そしてリーダーは美しく輝く宝剣を天に掲げ、そのまま村長へ───。
僕はその光景に、口を押えながら尻もちをついてしまった。今目の前で起こったことが、あまりにも信じられなかったからだ。
教官が動かなくなると同時に、ダブルベッド程の大きさがある巨大チェストが、男4人によって役場の外へ持ち出された。金属製だ。かなり重いはずなのに、男たちは涼しい顔で運んでいる。
あれがこの襲撃の目的だろうか。
だとするなら、あれがこの村の財産を保管していた金庫か。この村で最も価値があるもの。男たちは、それを馬車の積荷に載せた。
あれ、絶対に最大積載量オーバーだろ。と思ったが、2匹の馬に引かれたその荷台はゆっくりと進み出す。大男たちは目的を果たしたのか、最後に村長を死体の山へ放り投げ、そしてその山へ向かってナニかを放り投げた。今のは……石だろうか?
疑問に思っていたところで、死体の山は突如発火し真っ赤な火柱がたった。 そんなことは絶対にありえないはずだ。なぜなら今は大雨が降ってる。火なんてそう簡単につくはずがない。
(あれは、魔法なのか?)
恐ろしく、おぞましい光景だ。
罪なき人々の死体によって積み上げられた山が、轟々と火に包まれて眩い光を放っている。彼らの体を、せめて教官の遺体だけでも助けないといけない、と思うが、体は金縛りにあったように動かない。
しかし、その震える身体にムチを打ち、何とか腰を上げて入口の門から村の中を覗いた。
もう、僕が知っている元気な村は消え失せていた。衛兵の死体がそこら中に転がり、広場の中央では死体の山が燃えている。家々は焼けて潰れ落ち、外壁は崩壊していた。そしてそれらを行った人間は、もう居ない。嵐のように、さっぱりと消え去った。
このおぞましい光景は、まるで悪魔が襲ってきたのだと錯覚する程だ。神や悪魔が人間に罰を与えたのだと考えても納得出来る。同じ人間の仕業とは思えなかった。
(いや、これは本物の悪魔だ。こんなことをするなんて、悪魔みたいなものだ。奴らは、悪魔なんだ)
なぜ、こんなことが出来るのか。どうしてこんなことをするのか。いくら考えようとも、その考えは全く分からない。いや、分かりたくもない。
「ど、どうすれば………」
力なく膝を落として、顔を俯けた。こんなことありえない、こんな展開、あるはずない。そんな声が頭の中に響く。
あの燃え盛る火柱の中に、短い間だけどお世話になった人が沢山いる。教官はもちろんのこと、狩りを教えてくれたゲルや薬草を買い取ってくれたヴェラスさんに、隣の家でたまに話を聞いてくれたおばさん。出店の店員さん達。
こんなの嘘だ、ありえない。
そう信じたいけど、目の前の光景がそんな幻想を否定する。顔が濡れている。雨によるものなのか、涙によるものなのか、分からなかった。
「───っ!」
突如。
強烈な殺気が後ろから放たれた。頭で考えるまでもなく、反射的にその方向から距離をとり、銀の腕当てを半剣に形作る。
「せぁ!」
剣の形をした光の塊だ。おそらく魔法だろう。ボロボロのローブにフードを被った人が、2本の光を振りかぶりながら迫ってきている。
「ふっ!」
剣で受け止めるのは難しいと判断し、盾の形にして光を受け止める。右腕にとんでもない重さが掛かり、関節が外れそうになるが何とか堪える。
「ぐっ!」
そして、右腕全体に銀を纏わせた。想像するのは作業用パワードスーツだ。自分の力を増強させパワーを増大させる技術。僕はこの銀の腕当てを右腕に纏わせ、右腕を動かすのではなく纏っている腕当てを動かすことでパワーを増大させこのボロいローブ野郎を押し返した。
因みにこの技は、昨日の夜に思いついたものだ。ぶっつけ本番だったが、上手くいった。
しっかし、いきなり後ろから攻撃してくるとはな。さっきの盗賊団のお仲間か? ったくなんなんだよ。まあ、最初に斬りかかってきたのは向こうなんだから、応戦しても何も言われないよな。
「しね! ドブネズミ!」
「こっちのセリフだボロ頭巾」
ドブネズミ………?
ああ、この辺なコートか。確かに言われてみたらドブネズミみたいな色してるな。だけど、お前のそのボロっボロのローブには負ける。あとそのフード、ダサすぎるぞ。




