機械少女エリーは第一世代
初めてエリーと会ったのはいつだったかな
そう、俺がまだ大学生だった時のことだ
「一目惚れ」ってやつなのかな?
華奢な腕、ストレートの髪、ガラスみたいな透き通った瞳
俺は一目で心を奪われたよ
それから俺は毎日エリーのもとに通ってさ
ショーウィンドー越しにいつも眺めていたんだ
ああ言い忘れてたね、エリーはロボットなんだ
アンドロイド、って言った方が正しいかな?
今でこそ一般的になったアンドロイドだけど
その当時は最新技術だったんだ
いわゆる「第一世代アンドロイド」ってやつさ
性能は今とは比べ物にならないくらい低かったし
値段だってそりゃぁ高かったよ
それこそ、車が一台買えるぐらいにはね
学生の俺には相当の覚悟がいる買い物だったな
毎日バイトして生活費も抑えて、持ってた物をあらかた売ってようやく買えたんだ
もちろん貯金もすっからかん、だよ
でもさ、
「はじめまして、マスター」
なんて言って微笑むエリーを見てたら、そんなことはどうでも良くなったよ
エリーとの生活はすごく楽しかったな
なんたって何もかもが新鮮だったからね
大学の講義を終えて帰ってくるとさ
夕食を作り終えたエリーが玄関まで来て
「おかえりなさい」って言ってくれるんだ
エリーは不器用だったからさ
料理に慣れてなくて何度も指を切ってたな
「アンドロイドに痛覚はないので、心配しなくても大丈夫ですよ」
そんなこと言って笑ってたけどさ
それでも俺は気が気じゃなかったよ
大学が休みの間は、エリーと2人でいろんなところに出かけたな
近所の公園を散歩したり
映画を見に行ったり
水族館で魚を見たり
どれもすごく楽しかったのを覚えてるよ
そうそう、水族館のイルカショーでさ
エリーが盛大に水しぶきを浴びちゃって
そのせいで電子回路がショート寸前になったんだ
今となっては良い笑い話だな
俺が大学を出て会社に就職した後も、エリーはずっと俺のそばにいたんだ
いつしかエリーは俺にとって欠かすことのできない存在になっていたよ
それはたぶんエリーも同じだったんじゃないかな
仕事が軌道に乗ってきたころ、俺はエリーにプロポーズしたよ
夜景が綺麗なレストランを予約してさ
指輪を渡した時のエリーは可愛かったな
びっくりして顔を真っ赤にして
「ふつつか者ですがよろしくお願いします」
なんて言っちゃってさ
ああ、すごく幸せだったな
それからずいぶん後になってからだったな
エリーの異変に気づいたのはさ
エリーがいきなり「頭が痛い」って言いだしたんだよ
風邪のひとつも引いたことなかったのにね
心配になった俺はエリーをメンテナンスに出したよ
メンテナンス担当の技師はすぐ原因を見つけてくれた
エリーの「空き容量」の不足が原因なんだってさ
エリーは旧型だから記憶容量には限界があるんだ
クラウドにデータを保存できる最新世代のアンドロイドと違ってね
それにアンドロイドは人間と違って、あらゆる情報を記憶しちゃうんだ
すれ違った人の顔も、読んだ本に書いてあった文字も
だから、ただでさえ限られた容量をあっという間に使い尽くしてしまう
「記憶域を全部使い切った場合、機能が停止しかねない」
そう聞いたときは背筋が凍ったよ
人間でいうところの「死ぬ」ってことだからね
エリーの場合は早期に発見できたから
記憶データを圧縮して空き容量を増やして対処できたよ
処置の後はすっかり元気そうで、俺も一安心だったな
でもその次の日からさ
エリーはなんだかおかしくなったんだ
朝ご飯をじっと眺めたまま気まずそうに座っててさ
どうしたの、って声をかけたら
「お箸の使い方がわからなくなっちゃいました」
って言うんだ
今まで物忘れなんてしたことなかったのにね
その月の終わりにさ
またエリーの容量がいっぱいになったから
データを圧縮して空き容量を作ったんだ
今思えばあの時からだったな
エリーの作る味噌汁の味がやけに濃くなったのはさ
初めのうちはさ
エリーにもおっちょこちょいなところがあるんだなぁ、なんて思ってたよ
でもさ、時間が経つごとに
どんどんエリーの物忘れは酷くなっていくんだ
疲れてるのかなぁと思ってさ
2人で公園に散歩しに行ったんだ
そしたらさ、エリーが言うんだ
「うちの近くにこんな綺麗な公園があるなんて知らなかったです」ってね
変な冗談はよしてくれよ
大学生だった頃から何回も来てるじゃないか
気付いた時にはもう手遅れだったよ
定期的にやってるデータの圧縮が原因だった
記憶が増えて、それを圧縮して
また新しい記憶が増えて、それを圧縮して
元々エリーが持っていた記憶は、圧縮されすぎて劣化してたんだ
画像のファイルサイズを小さくすると細部がぼやけるだろ?
あれと同じことがエリーに起こってたんだ
エリーはどんどん忘れていった
でも止めることはできないんだよ
アンドロイドは何もかも「記憶」してしまうから
記憶を圧縮しないとエリーはパンクして死んでしまうから
エリーは記憶を圧縮するのを酷く怖がるようになったよ
「処置」の日になると涙をぼろぼろ流して嫌がるんだ
その頃にはエリーも気付いていたよ
一か月ごとに大事な思い出が消えていることにね
俺がエリーの部屋に行くとさ
エリーはいつも泣いてるんだ
俺とのツーショットがいっぱい入ったアルバムを抱えて
泣きはらした目で「これ以上忘れたくない」って訴えてくるんだよ
写真の中のエリーは幸せそうなのに
エリーはそのことも覚えてないんだ
あれからどれくらい経ったかな
今じゃエリーは何もかも忘れてしまった
俺たちが出会った時のことも
いっしょに過ごした日々のことも
プロポーズの言葉も、何もかも
一週間くらい前にさ
エリーが俺に言ったんだ
「記憶を圧縮するのは、もう結構です」
「このままじゃ私は、マスターのことも忘れてしまいます」
「だからせめて、マスターの記憶が残っているうちに、安らかな最期を迎えたいんです」
俺は悟ったよ
エリーはもう長くないんだ
俺はエリーを抱きしめて泣いた
辛いのはエリーの方なのに
エリーの前でこんな情けない姿を見せちゃいけないのに
それでも俺はエリーを抱きしめて離さなかった
離したらどこか遠くへ行ってしまうような気がしたから
でもふとエリーの顔を見たらさ
覚悟を決めた目でこっちを見てるんだ
限界がきてることはエリーも自覚してたんだろうな
真っ直ぐ俺の方を見つめてた
断れなかったよ
それから何日かはなんとか持ち堪えたみたいだった
だけどエリーはもう10年以上にわたって動作し続けてるんだ
本来の耐用年数なんてとっくに過ぎている
辛うじて動作を続けていただけで、とうの昔に限界を迎えてたんだろう
エリーは今朝、ついに気を失って倒れたんだ
今は俺の腕の中に横たわって
力の無い目で俺を見てるよ
なぁエリー、まだ俺が分かるのか?
俺の声が聞こえるか?
頼むよエリー、また笑ってくれよ
楽しかったあの頃みたいにさ