やっぱり、好き
大宮さんの涙は、ずっと溢れて止まらなかった。
さっき、キスしそうになって誤魔化した。
胸を触られたくて、わざと近くを触らせた。
このまま、大宮さんとそう慣れたらいいのに…。
無理な事は、わかっていた。
だから、優しく涙を拭うだけだ。
「店長、私、母親からネグレクトを受けていたんです。」
大宮さんは、私の手を握りしめた。
「父が、亡くなった日に親戚から不倫をしていた事を聞きました。母は、3年前に他界していたのでそんな話を聞くのは初めてでした。」
「ネグレクトですか?」
大宮さんが、何故、その話をしてくれたのかわからなかった。
「こんな話、聞きたくないですよね」
「いえ、聞きたいです。」
私は、大宮さんの頬から手を離して、両手を握りしめた。
「最近、全員逮捕された水神桃源って宗教を知っていますか?」
「知っていますよ。NEWSで見ました。桃源郷に連れていくとかなんとか言っていたって話ですよね?」
「そうです。母は、そこの信者でした。」
そう言って、大宮さんの手が震えている。
「ネグレクトされていたのは、宗教に入っていたからですか?」
「はい。水神桃源は、名前についている通りに水を信者に進めるんです。あれは、ただの水道水だと思いますよ。教祖は、万能の水だと言いました。足りない栄養素を与える、傷を直す、相手の気持ちを戻すなどなど、効果は様々です。」
「お母さんは、信じていたんですか?」
「はい。教祖の水郷門水に心酔しきっていました。父が亡くなった時に、聞いた話では、父の不倫を辞めさすために母の友人が入信させたらしいです。そして、三ヶ月後ピタリと不倫が終わり母はのめり込んだ。その三ヶ月後、当時9歳だった私が事故に合うのです。死んでいてもおかしくない事故だった。母の友人は、水を毎日飲ませていたからだと言った。そして、母は水神桃源から抜け出せなくなってしまった。」
そう言って、大宮さんは涙を流した。
「事故に合ったのは、栄養不足で眩暈がして車道に飛び出したのが原因です。今でも、覚えてます。朝から酷く体が疲れていて、学校の行き道で眩暈がしたんです。通学中は、車がこれない道だから安心していたのですが…。たまたま、それを知らずに入ってきた車に跳ねられた。運が悪かったのだと思いますよ。だから、仕方なかったんです。」
大宮さんの手は、震えだした。
「大丈夫ですか?話さなくてもいいんですよ。」
「店長に聞いて欲しいんです。」
そう言って、私の手を強く握りしめる。
「入院してる時は、よかったんです。退院すると母は、水神桃源に私を連れて行き始めました。嫌だというとご飯がありませんでした。仕方なく毎日毎日、夜中まで姉と二人連れて行かれました。嫌になったのは、11歳の時でした。姉は、一年前から行かなくなってしまっていて。私も行かなくなったんです。すると、母はヒステリーを起こすようになりました。行かないと言うと、布団叩きでバシバシと体がミミズ腫れになるまで叩きます。それでも、行かないと言うと暗い部屋に父が帰宅するまで閉じ込められるのです。ご飯は、さらにもらえなくなりました。」
大宮さんは、悲しそうに目を伏せた。
「姉は、遊び歩いて帰ってこなくなり、父もどこかに行ってました。家族は、バラバラだった。唯一の食事は給食だけだった。帰宅した母に話しかけても、無視され続けました。生かさず殺さず状態が、母が死ぬまで続きました。」
「お母さんは、いつ亡くなったのですか?」
「私が、15歳の時です。栄養不足から、脳卒中になり亡くなりました。家族全員が、母の死に安心したんです。酷いですよね?やっと、解放されると思ったんです。」
大宮さんは、私から手を離した。
私は、大宮さんの手が震えてるのに気付き、また手を握りしめた。