異世界の零戦?
ファンタジー世界の軍事組織は、どのような訓練を新兵に施すのかなとワクワクしていたのだが、随分とスパルタ臭がするものだった。
内容は、1体1で教官と永遠に戦うだけ。もちろん手加減してくれているはずなのに、僕が負ける。常に戦いに神経を巡らせ、集中を維持し、一瞬の隙も見せられない。そしていざ踏み込もうとすれば、カウンターにより体を沈められる。
これは果たして、訓練なのか? 僕から見たら、教官の鬱憤ばらしにしか見えない。なんかストレスでもあるのだろうか。こういう時は、『どしたん、はなしきこか?』である。
「ふっ!」
「甘い!」
剣と剣が触れ合う間合いから1歩踏み込み。肩を目掛けて袈裟懸けを放つ。しかしそのスピードはあまりにも遅すぎた。全てを見切られた上に、教官は剣を受け止めると同時に手首を返し、木刀をがら空きの胴へ滑らせる。
バシン!
くぐもった音と共に鋭い衝撃が腹部を襲う。ハッキリ言って気絶するほど痛い。一瞬でも気を抜けば意識を手放しそうだ。
吐きそうになるのを堪えながら、木刀を杖のようにして体を支えながら、必死に倒れるのを我慢する。
「どうした小僧。終わりか?」
「いえ。まだ、です」
ええ、終わりたいですよ。
でも今終わったら、今晩の宿はどうなるんです? 今諦めたら、そのまま外に放り出すんでしょ?
痛みを堪え、教官を見据える。目は真剣そのもので、僕を嘲笑ったり、馬鹿にした様子はない。相手が真面目にやってくれてるんだから、僕もちゃんとやんないとな。流石に失礼だろう。
「いきます。はぁぁあ!」
バシ!
「ぐっ! まだまだ……っ!」
バシン!
「ううっ! まだだ……っ!」
バコッ!
「ああっ!」
ぜんっぜん攻撃が当たらない。教官の教え通り打ち込んでみても、教官は機械の如く正確にカウンターを決めてくる。馬鹿正直に正面から打ち込むだけじゃやられるということを、嫌でも自覚させられる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
1個言わせてもらいたい。
教官殿、そんなすました顔してますけどね。おたくがやってるこの訓練、本当に訓練なんですか? これは虐待ですよ、ええ。訓練のフリして虐待してますこの人! 健全な青少年の育成に相応しくない!
「やる気はあるようだな。剣の腕は、正直ガッカリだが、鍛えれば面白いところまでは行くはずだ。しかし、体力と筋力が足りないな。明日から毎朝、走り込みをしてもらおう。そして午前中に剣の指導。午後からは筋トレだ。これをひと月も続ければ、ある程度は形になる。このメニューでいくぞ、いいな」
「は、はい」
いいな、って言わても。いいえって言えないでしょ。誰に聞いてんだよその質問。答え1つしかないじゃん、スパルタおっさん。
「よし。では今日はこのくらいにしよう。そこの川で汗を拭いてから、井出から水を汲んでこい。夕飯の支度をする」
あ、教官自らご飯を作られるのか。てっきり使用人でもいるのかと思ったが。まあいいか、とりあえず川に行こっと。
こうした具合で、僕は内心不満を覗かせつつも、つつがなく訓練一日目が終わった。そして2日目。朝から教官が言ってた走り込みをするために住まわせてもらってる家から出る。すると、ちょうどそこにストレッチをしている半裸の男がいた。
もちろん教官である。
「おはよう」
「お、おはようございます」
朝からこの光景はキツいって。
できるだけ教官のお身体を視界に入れないようにしながら、彼と同じように身体を解していく。チラチラと教官の方を見て適当に真似するだけでも、随分と眠気が飛んでいく。
だって気になるんだもん。
隣でムキムキのオッサンがストレッチしてたら気になるでしょ。僕は気になるね。ガン見したいくらいだ。
「……よし、では行くぞ」
「はい……っ」
彼はシャツの袖を雑に通すと、見惚れるような綺麗なフォームで走っていく。遅れながら僕も、その後を追う。
「…………」
「はっ……はっ……はっ……」
時計みたいだ。恐ろしい程に正確なリズムと歩幅を保ちながら、村の外周を走り込む。時刻は6時と言ったところか。すれ違う村の人たちに会釈をしながら、必死に教官の背を追う。
「………」
「はっ、はっ、はっ」
いや速くね?
もっとゆっくり走って欲しいんですけど。でもなんか、すごい話しかけずらい雰囲気。もし遅れようものなら、朝の寒気を貫くような怒号が飛んできそうだ。
「よし。お前はあと3週だ」
「え、あ、はい」
なにがよし、だよ。
よくねぇよ。でもそんな事はおくびにも出さない。だって怒られそうだもん。あの風貌からキッと睨まれたら、僕トラウマになっちゃう。夢に出てくる。
「おはよう少年」
「はようございます」
薬草のばあちゃんに声掛けられた。植木鉢にお水をあげていたらしい。失礼にならない程度に返事をして、足を動かす。消して相手にするのがダルいわけではない。
「はぁ……はぁ……もうムリ…」
計7週してきたあとの体、特に足はもう限界だった。教官の家の庭で、服が汚れるのも厭わず大の字に寝転がる。足が棒になるとはまさにこの事。もう動きたくない。
これ、もう今日は剣振れないよ? 痛すぎて。しかも汗めっちゃかいて気持ち悪いし。
「何してるんだ小僧。早くメシを食うぞ。出来たてだ、はやくこい」
半裸のオッサンがドアを開けて言った。なぜ上を着ていないのだろう、とぼんやり考えていると、何やら美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。すると、体は勝手に動いていた。
「は、はいっ」
なんと足がちゃんと動いた。
あと教官の手作りご飯、死ぬほど美味しかったです。ご馳走様でした。あの見た目で料理男子とか、ギャップやば。
◆❖◇◇❖◆
いや、やっぱただの暴君だわ。
コイツ僕のこと嫌いなのか? なにか恨みでもあるのかね。そんなことをした覚えはないんだが。明らかに悪意あるよね? きみ。
「これで3回目だぞ! いいか、大切なのは重心移動だ。腕だけで剣を振るな、全身で剣を扱え!」
日本語の意味を教えて欲しい。なんだ全身で剣を扱うって。剣を咥えろってか? 三刀流でもしろってことか? この木刀、手で使うもんだろ、違う?
「うりゃぁっ!」
「ちがう! 体全体だ、全体。お前は腕だけで振ってるんだ。いいか、全身を使え! 足首から膝、腰。そして背中! 全ての骨と関節、筋肉を使うんだ!」
だからムズいっての。
なんだよ腕だけって。意味がわからんぞ。この人が言う全身を使えって言う感覚がまるで分からない。全身を使う? 別に使ってるよもう既に。
足首から膝、腰。そして背中。
うーん、そうだな。
全身、全身…………こう?
「むっ。いまの、いまのだ。いま小僧は、どんな感覚で剣を振った? どんなことを考えていた?」
は? どんなこと?
いや、別に。ただ強いて言えば、デコピンに近いかな。力を溜めて、一気に解放する的な。
「そう、そうだ。その一瞬の貯めだ。そしてその貯めた力を、重心移動と共に解放する!」
なんか、急にテンション上がった感じで饒舌になった。なにか嬉しいことでもあったのかね。彼の言わんとすることを出来るだけ噛み砕き、ゆっくりと咀嚼していく。
「重心、移動………よしっ」
今の自分の重心がどこにあるのかを把握し、そして両腕で握る木刀に全身で生み出した力を乗せ、パワーを相手に伝える。そして足捌きを意識して、スムーズに重心を移動させてやる。
「よしよし、その調子だ。自分が1番安定するポジションを見つけるんだ。そして、下半身で上半身の重さを支えるんだ」
足腰を意識する。そして、地面を強く押すようにして踏み込み、同時に力強く木刀を振り下ろした。
「いいぞ、小僧。最初と比べてかなり良くなってきている。その感覚を忘れるな。剣術は、基本が全てだ。土台を疎かにすれば、全ての建物が崩れ落ちるぞ」
全身を捻るようにしてパワーを生み出し、重心移動と同時に剣を伝って相手へ渡す。それを出来る限り素早く、滑らかに。一瞬でも気を抜けば、全てが崩れる精密さ。ひとつひとつの動作を、寸分も違えないように繰り返していく。それらのことを頭で考えてやるのではなく、体に染み込ませ感覚を埋め込むことが重要だ。
この動きを永遠と反復するだけで、この日は終わった。そして次の日も、この動きを体に染み込ませていく作業。頭で考える間でもなく、体が自然に動くようになるまで繰り返す。
「おやおや、イスリ。随分とストイックにやってるんだな」
ゲルがやってきた。僕に一声かけてから、ずっと教官と話し込んでいた。彼らの前で、ただひたすらに同じ動きをし続ける。少しでも姿勢が崩れたり、剣が遅ければ、鋭い怒号が聞こえてくる。後ろにいるのになんでそんなに分かるんだろう。
「うんうん、頑張ってんなぁ」
ゲルは夜になるまでずっといた。暇なのかね、仕事はしなくていいのかしら。この繰り返し運動を見るだけで何か面白いのだろうか。視線が気になるんだが。
そして次の日。
朝から教官とかけっこした。
はじめて教官に勝った日だ。
喜んだら、素振りと筋トレの量を2倍にされた。コイツやばいなって思った。そしてその次の日も、ただ剣を振り、教官に叩きのめされて、剣を振って、筋トレをして、村を走り回った。疲れた。そろそろこの家から逃げ出すことも考え始めた頃だ。そろそろもうやりたく無くなってきたぞ。
「ふむ、基本は形になってきたな。打ち合いも、段々と内容が良くなってきてるぞ」
そしてその2日後、教官からそんな言葉が飛び出した。最初は何の冗談だと思って話半分に聞いていたが、別に冗談でもないらしい。
「だが、基本と言っても本当に初歩の初歩だ。一般的な男子だと12歳までにはその域に達している」
12歳、大体小学校卒業から中学校入学くらいまでか。平和な日本じゃありえないが、ここは危険なモンスターがいる異世界。小さい頃から身を守る術を教わるのは当然だ、と納得する。
結局、体が基本的な動きや剣筋を覚えるのに1週間かかったわけだが、やっと僕は次のステップに進めるのだ。長かった辛かった苦しかった。
ただ、よく考えて欲しい。
僕の才能は《暗殺術》だ。剣士でも無ければ騎士でもないし、重装兵でもない。あくまで、暗殺を行う暗殺者だ。
問いたい。暗殺者って、戦うのか?
(いや、戦わない。その前にどうにかするイメージだ)
広義的に考えれば、暗殺というのは計画性をもって人殺しを行うことだ。ただ、僕からしてみれば暗殺と言えば読んで字のごとく、暗く殺す。つまりはサイレントキルだ。
正面から剣を持って打ち合ったりはしない。後ろから、一瞬の隙をついて静かに倒す。正面から剣戟を行うような状況、それは最早暗殺失敗ではないのか?
そこまで考えた僕は、ステータス欄を開いた。そこには、僕の身体能力と《才能》が目に見える形で書いてある。その内容を見ながら、頭の中でこれからのことをまとめる。
| イストリット
種族:エルヒューマ 性別:男
レベル:3 HP:16 MP:16 SP:22
・器用:17
・屈強:6
・敏捷:15
・耐久:4
・奇蹟:7
・恢復:8
不幸にもRPGとはほとんど無縁の生活を送ってきた僕だ。器用や屈強、敏捷といった言葉の意味が分からない。ただHPやMPは知ってるぞ。ヒットポイントいわゆる体力値と、マジックポイントいわゆる魔法値。説明しなくても知ってる。
試しに、分からない部分をタップしてみた。まずはSPから。予想としては、スペシャルポイントかな。
『スキルポイント:スキルポイントを利用することで、アクティブスキルを発動できます』
スキルポイントだった。惜しいな。それと知らない単語が出てきた。アクティブスキル、ってなんぞや。
そう思いスキル欄を見てみると、《暗殺術》のスキルツリーにて新たなスキルが発現していた。その名も《縮地》。説明によると、SPを消費しての高速ステップらしい。アクティブスキルのようだ、消費SPは5。
なるほど、理解出来た。《縮地》のようなアクティブスキルを使用するためにこのSPを使うのね。そのタイミングは僕の判断による、と。だからアクティブか。そして1つ前の《暗殺の才能》はパッシブスキルだ。常時発動してるスキルだからパッシブと。わかりやすい。
僕はその下の字も順番にタップしていく。そこには同じような説明がちゃんとされていた。
ふんふんふん、なるほどね。だいたい分かったぞ。
器用値→どれだけ器用か。
正確に武器や弓を使いこなせる。
屈強値→どれだけ屈強か。
重いものを振り回したり運んだりできる。
敏捷値→どれだけ俊敏か。
速く動いたり高く飛んだりできる。
耐久値→どれだけ頑丈か。
攻撃を受け止めたり、弾いたりできる。
奇蹟値→どれだけ魔法が使えるか。
強力な魔法への適正や耐久性がある。
恢復値→どれだけ早くHPやMP、SPが回復するか。
ざっとこんなところ。
僕のステータスは、見たところ器用で素早い紙装甲だ。正に異世界の零戦といったところ。なるほど、丸太が運べなかったのは屈強値が低いからなのか。それでお掃除が妙に得意だったのは器用値か。
ということは、この世界で強くなるにはこれらのステータス値をあげることが必要だな。異世界というからには、多分訓練や戦闘でレベルとかと一緒に上げるんだろうけど。この1週間の鍛錬で、少しは伸びただろうか。
(教官に頼んで正面戦闘じゃなくて不意打ちの練習をさせてもらおうかな。いや、そんなこと出来るわけないか。でも正面戦闘なんて、このステータス的に相性悪すぎるし。じゃあせめて打ち合いじゃなくて、防御からの反撃か?)
剣を打ち合うなど、屈強値から見て相当に不利だ。それに僕の長所を潰すことになる。そんなことになるなら、剣を捌いて避けてを繰り返してのカウンターの方がためになる。
そう考えた僕は、早速教官へ向かって走り出した。今日の訓練を、掛かり稽古ではなく防御の練習にしてもらうために。
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