南越前町
南越前町は旧南条郡の二町一村(今庄町、南条町、河野村)が合併して発足しました。
南越前町の北部の旧南条町には越前富士の別名を持つ日野山があります。
日野山は越前五山の一つで、現在でも登山者で賑わいます。
町の南部は旧今庄町で、宿場町として発展しました。
今庄宿は町並みが保存され、板取宿は建物が保存されています。鯖波の本陣建屋は石川県へ移築され保存されています。
山の多い町内は、杣山城、夜叉ヶ池、花はす公園などの旧所名跡もあります。
最近ではダートレース場やスキー場も整備されています。
町の西部は海に面した旧河野村です。
平安時代は船着場があり、敦賀から舟で渡っていました。
鎌倉時代ぐらいになると木ノ芽峠を越える経路が発達して、板取宿や今庄宿を通る北国往還の交通が発達します。
それと共に発達したのが北前船です。
最初期は琵琶湖を渡る船便が山を越えて敦賀に至り、そこから海岸沿いに日本海を北上しましたが、江戸時代中期頃から西回り航路という、山陰地方から関門海峡を抜け、瀬戸内海を横断して大坂に到達する船便が開拓されます。
この西回り航路は年に一往復ぐらいの頻度でしたが、莫大な利益を上げたようです。
南越前町の海岸沿いに北前船主の館という保存施設があります。
この船主が右近権左衛門家です。
右近家は北前船を所有し、近江商人の荷物を積んで松前(北海道)まで行っていました。
やがて右近家自身も商品の買い入れを行うようになり、船も増やして大きな商いを展開します。
大きく飛躍したのは九代目で、先代が亡くなった時には右近家所有の廻船が三隻、利益は約千六百両(年間)だったのに対して、十年後の文久三(1863)年には廻船数が十一隻、利益は一万二千両余に達しています。ほぼ一つの小藩に匹敵する売上高です。
この九代目は明治維新後も積極的な商売を続けて、現在の損保ジャパン興亜の前身である日本海上保険を設立しています。
河野地区を含む越前海岸ではスキューバダイビングも楽しめます。
美しい日本海を堪能しましたら、美味しい海産物は如何でしょうか。
南条、今庄地区では蕎麦も味わえます。
魅力溢れる南越前町に、お越しになりませんか?
木ノ芽峠を越える経路は律令制でも官路として定められていましたが、舟の利便性が高かったため、荷運びや女性の往来には舟を用いていました。




