歓迎いたします。
作り直します。
目を覚ますと、目の前に絶世の美女が佇んでいた。いや、正確には佇んではいない。浮かんでいた。ぷかぷかと静かに揺れながら、淑やかに僕の目を覗いている。
「………」
あまりの光景に言葉が出なかった。
僕は確か、学校から帰宅する途中だったはずだ。大雨が降しきる中、傘をさして信号が変わるのを待っていた。
これは、どんな状況なんだ?
夢にしてはリアルすぎる気がするし、現実にしてはあまりに信じられない。なんたって有り得ないほどの美人さんがぷかぷか浮かんでいるんだから。
答えが出るはずもないものをいそいそと考えていると、目の前の美女は優雅に話し始めた。
「私は女神ヘカティア、迷える貴方の魂を導きに来たました」
美しい、あまりにも美しかった。
暖かな微笑みを浮かべながらそう話す彼女に、思わず見蕩れそうになる。現実ではもちろん、創作でもこれほど美しい人は居ないのではと思った。いや、思わされた。
「あ、えっと………」
ごにょごにょと口篭るのも無理ないだろう。
超一流モデル以上の美貌と全てを包み込むような声。そして圧倒的なオーラが、僕の周りを支配していた。
「………大丈夫そ?」
───へ?
しかし、そんな女神様のフランクな声掛けに、僕は素っ頓狂な声を漏らした。先程までの聖母のような眼差しから一転、身近にいるような友達との距離感を感じる眼。やや心配そうな表情の女神様は、しかしなお美しい。
「は、はい。女神様……」
「本当? なら、続けます」
コホンっ。と可愛らしい咳払いを挟み、女神様を口を開いた。曰く、僕は不運にも交通事故に巻き込まれたそうな。本来ならば僕の魂は天界へと送られ一時の休息を与えられるはずだったが、そこに女神様が待ったをかけた。
「一時の休息と言っても、体感は一瞬に過ぎない。なので、前世の続きとして別の世界軸にて過ごしてみるのは如何でしょう? 肉体は失ってしまったので新たに用意いたしますが、魂はそのまま流用します」
………にわかには信じられなかった。
ってか今更だけど、神様ってホントにいたんだ。昔の人が酔った勢いででっち上げたとばかり思ってた。
「えぇー………っと、その……」
「もちろん、この話は断って頂いても構いません。天界へ戻り、魂を浄化してから次なる生命へと還っていく。寧ろそれが正常なサイクルなのですから」
女神様がなにやら喋っているようだが、全く頭に入ってこない。まるで王道小説の世界に迷い込んだような展開だ。こういうのって、ホントにあるものなんだなぁ。
「しかしもし、もしも貴方が次なる世界を望むのであれば、私が支えましょう。どの世界軸へ飛び立つかを共に考え、有用な情報や知識、知恵を授けたいと思います」
女神様は優しい瞳で僕を見た。
うーん、美しい。美しすぎてそれ以外の言葉が出てこない。スタイルいいし、お目目綺麗で、ツヤツヤの真っ白い髪の毛をしてる。清楚感が滲み出るような服装に、雲のようなモクモクを纏っている。
あとおっぱい大きい。いい匂いしそう。
「えーっと、えとえっと………」
消して僕はコミュ障ではない。
人との会話は得意では無いが苦手ではない。故に人と話すのも好きでもないし嫌いでもない。
ただ言っておく。こんな非現実的なことが立て続けに起こったとして、君たちは言葉を話せますか? と。
僕は無理だ。
美人と話す訓練などしていない。
「答えは急かしません。ゆっくりと考えて下さい。別世界に旅立つことも、天界へ還ることも自由ですから。正解も不正解も、正しいも正しくないもありません」
そう言って、女神様はストンと地面に降りた。こうして見ると本当に美しい。鼻が高いし彫りが深いし目が大きいし背が高いしで。人体の理想を形にしたような体だった。
───本当に、美しい。
「ふふっ、そう思っていただけて嬉しいです」
む、なんだ? 聞こえているのか?
いや、考えてみれば当然か。神様だもんね、それくらいは朝飯前、おちゃのこさいさいだ。なんだって神様なんだから。人間よりも上の存在なんだから。
「………これは、夢………でしょうか」
「いえ、夢ではありません」
まるで独り言のように、ポツリと呟くよう発したその言葉に対し、女神様は首を振りながらそう答えた。真剣な目線をしていらっしゃる。信じられないけど、夢じゃないらしい。
「えと、じゃあ……ここは、どこです?」
見た限りでは、神殿のようだ。
明るい光が差し込んでおり、彼女の美しい肌をキラキラと反射させている。
「どこ……? そうですね、説明が難しいですけど、強いて言えば私しかいない世界です」
ちょっと何言ってるか分からないな。まあ大して重要な質問でもないし、段々とこの状況にも慣れてきたはずだから、次に移ろう。
「別の世界軸、ということは、僕らが住んでた世界以外にも、別の世界が沢山あるってことですか?」
「はい。数百個の世界軸が並行しており、それぞれ唯一無二の特徴があります。魔法が存在する世界や化学技術が進歩した世界、また様々な種族が入り交じったような世界も」
ほーん………。
魔法か。ファンタジー小説の王道だよな魔法。
男の子なら誰しもが1度は妄想したことがあるだろう。剣と魔法の世界で無双するところを。
未だに、現状が現実か夢かの区別がついていないながらも、僕は自身の希望を口にした。
「……じゃあ、転生、したいです」
折角神様からチャンスを貰ったんだから、深く考えずにとりあえず話に乗るべきだ。別にそれで何かあったら今度こそ天界へ還るだけだし、諦めもつくだろうから。それに、楽しそうじゃないか。元の世界じゃない異世界みたいなところに行くなんて、ワクワクするもんだ。
「ありがとうございます、お話に乗って頂いて」
「い、いえ………こちらこそ、ありがとうございます」
女神様が頭を下げられたので、僕も反射的に頭を下げてしまった。なんとも女神に頭を下げさすなんて居心地が悪かったのだ。
「では、貴方がどのような世界軸に転生するのかを決めましょう。ご希望に沿う最適な世界軸を、一緒に考えます」
女神様はそう言うと、何も無いところから灰色のクリップボードをポンと出現させた。有り得ないほどスムーズに、まるで当たり前かのように。
「うえっ!?」
反射的に声を漏らして目を疑った。
今僕はどんな手品を見せられたのか。しかしよく考えてみると、目の前におられるのは神様なのだ。クリップボードくらい出すよな、と自分を納得させた。
「では、どのような世界が良いのか教えてください。例を挙げるとすれば、人類が誕生したばかりの石器時代や、文明が発達した古代。陰謀と腐敗が渦巻く中世に、化学技術が進歩した近代なんかもあります。魔法が存在する世界に、大戦を経て未来技術により宇宙へ進出した世界、反対に戦争によってボロボロとなった銃と血の世界もあります。または、戦争なんて無縁な長閑で平穏を続ける社会もありますよ」
…………。
「えっと。魔法、使ってみたいです」
よくある小説、みたいな……。
僕が小さな声でそう言えば、女神様は暫く考えるような仕草をした。そして、手に持つクリップボードに何かを書き込んだかと思えば、僕の目の前にパラパラっと紙が現れた。
「では、こちらの世界は如何でしょう?」
中世チックなファンタジー世界。
魔法により過ごしやくなった現代世界。
魔法技術の発展により全ての人類が自堕落な生活を送る近未来。
魔法大戦により荒廃したSF世界。
化学と魔法が融合し地球外生命体と共に暮らす世界。
地球外生命体の侵略により破壊された世界。
………えぇ。
前半はまだしも後半凄いことになってる。
地球外生命体の侵略とか重すぎるでしょ。
でもまあ、別に何処でも良いしなぁ……。
(どれにしようかな、神様のいうとおり〜……)
神のお告げは、魔法技術の発展により全ての人類が自堕落な生活を送る世界、だった。
………いや、それはやだよ。仕切り直しまして、どれにしようかな、天の神様のいうとおり〜。
2体目の神様は、荒廃した世界、と告げた。
それならいっか、と思い神様にその部分が書かれた箇所を指差し、答える。
「この、荒廃したSF世界、でお願いします」
「わかりました、荒廃した世界ですね」
神様はそう言って微笑むと、再度クリップボードに何かを書き始めた。いや、書くと言ってもペンは持っていないみたいだし、指でなぞるの方が近いか。
ま、神様だしな。神様は指でインクくらい出すだろ。知らんけど、それくらいはやりそうだ。
「ではこの中からお選び下さい」
まだあるんだ。
そんなことを考えながら、目前に現れた紙を受け取る。設定が沢山あるんだなぁ。なになになに?
世界規模の核戦争によって魔法の技術が殆ど失われた世界。
宇宙世界により元いた惑星を捨て宇宙にて暮らす世界。
宇宙戦争に勝利し宇宙各地に植民地惑星を持つ世界。
あと50個くらいあるな、これ。
いやもう、なんでもいいよもう。
女神様、適当に選んじゃって下さい。
「よろしいのですか? ご自分でお選びにならなくて。あとからの変更は出来ませんよ?」
「あ、あぁ………はい、大丈夫です。元々は終わるはず? だった命ですし、楽しそうな世界を適当に選んで下さい」
いうて住む世界にこだわりはない。
魔法というものがあるならば、それだけで退屈はしないだろうから。僕はただ、魔法が使えればそれでいいのだ。どんな些細な魔法でもいい、とにかく魔法を使ってみたい。
「……分かりました。では、貴方が好きそうな小説を参考に世界軸を選ばせて頂きます。そして言い忘れていましたが、所謂キャラメイクというものは出来ません。選ばれた世界の、死んでしまった誰かに転生することになります。勿論、体は健康な状態になりますからご安心下さい」
ほぇー、キャラメイクはないんだ。
え、じゃあ死ぬ間際のおじいちゃんおばあちゃんに転生することもあるってこと? それはちょっとやだなあ、どうせ異世界に行くんだから、若くて元気な体がいいなぁ。性別はどっちでもいいんだけど……。
「決まりました。貴方が転生するのは『グリモワールズ』の世界です。大戦争により文明レベルが引き下げられ、剣と魔法と弓によって戦う世界。餓死した戦争孤児の体に魂を流し込みます。肉体はちゃんと修復しておきますのでご安心を」
お、剣と魔法と弓の世界か。
ってことはファンタジー世界? 中々当たりじゃん! SFの世界も興味あったけど、やっぱりファンタジー系が1番よな。
「では、その魂を『グリモワールズ』の世界の餓死した戦争孤児【イストリット】へと転送致します。最初は感覚の違いに戸惑うでしょうが、数分もしたら慣れるでしょう。来世でのご活躍をお祈り致します」
彼女の優しい声を最後に、ふんわりといった奇妙な浮遊感を覚えた。そして、瞬く間にその姿は視界から消え去り、やがてもといた明るい世界は真っ黒に染る。僕の意識は、静かに失われた。