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「イメージ・ショート集」

『やさしい檻』

作者: 水由岐水礼


   1


 ――ザック、ザック、ザック。

 そんな耳障りな音に眠りを妨げられ目覚めると、僕は白く厚化粧された公園にいた。

 ちらほらと、雪が低い空から落ちている。

 寒空の下、公園のベンチなんかで眠っていたからだろうか。なぜだか、僕はひどく疲れていた。

 ザック、ザック、ザック。

 僕の睡眠を妨害した音は、まだ続いていた。

 視線の少し先、向かいには、いま僕が腰を下ろしているのと同じ木製のベンチがあった。

 そのベンチの右端には、青いバケツが置かれていた。さらにその隣、ベンチの横には大きな雪玉が一つ……。

 そして……。


 ザック、ザック、ザック。

 ……サンタクロース。長靴を履いたサンタのお爺さんが、雪玉を転がしていた。

 ザック、ザック、ザック。

 その音の正体は、降り積もった雪の上を歩くサンタクロースの足音だった。

 ザック、ザック、ザック。

 何が楽しいのか、サンタクロースはニコニコと笑顔で雪玉を転がしている。その足取りは、老人にしてはなかなかに軽快だった。

 そんなサンタの様子に、

(……何をしているんだろう?)

 と思ったけれど、すぐに「考えるまでもないか」と僕は苦笑する。

 バケツに、雪玉が二つ……とくれば、あれだよな。

 ……雪だるま。あれしかないよな、やっぱり。

 何のためにかは分からないけれど、目の前のサンタクロースは、雪だるまを作ろうとしているんだろう。


 ザック、ザック、ザック。

 それにしても……雪だるまを作る、サンタクロースか。

 有りそうで無さそうな、無さそうで有りそうな。……なんだか面白いな。どこかおかしみを覚えた。


 やがて、足音が止み。

 サンタクロースが雪玉を持ち上げ作ったものは、果たして当然のごとく雪だるまだった。


   2


 バケツの中から取り出した小石と小枝で、目と口をこしらえた、青いバケツの帽子を被った雪だるま。

 無表情とどこか間の抜けた微笑の境目、無愛想なようでいて、なんとなく愛敬があるような。二つの黒い瞳が入り、少し反りのある小枝の口が埋められたそれは、なんとも微妙な表情の雪だるまになっていた。

 あとは、下の雪玉の左右にそれぞれ、右にはフォーク、左にはスプーンが刺さっている。どうやらそれが手であるらしかったけれど、バランスが悪かった。雪だるまの大きさに対し、フォークとナイフのペアはかなり小さすぎた。

 でも。それでも、なかなかに立派なものだ。と思い、僕は心の中でサンタのお爺さんに拍手を送った。

 それは、製作者のサンタクロース自身も同じらしく、自作の雪だるまを前に、何度も満足そうに頷いていた。


 ……と、唐突に、「あれ?」と僕は既視感を覚えた。

 どこかで見たことがあるような……。

 雪だるまを前に、両手を腰にあて満足げに首を縦に振るサンタクロース……。

 その光景を、僕は以前にも見たことがあるような気がした。

「…………」

 けれど……。それが、いつ、どこでの事なのか、何も思い出される記憶はなかった。

 もう少し考えてみたけれど、結果は同じ。思い当たる節は何もなかった。


 やっぱり、ただのデジャ・ヴだったんだろうか……。


 サンタクロースが身体の向きを変え、こちらを向いた。

 目が合う。サンタクロースの瞳は、しっかりと僕を見ていた。

 いきなり見つめられて、僕はびくりと肩を震わせた。正直、ちょっと怖さを感じたりもした。

 そんな僕に、サンタクロースはにっこり微笑むと、雪だるまを指し言った。

「Present for you」

「…………」

 サンタクロースからの突然の言葉に困惑し、僕の翻訳能力は麻痺する。いや、言葉の意味は訳せていたけれど……それをすんなりと受け入れることを、心が躊躇った。

 プレゼント、フォーユー、って……。

 僕は、視線をサンタクロースから雪だるまに移した。

(あれを……雪だるまを、僕に、くれるってことか?)

 いったい、なんなんだ? どういうつもりなんだろう?

 ……何かの冗談だろうか。

 視線をサンタクロースへと戻すと、僕は「フォー ミー?」と自分を指さし訊いた。

「Yes」

 僕の問い……というか確認に、サンタクロースは然も当たり前のように首を縦に振った。

 そして、もう一度、「Present for you」とやたらと綺麗な発音で言った。

「…………」

 …………どうやら、冗談じゃなかったようだ。

 何をどう考えればいいんだろう。

 ここは、「サンキュー!」とでも言うべきなんだろうか。

 それとも、サンタクロースを抱きしめ、頬にキスでもして喜びを表現すべきなのか。

 はたまた、「メリークリスマス!」とでも言っておけばいいんだろうか……。

 考えたところで、戸惑いは深まっていくばかり……。

 結局、僕は何も言えず、何もできなかった。

 けれど。気を悪くした風もなく、やがて、サンタクロースは「Bye―bye」と笑顔で去っていった。

 もちろん、雪だるまは残したまま……。



 とりあえず、ベンチを移動し、僕は雪だるまの隣に腰を下ろした。

 僕へのプレゼントだという、雪だるま。隣に座ると、雪だるまの目線の方が、僕の目線よりも高い位置にあった。そのせいか、相手は雪だるまだというのに……少し威圧感を感じてしまった。

 それにしても……これを、どうしろというんだろうか。

 こんなものを貰ったって、どうしようもない。

 こんな雪の人形、何の使い道もないし……。

 はっきり言って……要らない。雪だるまなんて貰っても、迷惑なだけだ。

「だいだい、僕はサンタクロースからプレゼントを貰えるほど子供じゃないぞ」

 法的に喫煙も飲酒もOKな年齢の人間に、雪だるまなんてものを贈るなんて……あのサンタクロースは何を考えているんだ?

 まったく……妙なサンタクロースもいたもんだ……。

 などと、心の中でブツブツ言いつつも、僕はそこを動けなかった。

 要らないんだったら、放っておけばいいだけのことだ。だけど、なぜだか……できなかった。

 仕方なく、僕はそのまま雪だるまの隣に座り続けていた。


   3


 雪だるまをプレゼントされてから、どれくらいの時間が過ぎただろう。

 僕はようやく、雪だるまに対し一つの欲求を覚えた。

 ──雪だるまって、いったいどんな味がするんだろう?

 ただちょっと空腹感を覚えただけのことが切っ掛けで、そんなことを思ってしまう。

 我ながら、馬鹿なことを……。

 何がどうなったら、そんな発想が飛び出てくるのか。自分で自分に呆れてしまう。

 けれど。どんなに子供じみた馬鹿げた発想でも、一度表に出てきてしまうと、やりたくなってしまうものだ。

(上手い具合に、ちょうどスプーンもあるし……)

 それに、ここから見渡す限り、自分以外に人は誰もいない。忍ぶべき人目もない。

「よし、食べてみるか」

 僕は、雪だるまから左手のスプーンを抜いた。

 さっそく、それで雪だるまの肩の辺りを削り取る。

 まあ、味なんてものはないだろうけれど……。

「いただきます」

 と、口にスプーンを運ぶ。

 ……え。

 スプーンを口にくわえたまま、僕は固まってしまった。

 ……甘い。甘かった。そして……とびきり美味かった。

 ただの雪、口の中で溶けてしまえば水のはずのものに、しっかりと甘味があった。

 ……なんで? どうして、こんなに甘くて美味しいんだ?

 僕の心の中はまた、疑問符でいっぱいになる。

 けれど。そんなことはどうでも良かった。

 もっと食べたい、もっと欲しい!

 疑問よりも、雪だるまに対する食欲の方が、僕の心の中ではるかに大きくなる。

 その欲求に任せ、僕は再び雪だるまにスプーンを突っ込んだ。

 二口めもやっぱり、雪は甘かった。とても甘く、けれどくどくない。すっきりしつつも、しっかりとした、まろやかな甘さだった。

 ……美味すぎる。ただの雪がこんなに美味しいだなんて。

 僕はただただ夢中で雪だるまを食べた。

 何度も何度も雪だるまの身体を削り、甘い雪を口に入れる。

 身体の疲れが取れていく。雪を一口食べるたびに、疲れた身体が癒されていくのを感じた。

 甘い雪は、どんどんと僕の体力を回復させ、気力を充実させていく。

 だけど……僕は気づいた。


 ……雪だるまは溶けていた。


 あり得ないスピードで雪だるが溶けていく。

 僕の体力が回復していくのと反対に、雪だるまの方はどんどんとその形を頼りなくしていく。まるで、僕が雪だるまの精気を奪っているかのように。

 もしかしたら、僕が食べるのを止めれば、雪だるまが溶けるのも止まるかもしれない。そんな気がした。

 でも、僕は雪だるまを食べるのを止めなかった。……止められなかった。

 そして……。

 おそらく五分も保たなかっただろう。青いバケツを残し、雪だるまはなくなってしまった。


   4


 白い雪の上に伏せられた、青いバケツ。

 それを見つめ、僕はため息を吐いた。

 まだ食べ足りなかった。もっと、甘い雪を食べたかった。

 でも、雪だるまは溶けてなくなってしまった。無い物を食べることはできない。

 残念だけど、仕方がない。サンタクロースからのプレゼントは、なくなってしまったのだ。

 だけど……もしかしたら、と思う。

 ……足許の伏せられたバケツ。その中にはまだ、サプライズな何かがあるんじゃないだろうか。

 雪だるまをプレゼントしてくれた時の、サンタクロースの笑顔を思い出し、僕は期待した。

 伏せられたバケツを、ひょいと取り上げる。

 次の瞬間。

「うわっ!」

 僕は白い煙に包まれていた。

 白い蒸気のような煙、バケツのあった場所から噴き出した白色の煙幕が、僕の視界を奪う。

 幸い、煙はすぐに霧散し、僕の視界には再び元の雪景色が広がった。

 世界を取り戻し、ホッとする。

 けれど……。元に戻っていたのは世界だけで、僕の身体には異変が生じていた。

 ……ちゃんとサプライズは用意されていた。

「……う、嘘だろ」

 半ば茫然と、僕は呟く。

 僕は老人になっていた。浦島太郎じゃあるまいし……煙を浴びて、老人になるなんて。……そんなバカな。

 しかも、ただの老人じゃなく、僕は赤い外套を着たお爺さん──サンタクロースになっていた。ご丁寧に、口の周りには白い髭まで生えていた。

 いったいぜんたい、どういうことなんだ?

 ──なんなんだよ、これは?

 僕は帽子ごと頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。

 何がなんだか……わけが分からない。

 どうして、僕が老人に……サンタクロースにならなくちゃいけないんだよ!

「なぜだ、なぜなんだ! いったい、どうしてなんだよ?」

 なぜ&どうしてを馬鹿みたいに繰り返す以外、僕には何もできなかった。

 けれど。その答えは少し経つと、僕の視界の端に飛び込んできた。


 …………僕がいた。


 視界の端に、僕がいた。

 向かいのベンチ、もともと僕がいた……僕が目覚めたベンチに「僕」がいた。さっきの僕と同じジーンズ&ジャンパー姿の、眠る若者の「僕」がいた。

「…………」

 ……答えは、すぐに側に転がっていた。

 サンタクロースの僕が今ここに居て、若者の「僕」もここに居る。

 つまり、さっきのサンタクロースも「僕」だったのだ。

 姿は違えど、「僕」。……同一人物だった。この公園には「僕」しかいないのだ。

 ここは「僕」たちの公園……。

 なら、僕もちゃんとやらなきゃな。今度は僕の番だ。自分の役目を果たさないと。

 スプーンにフォーク、小石に小枝。僕は必要な物を拾い、バケツに入れた。

 バケツをベンチに置き、雪だるま作りを開始する。

 老人にはなっていたけれど、身体は意外としっかり動いてくれた。さっき食べた雪のお蔭だろうか、体力の方も十分だった。


 ――ザック、ザック、ザック。


 作り始めてみると、ただ雪玉を転がしているだけなのに、雪だるま作りもなかなか楽しかった。

 身体の方は老人になってしまったけれど、心の方は童心に返った気分だった。

 なんとも言えず心が浮き立ち、ワクワクする。


 ザック、ザック、ザック。

 どうやら、若者の「僕」が目覚めたらしい。僕は自分に向けられた視線を感じた。


 ザック、ザック、ザック。

 あと、もう少し……。


 ……ザック。

 二つの雪玉ができあがった。


 雪玉を重ね、小石や小枝をはめ込んでいく。

 最後に、バケツを上の雪玉に載せ、

 ――よし、出来上がり!

 雪だるまは完成した。

 さっき、僕がプレゼントされたのと同じ。

 無愛想なようで、愛敬があるような。微妙な表情で雪だるまは僕を見ていた。

 さあ、後は──。



「Present for you」

 僕はさっき言われたことを、「僕」にも同じように言った。

 すると、「僕」は呆気にとられたような顔をした後、ひどく困惑した表情をした。

 なるほど……さっきの僕はあんな顔をしていたのか。

 少し前の自分自身のことを見ているだけなのに、なんだか面白かった。何か新しい発見をした時のように、新鮮な気分だった。


「フォー ミー?」

「Yes」

 僕は頷き、しっかり即答する。

「Present for you」

 二度目のその言葉に、「僕」がますます困った顔をする。

 もちろん、僕には「僕」の困惑具合が分かる。

 さぞかし「僕」は戸惑っていることだろう。

 それを思うと、とても楽しかった。我ながら意地が悪いと思う。だけど、なんとも愉快な気分だった。


「Bye―bye」

 微笑んで、僕は「僕」に背を向けた。

 あとは、この場から退場するだけ。それで、終わり。

 もちろん、「メリークリスマス」なんて言わない。だって、僕はサンタクロースであって、サンタクロースじゃないから。


 ザック、ザック、ザック。


 ザック、ザック、ザック。

「………………」


 ザック、ザック、ザック。

 僕の役目は終わった。

 祭りの後のような寂寞感……。それが僕の心に生まれだしていた。


 ザック、ザック、ザック。

 役目が終わり、気が抜けてしまったからだろうか。疲労が身体中を駆け巡っている。

 雪だるまを作っていた時は平気だったのに、いまごろ身体がひどく疲れてきた。


 ザック、ザック、ザック。

 ただ歩くだけでもしんどかった。

 ……もうダメだ。

 僕は、半ば倒れこむように、近くのベンチに腰を下ろした。


 そして……。

 重くなった瞼が、ゆっくり下がり。

 闇の中、僕は深い眠りに落ちていった……。



 ザック、ザック、ザック、ザック……。



 ――ザック、ザック、ザック。

 そんな耳障りな音に眠りを妨げられ目覚めると、僕は白く厚化粧された公園にいた……。


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